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『言葉』に対する責任感は人によって「違う」ことを前提で考える

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オルタナティブ・ブログを始めたのが、2018年11月1日。
時が経つのは早いもので、丸1年が経過しました。

記念すべき最初の投稿は、自分が仕事をする時に大事にしている、【やりたいこと】=【できること】=【求められていること】というテーマで書きました。

2年目のスタートである今日は、『言葉』について書きたいと思います。

誰もが知っているように、私たち人間は、自分の「考え」や「思い」を伝えるために『言葉』を使うことができます。『言葉』を使って話すことは、人間にしかできないことの1つだと言われていますが、人間は、最初から『言葉』を話せるわけではありません。

この世に生まれて『言葉』を覚えるまでには、「泣く」「笑う」といった行動でしか、自分の「思い」を伝えることができません。
覚えたての僅かな『言葉』を使って伝えられるようになる幼少期。犬を見て「ワンワン」と呼んでいたものが、やがて「いぬ」に変わり、大人になるまでの間に多くの『言葉』を手に入れ、さまざまな『言葉』を選び、伝えることができるようになっていきます。

そして、日々、沢山の『言葉』が溢れる中で、誰かの『言葉』によって、元気づけられたり、勇気づけられたりします。その一方で、時に、誰かの『言葉』によって、悲しい思いをさせられたり、傷つけられたりもします。

文字にすると『同じ言葉』であったとしても、『言葉』の感じ方や受け取り方は人によって違います。その時の自分の状況(自分の感情)や相手との関係性(相手への感情)によっても変わると思います。

例えば、誰かから「自己主張が強いですね」と言われたら、皆さんはどのように感じますか?

嬉しいと感じますか?それとも、嫌な気持ちになりますか?また、言われる相手によって変わりますか?

『言葉』が人を傷つけるナイフになりえる以上、私は、どんな状況においても『言葉』という万人に伝わる手段を使うことには、責任が伴うと考えていますが、『言葉』に対する『責任感』は人によって「違う」とも考えています。

そして、この『言葉』に対する『責任感』の「違い」が、人を傷つけ、人を怒らせ、問題を引き起こしているように感じています。

例えば、「なぜ?」と感じる言葉を発した人から、後になって、

「(言ったかもしれないけれど)強い思いをもって言ったのではない」
「(言ったかもしれないけれど)指摘されているような意図ではない」

といった類の『言葉』を聞くことがあります。

このような『言葉』が出てくると、本来の「目的(本質)」ではなく、「なぜ?その言葉を発したのか?」という「感情的な議論」になり、モノゴトが前に進まなくなりがちです。

私は、そのような場面に遭遇すると、『言葉』に対する『責任感』は人によって「違う」という前提で考え、本来の「目的」に集中するようにしています。

そして、自分が発する1つ1つの『言葉』に責任を持ち、自分の思いを、自分の言葉で伝えていくために大事にしていること(下記①~③)を再認識する機会にしています。

①相手への感謝とリスペクト

②自分が果たすべき役割と責任

③プロフェッショナルとしての探求心


これからも、自分が発した言葉たちが、自分の行きたい場所に連れていってくれ、自分の会いたい人達に会わせてくれると信じて、『言葉』を大事にしていきたいと思いますので、ご笑覧いただけると嬉しいです。

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