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人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

年長者から見れば、若者はいつだって「未熟」なのであ~る。

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昨日(12/22)は、大学の授業(受けている方です)の年内、最終回で、授業後、教授と受講者ほぼ全員で忘年会を。四ツ谷のしんみちで。

私は教授の目の前に陣取り、たくさんお話ししました。

詳細を一言一句再現できないのですが(なんせ、アルコール入りの頭なので)、こんな会話があって、心に残りました。

「最近の学生がダメだ、とか、若いのはなっとらん、という立ち位置にいる人は、人を育てることはできないと思う。学生とか若者というのは、教え育てる側からしたら、何かが不足しているに決まっている。未熟に決まっている。その未熟を成熟させたり、不足を充足に変える手助けをすうるのが教育者であり、年長者の役割なのだから」

うん、だいぶ意訳している気がしますが、そんなことをおっしゃって、うん、そうだ!そうだ!と激しく首肯。

自分だって、かつて、年長者からは、「イマドキの若者はなっとらん」と言われて、それでも、あれこれ教えてもらったり、薫陶を受けたり、叱られたり、褒められたり、艱難辛苦を味わったり、味わわされたり(笑)、そんなことをやって、なんとか若いころよりはマシな状態になったわけで、いきなり今の自分がいるわけではない。

どんな時代でも、「イマドキの若者」は「未熟」で何かが「不足」している。オトナから見れば。

センセーは、それを「それがなんだ?」とおっしゃるのです。「育てていけばいいじゃないか」「教えてやればいいじゃないか」。「それが少し先行く大人の務めだろう」と。

・・・私、この教授をリスペクトし、偶然取った最初の授業(1999年のことです)以来、13年間、ずーっとおっかけのようにセンセーの授業を取り続けております。自分のリスペクトの根っこはここにあるのだなあ、と改めて感じました。

今、松尾睦さんの新刊『「経験学習」入門』(ダイヤモンド社)を読み終えたところです。(で、この本は、とてもよかったので、おいおいこのブログで紹介していきます)。中に「仕事をするための思い(信念・価値観)」は大切だ、と出てきます。

「何のために仕事をするのか」という思い。その思いは、「自分のため」というだけではなく、「他者のため」という視点が必要だと。

プロフェッショナル研究(というのがあるそうです)では、いわゆる”プロフェッショナル”な人材というのは、必ず、「自分のため」と「他者のため」という両方の「仕事への思い」を持っているのだとか。

金井壽宏さんもよく本に書かれている、「世代継承性」というのは、中年期以降の発達課題でもあるとか。

そんなことを組み合わせて考えていくと、少し先を生きている人間は、部下・後輩指導においても、「相手への思い」を持ちつつ、「世代継承」を自分の一つの課題として取り組むってことが大切なのかな?


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