「抱え込み症候群」は、美談でもないような・・・。
「抱え込み症候群」。
「私がやった方が早い」と考え、自分が動いてしまうこと。
あるいは、
「部下には任せられない」と思い、なんでも自分でやってしまうこと。
プライヤーとして優秀だった人が、マネージャーになると、プレイヤーとしての役割を残しつつ、マネージメントもすることになることも手伝って、特に、最初の頃は、(ときに、いつまで経っても)、「自分が動く」「自分がやってしまう」という状態に陥ります。
この「抱え込み症候群」。
ずーっと、「わかるなぁ」「そのキモチ、わかる、わかる!」と共感していたのですが、部下からすると、たまらないのですよね。
「いい加減に、あの仕事手放して、本来のマネージメントに専念してくれないかな」
「上司は、ああいう仕事はこっちに割り振ってくれればよくて、もっと高度な、マネージャしかできないことをやってくれないかな」と思うわけです。
当のマネージャは、そういう声が聞こえてきても、
「それは、自分でもわかっている。だけど、放置しておくと、1週間で片付くことが2週間も3週間もかかるし、スピードが大切なんだよぉ!」
「わかっているけど、任せておいたら、ろくな成果物が出てこないし」
と、様々に理由をつけることができる。
ある時、こういう状況について、経営の立場にある方とお話ししていたら、、
「それって、”成仏していない”ってことだよね」と言われました。
「エンジニアとして成仏していないから、マネジメントに専念できないってことでしょう?」と。ああ、なるほど。そういう言い方は、わかりやすいかも。
・・・で、ここのところずーっとこの「抱え込み症候群」について、考えているのですが、ふと、「これって、マネージャ当人にとって、とても、居心地がよい状態なのかも知れない」と気づきました。
「いやあ、部下に任せられないから、オレがやっちゃうんだー」
「部下に任せておくと大変なことになるから、土台まではこっちで作っておかないといけなくて大変だよー、時間がいくらあっても、大変、大変」
・・・言っていることはわかるけれど、これって、もしかすると、もっとメンドクサイことを避けているだけなのではなにかと思ったのです。
つまり、
自分がやれば、自分のリスクで問題は解決できる。
だけれど、部下にさせようと思ったら、わかりやすく説明しないといけないし、相手が納得しないと、ちゃんと動いてくれないし、動いてくれても、その後、期待通りの成果が出るかどうかは保証されてないし、期待値未満だったら、さらに指導しなければならないし。
自分でやる「数倍の手間と根気」が要るのを、自分が動いてしまうことで、避けていることになってはいまいか?
「部下に任せられないからさー」と言えば、なんとなく、「自分だってやりたいわけじゃないけど」というポーズが取れます。
でも、本当は、そんなこと言い訳にしないで、「部下がそれをできるように指導し、完遂するまで支援する」という、気の遠くなるような作業こそがマネージャには求められているのではないか、と。
だから、「彼・彼女は、優秀なプレイヤーだった」から、「つい自分が動いてしまうのはわかるよね」と美談にしてはいけなくて、「あなたがマネージャの立場を自分でも受け入れたのであれば、その瞬間から、腹をくくって、部下をうまく動かす方に力を注がねばならぬのではないか」と、冷静に指摘することが大事なのかも知れないのですね。
ここ数週間、「抱え込み症候群」についてつらつらと考えた結果、現時点では、そんな風に思うようになりました。