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『マナーを守ること』 と 『思いやり』が共存できない日本  

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人生初の松葉杖生活の身となり、今まで気づかなかったことに気づく日々を送っています。今日はその1つ目として、『マナーを守ること』と『思いやり』の共存について書きたいと思います。

日本人は、世界の中でも「行儀がよい」「マナーが良い」と言われています。

  • 駅やバス停などでは、整列して待つ。
  • 電車の中では大声でしゃべらない。
  • 通勤ラッシュの時間には、大きな荷物を持って電車に乗らない。 etc・・・

確かに、日々の生活の中で、社会生活の秩序がマナーによって守られていると感じることが多くあります。しかし、その一方で、『マナーを守る』ことに囚われすぎて『思いやり』が欠如しているのでは?という出来事に遭遇することも多くなっているように感じています。

33707fecb94ecea3d8ec64a71bb98f4b_s (1).jpg『マナーを守る』ことに囚われすぎて『思いやり』が欠如しているのでは?という出来事として、先日、飛行機で出張に行った際の出来事について紹介したいと思います。

空港の出口を出て、約100メートル先のタクシー乗り場へ向かって松葉杖で歩き出したところ、背後から1人の女性が「タクシーにお乗りになるのですか?」と声をかけてくれました。

「はい」と応えると、「ここで待っていてください」と言い残し、タクシー乗り場の方に走り出し、タクシーを呼びに行ってくれました。そして、彼女が交渉してくれたタクシーが私の方に向かって走り出したことを確認すると、彼女は遠くで軽くお辞儀をして空港の中へと戻っていきました。

待っていた場所にタクシーが到着したので乗り込もうとすると、全く想像もしない言葉が返ってきました。
あー、ダメダメ乗らないで。あなたの所まで行ってくれと言われたから来たけど、タクシーに乗りたいんだったら、タクシー乗り場まで行かないとダメだよ。

そう告げると、タクシーはドアを閉めて走り去っていきました。

想定外の出来事ではありましたが、元々タクシー乗り場まで行くつもりだったので、「タクシーを呼びに行ってくれた彼女がこの光景を見なくて済んだことが救いだな」と思いつつ、タクシー乗り場に向かいました。
タクシー乗り場到着すると、10数人が並んでいる状況だったので、待ち行列の横を通って最後尾まで行くのではなく、行列がなくなるまで先頭付近で待つことにしました。

私の横を通り、順番にタクシーに乗り込んでいく人達を眺めていると、もし、ここがアメリカやヨーロッパだったら、松葉杖をついている人を優先する人が多いのではないだろうか?日本は思いやり』が必要な場面においても、厳密に『マナーを守ること』が優先され、『マナーを守ること』 と 『思いやり』が共存しづらくなっているのではないだろうか?という考えが頭に浮かびました。

そして、そのようなことを考えていたら、
娘さんと海外旅行に行った同僚の話を思い出しました。それは、乗り継ぎ便に乗り遅れてしまいそうなので、イミグレーションに並ぶ最前列の方に交渉しようとしたところ、「お母さん、それはマナー違反だからダメだよ。ちゃんと後ろに並ばなければ」と娘さんが最後尾から動かず苦労したと。飛行機に乗った後も「マナー違反をした」と同僚を責め、娘さんがずっと不機嫌だったという話です。

(注)出張をキャンセルすることもできましたが、数か月前から日程調整をしており、また、松葉杖で移動することで、普段気づかない課題を発見できるかもしれないという思いもあり、出張に行くことにしました。

■規則やマナーは、何のためにあるのか?

社会の混乱を避けるため、また、人の命を守り、保護するためには、規律(社会生活・集団生活において人の行為の規準となるもの)が必要です。その規律が、法律で定義された規則であったり、マナーであったりします。

私は、マナーの本質は『相手への思いやり』であり、相手を思う心を添えて完成するものだと考えています。そして、マナーの基本は『人が嫌がることはしない』だと考えています。『嫌なこと』の定義や許容範囲は、人によって異なり、また、時代や国や地域によっても異なります。だからこそ、時と場に居合せた人達が『嫌悪感』を抱かない行動ができる感性が大事だと思っています。

ところが、残念ながら、今の日本を見ていると、『マナーを守る』『規則を守る』ことが自体が目的になり、これらが過剰に積み重なって、逆に、社会や企業の活動が非効率化し、日本の競争力を削ぐ一因になっている気がしています。

例えば、昨日の台風15号の影響が残る出勤風景も、「会社に行く(規則を守る)」こと自体が目的になっているように感じました。電車が動いていない状況にも関わらず、駅に向かい、駅のコンコースやホームに人が溢れ、怒号が飛び交う中、いつもの何倍もの時間をかけて会社に行くことが、本当に大事なことなのでしょうか?

「整列して待つ(マナーを守る)」「会社に行く(規則を守る)」といった表面的なことに囚われすぎるのではなく、「マナーや規則を守っているから大丈夫」と盲信するのではなく、物事の本質(本当に大事なことは何なのか?)を考えれば、人間関係がもっとスムーズになり、もっと温かい世の中になるのではないでしょうか?

『マナーを守ること』と『思いやり』が共存できる日本であってほしいと思います

Comment(2)

コメント

iso

台風でも出勤するのは、心理的安全性の無い会社に勤めているのでマイナス評価に過剰に反応した結果ですね。
心理的安全性は、グーグルのプロジェクト・アリストテレスでも分析された通り、「他者への心遣いや同情、あるいは配慮や共感」が無い職場には、当然ありません。つまるところ、そういう職場は生産性が上がらず、椎野様が仰るところの「日本の競争力の低下」につながっているわけで。
ルールを逸脱しても「ルールが求める本質の内なら」許されるという考えに至らない人ばかりだから、こうなるんでしょうね。
ちなみに監査では、規程は(ルール)を遺漏なく綿密に作るのではなく、何を求めている(本質)かに沿ったシンプルでルーズな規程の方を良しとします。ルールを重ねていくと雁字搦めになるばかりでなく違反しなければそれでいいんだろ?という社員を育ててしまうからです。

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