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やりたいことは見つけるものじゃなくて「見えてくるもの」なんじゃないかなぁ

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こんにちは、しごとのみらいの竹内義晴です。

私の娘は高校受験で悩んでいます。彼女は学校選びで悩んでいるのですが、自分が何をしたいのかまだ明確に分かっていない。それはそうです。まだ人生の経験値が十数年しかないのですから、「今、ある高校を選ぶのはいいけれど、将来やりたいことが変わったらどうしよう」......ということで悩んでいるみたいです。

私たちは往々にして「やりたいこと」というのはそれほど明確ではありません。例えば、私だってそうです。ここ数日、今、やりたいことについて書いてきましたが、これが本当にやりたいことなのか、将来も変わらないのかは分からない。自分が今、やりたいと思うことは「今の時点で」やりたいと思うことであって、これが将来......例えば、2年後、3年後になった時、「今の自分」ではなくなっています。

例えば――これは極端な例ですが――明日私は、交通事故に遭ってしまい片方の足が動かなくなってしまうとします。そうすると、できること/できないことが変わるのでやりたいことは単純に変化するでしょう。また、病院で看護師さんにすごく親切にされた、あるいは、友人にすごく面倒を見てもらってありがたいと思った。感謝した。「これから必要なのはやさしさだ」と思った。このような体験をすることで、やりたいことは簡単に変化していきます。

「やりたいことが変わらない」......というのは、一つのことを志している、一貫している。それはとてもすばらしいことのように思えて、見方を変えると「変化していない」ということなのかもしれない。「やりたいことが変わらない」というのは、自分が変化していないということなのかもしれない。

ボクは、「やりたいこと」っていうのは、頭の片隅には常々置いておきつつも、何かこう、「がむしゃらにやる」とか「絶対やるんだ」「やり遂げるんだ」みたいに考えるのはあまり得意ではありません。

だからといって、ここ数日書いてきたことは、「今、やりたいこと」に間違いはありません。頭の中には現実としてあるし、近い将来、いや、少なくとも10年後にはこの理想は叶えていたい。

でも、そこに「固執したくはない」という気持ちもあります。というか、柔軟でいたいのかな。

「今、やりたいこと」なんて、別になくてもいいし、やりたいことがないからといって、別に嘆かなくてもいい。やりたいことがなければ今できることをやる。目の前のことを一生懸命やる。そうすると、自分が変化していく。変化すると見える世界が変わる。すると、新たな理想ややりたいことが見えてくるんだと思います。

やりたいことは見つけるものじゃなくて、「見えてくるもの」なんじゃないかなぁ。

高校受験で悩む娘は、結局何を選ぶのでしょうか。何を選んだって必然だし、違うなと思ったら変えればいい。やり直しはいくらでもきくから、学校なんて(「なんて」って言い方は先生方には失礼ですね)別にやめたっていいよ。それよりも、今、できることをやり、自分が変化することで見えてくる景色が変わることを、楽しんでほしいと思います。

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