【第8話】「意味ある偶然」―物語:インストール
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■第8話 意味ある偶然
その日の夜、母親から電話があった。
「もしもし、タツヤ?お母さんだけど、
最近どう?実家にも遊びにこないから、
元気かなぁと思って電話してみたんだけど
今日、お父さんとあるテレビを見ていたらね、
突然こんなことを言い出したのよ。
『お母さん、実は最近、ずっと考えていたんだけど、
小さいころ、タツヤやリュウスケに
「やるならとことんやりなさい」とか
「社会の中で生活するのはこういうもんだ、だからがんばれ」とか
いろいろ言ってきたけど、ちょっと言い過ぎてきたような気がするんだよ。
オレも、あのころは商売がうまくいっていなくてがむしゃらだったし
子供たちが将来、オレみたいに困らないようにって、
言ってきたつもりだけど
がんばらなきゃ、なんとかしなきゃって自分を追い込めば追い込むほど
結局つらいのは自分なんだよなって、最近になって思ってね。
タツヤは、小さいころ
学校の勉強や、スポーツ、いろんなことにがんばってきた。
手のかからない、本当にいい子だった。
でも、がんばりすぎることで、
タツヤもオレと同じ悩みを抱えているんじゃないか
苦しんでいるんじゃないかと思うと、つらくてな。
本当は、周りの仕事仲間や、上司の方に助けてもらえばいいのに
一人でがんばろうとして
それで、もし大変な思いをしているとしたら
それは、オレのせいだ。
今まで言い過ぎたと思う。悪いことをしたと思う。」
そしてね、お父さんったら、急に涙ぐんだのよ。
タツヤ……
実はこの間、サトコさんから電話をもらったの
タツヤ、あなた今、苦しんでいるみたいね。
今だから言うけど・・・あなたが子どものころ、お父さんも無理をしてね。
仕事はなかなか回らないし、相談相手もいない中、なんとかがんばっていたの。
それでも、子どもたちにはつらい顔を見せまいと
気丈に振る舞って見せていたのよ。
本当は、弱音を吐きたいこともあったはずなのに。
でも、苦しい体験があったおかげで
悩んでいる人の気持ちが分かるようになったって言っていたわ。
お客さんの悩みにも寄り添えるし・・・
それからね。仕事が回り出したのは。
タツヤ・・・こんなこと言うの、初めてだけど
あなた、そんなにがんばらなくていいのよ。
もちろん、仕事だからがんばらなくちゃけないこともあると思うけど
お父さんとお母さんは
あなたが、あなたらしく暮らしているのが
何よりの幸せなんだからね」
母親の言葉に、タツヤは目頭が熱くなった。
流れそうな涙を必死でこらえた。
「お母さん、オレ、お父さんのこと
そんな風に思っていないよ。
確かに、がんばりすぎるところはあるし
何でも一人でやろうと思ってきたところはあると思う。
だけど、オレはお父さんの背中を見ていて
お父さんのことが格好いいと思っていたし
尊敬していたんだよ。
オレは今回、うつになって初めて
なぜオレは
”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”
って考えるようになったのかを振り返ってみたんだ。
そうしたら、お父さんから教わったことが
ボクの中に息づいていることを知ったんだ。
だからもし、伝えられたら、お父さんにこう伝えてほしい。
もう、自分を責めないでと。
お父さんこそあまり無理せず、でも、ずっと現役でがんばってと。
オレはオレなりにがんばっていくから大丈夫。
あっ、あまりがんばっちゃいけないんだったね」
「え~、そんなこと、お父さんに自分で伝えなさいよ。
まぁ、いいわ。
少し落ち着いたら、一度帰っておいで。
サトコさんの顔も見たいしね。」
そして、電話を切った。
母親がなぜ、このタイミングで電話をしてきたのか、タツヤは分からなかった。世の中には“意味ある偶然”というのがあるらしい。そういうのはあまり信用するタイプじゃないが、あまりのタイミングのよさに、何か、不思議な感じがした。
(次回は最終回です)