オルタナティブ・ブログ > イメージ AndAlso ロジック >

ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨いながら、感じたこと考えたことを綴ります。

「化学物質過敏症」と呼ばれる病。その光と影(後)。令和のオーダーメイド医療のゆくえ ~日用品公害・香害(n)~

»

日用品公害を原因またはトリガとする健康被害が増えている。曝露によって「化学物質過敏症(以下、CSと略す)」の症状を呈するようになるのだ。
その診断は、その治療は、そのシステムは?
令和の「オーダーメイド医療」に山積の課題を解きほぐす。

「CS」は複数疾患?分類と概念の再定義の必要性

前回、簡易なアンケート結果を紹介した。さらに、任意グループ「香害をなくそう」 から、詳細なアンケート結果が、発表されている。結果はリアルを反映している。

香害アンケート結果
香害と化学物質過敏症に関するアンケート(2023年3月)

集計グラフを見てみよう。
「香害は健康被害を生じさせる、『製品の問題』であり、全ての人に関わる『公害』(Q1)」が86.9%。
「どのくらい前に、CSを発症したと思われますか?(Q3)」では、「2年以内」と「5年以内」で、約半数だ。
また、香害の後の発症が47.1%(Q4)。嗅覚過敏や香りの嗜好については、発症との関係は認めにくい(Q8)(Q11)。

CS発症者に対して「症状の改善や治療に関してどのように考えますか?(複数回答可)(Q7)」という問いでは、96.1%が「香りなどの化学物質が溢れる状況をなくしてもらいたい」と回答、「病院を増やしてほしい」という希望は、54.9%だ。
医療の拡充以前に、大気汚染の改善がもとめられている。

現時点では、日用品公害由来の「CS」も、日用品公害とは無関係に発症した「CS」も、どちらも「CS」と診断される。

前回触れたように、これは認知症の概念に似ている。
認知症はすべて不可逆というわけではない。治る認知症もある。原因が水頭症(iNPH)なら、シャントで8割方治るという。慢性硬膜下血腫の場合、外科手術が検討される。血管性認知症(VaD)では、脳血管障害の治療に準じる。アルツハイマーやレビー小体型認知症には投薬もありうる。

認知症では「原因疾患により経過、治療が異なる」
同じように、「CS」の症状改善には、複数の選択肢があるのではないか。

労働に支障をきたす、休息を要する、という点で、疾病ではある。
だが、生活圏から原因となる製品を「物理的に」一掃すれば、半数の症状は改善する可能性がある。その半数にとって、CSは、疾病ではなく、人災、厄災にちがいない。

CSの定義は、あいまいだ。原因も機序もまだ解明されていない。
「愛媛県」公式では、「化学物質過敏症は未解明の部分が多い」としながらも、「アレルギー反応と急性・慢性中毒の症状が複雑に絡み合っている疾患」と表現されている。

マイクロカプセルから発生する化学物質へのアレルギー、マイクロカプセル芯物質の人工香料へのアレルギー、微量化学物質の中毒、キンドリング現象、食や環境の影響まで、多くの要因がある。中枢神経感作の研究が、意欲的に進められている。

日用品公害の拡大にともない、急増する患者。
CSを単一の疾患とみなすのではなく、分類のうえ、再定義する必要があるのではないか。

個体差を認める、ガイドラインの策定を

「特定の個体」に奏効した方法が、他の個体にも奏効するとは限らない。
大気事情の地域差は大きい。ライフスタイルも異なる。体質や薬の効き方といった個体差に影響する、一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)の研究は本格化したばかりだ。

オーダーメイド医療、オーダーメイド創薬。
医療は、とうに、個体差重視へと舵を切っている。

この流れと、われわれの意識が、乖離している。われわれは、情報に踊らされては、一方向に将棋倒しだ。
流れをせき止めるものは、何なのか。誰なのか。いや、ヒトの問題だろうか。
医療システムの問題ではないのか。

昨秋、twitter上にアカウントを開設したCS発症者が、「CSは中枢性感作」と断言。投薬治療(プレガバリン)の劇的な効果をツイートした。
その治療にたどりつくまで日数を要し、その間、苦しむことになったという。

特定の治療が、すべての個体に奏効するわけではない。だが、すくなくとも、その個体には合っていたというわけだ。
ではなぜ、すぐに治療を開始できなかったのか。
適切な医療に結びつかるには、どうすればよいのか。

(ネット上で知り合ったにすぎず、以下の情報のすべてが事実かどうかは不明である。その後、同アカウントは個人的な事情により閉鎖されている。このことを念頭において、お目通しいただきたい)

筆者がSNS上で話を伺ったところ、次の手順で、受診していたことがわかった。

(紹介状なし)CS専門医A →(紹介状?)総合診療のCS専門医B(他科受診の指示) → かかりつけの内科・外科と脳神経外科(頚椎症) → CS専門医B、投薬 → 数日で寛解

これに対し、筆者が唱えた手順は、次のとおり。

かかりつけの内科・外科で基本検査(紹介状)→脳神経外科で頭頚部MRI、除外診断 → (MRIで異常が認められなければ)CS専門医

この手順を提示し、「もし、CS専門医よりも先に、脳神経外科を受診していたなら、早期に頚椎症が見つかった可能性があるのではないか?」と尋ねたところ、同意したうえで「そういう流れのシステムだったら」とつぶやいた。

頚椎症が投薬での経過観察で改善しなければ、入院加療か、ペインクリニックの受診も考えられるケースではないだろうか。その時点で、総合診療のCS専門医Bを受診することになり、最初に受診したCS専門医Aに足を運ぶ可能性はなかったかもしれない。

頚椎症の発見の遅れ。受診順序の痛恨のミスが、辛い期間を長引かせたのではないか?

以上を踏まえ、次の6項目を提案したい。

受診順序のガイドラインの策定

受診順序のミスが発生しないよう、標準化をはかる。病院に掲示するチラシを作成する。自治体のウェブサイトに掲載する。
デバイスの扱いに慣れていない患者が迷わないよう、相談窓口を設ける。

全科での日用品公害の問診の義務付け

初期のCS症状は、自律神経症状に似ているという。どの科を受診した場合でも、問診票に、日用品公害原因製品の使用を問う項目があるとよい。 とくに、小児科や動物病院には、必須である。
体調不良の原因に気付くことのできない人が、あまりにも多い。柔軟剤や抗菌系洗剤の使用の有無があきらかになれば、医師の対応も異なるだろう。

専門医の問診票の標準化

CS専門医に限らず、問診票の既往欄に「事故も含む」などの言葉を追加すれば、書き忘れを防ぐことができる。各病院のウェブサイトに、フォーマットを掲載し、受診前にダウンロードして熟考の上、記入できれば、なおよい。 以前筆者が見たCS専門の問診票の項目は膨大であった。患者以外の者が閲覧できれば、理解につながるだろう。

CS専門病院の増設または専門医の増員

冒頭で紹介したアンケートでは、「病院を増やしてほしい」と回答した人が、54.9%いる。
発症者は増える一方だが、CS専門医は、全国に数えるほどしかいない。予約待ちが長引けば、その間、日用品公害が充満する劣悪な環境で過ごすことになりかねない。診断できる医療機関の充実が急務だ。

医療リテラシ教育

この国には、医療機関の受診方法を含め、最低限の医療リテラシを教えるシステムがない。
そのため、家族や友人が気軽に市販薬や民間療法をすすめ、個体に合わず、逆に憎悪することすら起こりうる。

各自治体が、医療リテラシを伝えるオンラインイベントを開催してはどうか。除外診断の重要性や、市販薬の用法外使用の危険性(薬剤性頭痛など)、救急医療の利用方法などを伝える必要がある。

グレーゾーンのCSの診断基準の確立

CSは、「理解を得られにくい」という点で、人間関係に影を落とす。心理的な問題が発生してもおかしくはない。逆に、心理面での問題を抱えており、ストレス解消をもとめて香りに依存し、その結果、CS発症というケースもあるだろう。こころの問題とCS発症、どちらが先かは、個体による。

では、CSの症状の認められる患者に、心療内科系の疾患の徴候も認められる場合、回復への最良の方法は何か?
まず、日用品を見直す。だが、すぐに症状が軽減するとは限らない。心身ともに辛い期間、優先すべきは、CSの治療か、心療内科や精神科の治療か。

環境改善や生活改善の指導、人間関係の調整、負荷を減らすことによって、こころの問題の好転が見込まれることもあろう。そこで、CSの治療を優先して様子をみることも考えられる。
なぜなら、精神科・心療内科を受診すれば、化学物質が原因で引き起こされている症状に、医薬品という化学物質で立ち向かうかたちになる可能性があるからだ。奏効すればよいが、リスクはゼロではない。減薬や断薬の際、離脱症状も起こりうる。
この国では、メンタルに作用する医薬品が、気軽に扱われ過ぎている。老年医学会は以前から警鐘を鳴らしているが(パンフレット「多すぎる薬と副作用」)、壮年以下では、まだ問題視されているとは言い難い。

100%CS、あるいは、100%精神疾患、ではなく、グレーゾーン。判断が難しい患者に対し、医師はどう診断すべきなのか。いかに治療すべきなのか。診断基準の標準化が待たれる。

環境とつながる、ひとりの「人間」を診る医療へ

いまや誰もが、何がしかのSNSで発信している。特定の食、運動、サプリメント、市販の医薬品など、自分に著効した治療を、親切心から紹介する情報が、散見される。体験談としての情報提供は必要であり、有益だ。

ただし、「特定の薬で『治る』」と断定する情報が、SNSで一人歩きすると、弊害は大きい。
「治る」と言うことばは、軽々しく使うべきでない。薬機法でも景表法でも、使ってはならないのだ。しかし、チェックされることなく、情報は拡散する。

日用品公害をこのまま放置して、CS発症者が服薬で症状を抑えれば、それで解決なのか?
環境汚染が進み、次世代、継世代の生きる環境から、水と空気を奪うことになったとしても。

「医療行為で症状がなくなれば」解決ではない。「症状が出ないような環境になれば」解決なのだ。
目指すゴールを間違えてはならない。環境からヒトを切り離すことなど、できないのだから。

ヒトのからだを構成するものたちは、ネットワークを築き、物質や信号で情報をやりとりしている。人体の中の、情報ネットワーク。さらにそれは、身を置く環境の情報ネットワークにつながっている。
現行の社会システムを維持するうえでは、加療の対象となる部位を切り取らざるをえない。ネットワークは、社会という、自己より外の事情で、有無を言わさず遮断される。

環境との接続を断たれ、一部を抽出した人体ネットと、検査で取得したデータをかき集めても、ヒトにはならない。
電子カルテのなかった時代、ヒトのかたちを診るために、医師は、その隙間を、経験と直感で埋めた。
令和の医師は、何で、その隙間を埋めるのか?
埋める隙間の重要性に気付くこと。それが、「『化学物質過敏症』と呼ばれる病」の、光りとなるだろう。

此岸と彼岸の境界で揺れながら、われわれは、生きている。危うく脆く儚い生に踏みとどまっている。
環境の中にあり、環境とつながって、呼吸する、目の前の、ひとりの人を診てほしい。病んだ環境の中にあって、もがいている人を―――それが患者の願いではないだろうか。

この4月、「ひとりの人間」を診ることのできる医師が、診察から引退した。
わが国のCSの診断と対策に多大な足跡を残した、宮田幹夫医師。院長を務める「そよ風クリニック」は、4月末で外来診療を終えた。
著書「化学物質過敏症」は、生活の中に潜む化学物質の有害性を知らしめた、警告の書である。

twitterには、「#そよ風ありがとう」というハッシュタグが生まれ、患者たちや、患者でなくとも影響や感銘を受けたひとたちが、あふれる感謝を記している。

オーダーメイド医療。新しい響きにおもわれる言葉である。
だが、それは、昔から、われわれの身近に、町のクリニックの中に、あったのだ。

そよ風ありがとう.jpg

(画像提供:No mask,No lifeさん)


CSの多様な原因と症状

化学物質過敏症のアウトライン

疫学的視点からみた環境過敏症の最新知見と今後の展望 ―国際共通問診票を用いた環境過敏症の国内調査研究を中心に― 北條祥子、水越厚史、黒岩義之

化学物質過敏症(月刊保団連 2022・No.1366 特集「香料」にひそむ健康リスク)

日本医師会「日医ニュース No.508」健康ぷらざ「香料による新しい健康被害も」pdf

化学物質過敏症の概要 化学物質過敏症・シックハウス症候群 昭和大学病院 呼吸器・アレルギー内科 鈴木 慎太郎

化学物質によるアレルギーと内分泌かく乱

ポリウレタン製品でアレルギー重症化の恐れ 原料のイソシアネートにアレルギーリスク
かくたこども&アレルギークリニック 院長角田和彦先生

かくたこども&アレルギークリニック「アレルギーと疾患」メニューページ

子どもの免疫を脅かす有害化学物質 イソシアネート・ビスフェノールA
~ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議年次総会記念講演会
かくたこども&アレルギークリニック 院長角田和彦先生

予防・臨床医学理論と実践体系におけるアレルギー・免疫毒性制御:1.職業アレルギーとイソシアネート喘息」
産業衛生学雑誌 日本産業衛生学会アレルギー免疫毒性研究会,
土橋 邦生, 吉田 貴彦, 森本 泰夫, 上田 厚, 伊藤 俊弘, 和田 裕雄 , 香山 不二雄, 佐藤 一博, 佐藤 実, 柴田 英治, 菅沼 成文, 竹下 達也, 角田 正史, 西村 泰光, 柳澤 裕之, 李 卿

微量化学物質の中毒

化学物質の曝露による眼疾患」 環境と眼疾患(眼精疲労 ・屈折異常)とくに微量化学物質の影響 石川 哲 北里研究所病院臨床環境セ ンター長 (資料:日本視能訓練士協会誌)

キンドリング

キンドリング「燃え上がり現象」の概要(MEDDIC)

環境技術 特集1「室内環境汚染によるヒトへの影響 シックハウス症候群の発症機構
坂部貢

「逆耐性現象・キンドリング現象と精神医学」大月三郎、秋山威千文、森本清。岡山医誌

薬剤(プレガバリン)

タリージェ、リリカ、サインバルタの比較一覧表(新薬情報オンライン | パスメド -PASS MED-)


「化学物質過敏症」と呼ばれる病。その光と影(前)特効薬は「フレグランス・フリー」?

Comment(0)