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メルマガ連載「ライル島の彼方」 第4回 「それでも個人事業を始めたいなら」 ~転載(2014/12/15 配信分)

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この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「ライル島の彼方」の転載です。

第4回 それでも個人事業を始めたいなら

前回に引き続き、個人事業を希望している人たちに向けて書いてみる。今回は、退職から開業、事業の継続に必要なことがらについて。

■退職前にしておくこと

開業を決意したら、次の4点を実行しよう。

(1) 勤務先の社内規定を確認して、円満退職する

社内規定を読み返し、退職願いを提出する時期や方法を確認して、円満に去ろう。
規定が明文化されていない場合は、ネットで一般常識を調べて、スムーズな離職を心がけよう。失業保険を受給することはなくても、離職票の情報は年金定期便の内容確認に役立つことがあるので、できれば発行してもらったほうがよい。

退職に合意を得られたら、すみやかに残務処理を行う。担当した作業のデータや書類は、後任の人が困らないように整理しておこう。

(2) 開業年度の支出額を試算して、事務処理方法を決める

所得税や住民税、介護保険料、健康保険料は、「今期の売上に対してではなく」、前年度の所得を基準として算定される。つまり、今期の売上がそこそこでも、前年度に頑張っていたら、それ相応の金額を納めなければならない。また、売上が上向きの場合、予定納税にも備えておかなければならない。国税庁や各自治体のWebサイトで情報を得て、支払予定分は取り分けておこう。

所得税率は、売上(収入)から経費や各種控除額を除いた所得によって異なる(★1)。
領収書のもらい忘れは、避けたいところだ。費用が発生したら、その日のうちに入力しておきたいものである。健康保険料や年金保険料の納付通知書や生命保険や火災保険の控除証明書は、ジャンクDMに紛れてしまわないように気をつけよう。

なお、確定申告にかかる作業を税理士に依頼するかどうかも、すみやかに決めたいところだ。
年間の開発受注件数が数件までなら、案件の規模に関わらず、確定申告書に記載する情報は、さほど多くはないだろう。また、執筆活動については、出版社側が源泉徴収票を発行してくれることが多い。その程度なら、自分で申告を行うことも可能だろう。

(3) 家族の意思を確認して、体制をかためる

既婚者が起業する場合、家族を専従とするのか、社員を雇用して法人化を目指すのかも考えておこう。
配偶者を専従としたほうが節税になる可能性はあるが、自動的に専従化することは避け、配偶者の意思を確認して尊重する必要がある。なぜなら、対等な関係が主従の関係に変わる恐れがあるからだ(★2)。

(4) 長期的な働きかたを検討する

我が国での起業と継続が容易ではない原因のひとつに、シュリーマンのような生き方が難しいということがある(★3)。
寸暇を惜しんで働いて貯金し、手持ちの資金で生活しながら、何年も研究開発に専念する、といった働き方が、難しいのだ。

たとえば、事務所(住居)の確保について考えてみよう。UR賃貸ではない物件の契約には、前年度の収入証明を必要とすることが多い。いつでも移転できる状態を保つには、毎年、賃料の3倍以上の売上を確保し続ける必要がある。これでは、住宅をキャッシュで購入してあまりある資産を築くのでない限り、何年か後に売上を見込むような、腰を据えた働き方は難しいのではないだろうか(★4)。

コンスタントな労働と所得を暗に強いる社会システムは、長期的視野での独創を封じることがある。が、そのような社会に生きている以上、目先の仕事と長期的な仕事のバランス、資産価値と自分の能力の価値のバランスをとりながら、着地点を見つけていくしかないのである。

■開業前に検討・準備しておくこと

退職が決定したら、残務処理をしつつ、勤務時間外で、開業に向けて、準備をしていこう。

(1) 事業の柱を決めて、関連業務を書き出す

事業の柱となるものをひとつ決めて、それから派生する作業をリストアップしてみよう。
社会情勢が変わっても、いかに困難な状況に置かれても、「本業」という大黒柱で支えて耐え抜けば、事業は継続できると信じよう。

(2) 自分のアイコンを決めて、発信体制を準備する

業務内容がかたまったら、(できれば商標調査をして)屋号を決めて、ドメインも取得しよう。商標の方が取得しにくいので、くれぐれも、ドメインを先に取得しないように注意しよう(★5)。
そのドメインを使って、退職した翌日から「個人としてではなく、事業所として」発信できるブログを開設しよう。自社Webサイトとfacebookページの開設や、twitterとYouTubeとニコ動のアカウントは、その後でもよい。ブログが先だ。

(3) 開業する場所を決めて、仕事場を確保する

まず、事務所兼住居とするか、事務所用のマンションやスタートアップオフィスを借りるか、開発者仲間とシェアするかを、決めなければならない。転勤や入学時期の2月中旬~3月上旬を狙うか、一段落したゴールデンウィーク明けに探すとよいだろう。

物件を検討する際、最優先すべきは、回線速度だ。天災に備えて、有線と無線の両方が必要だ。戸建てであれば光回線を独占できるが、マンションではパワーユーザーとして他の入居者に迷惑をかける恐れがあるので、詳しい回線状況を不動産会社に確認しよう。単独引き込みの許可を得たいなら、電柱から近い低層階のほうがよいだろう。

マンションなどの共同住宅への入居を考えるなら、電気の契約容量の確認も必要だ。同時に稼働させる可能性がある機器の力率も調べて試算し、不安があるようなら不動産会社の担当者に相談してみるとよい。ブレーカーを取取り替えるなら、工事料金や退去時の原状回復費用を見込んでおく必要がある。移転後、タコ足配線は避け、トラッキング火災を防ぐためにもタップをこまめに掃除しなければならないことは、いうまでもない。
長時間連続稼働させる機器を置く部屋にはエアコンは必須である。新規取り付けが必要なら、これも相談してみるとよい。

次に注意したいのは、防災と防犯だ。
事業主が負傷したり、仕掛品のデータが失われてはならない。
開業する地域の、地盤、予想震度、高潮・浸水・津波・液状化・山腹崩壊の範囲などを確認しておこう(★6)。台風や竜巻の影響がある場所なら、瓦屋根よりもRC造の方が安心できるだろう。
地震の影響がある場所では、新耐震基準の建物を選ぶ。旧耐震の自宅を事務所化するなら助成金の利用を検討しよう(★7)。
出張やイベント参加のため不在になる時は、ハードウェアの物理的な盗難を防ぐためにも、警備保障会社のサービスや金融機関の貸し金庫なども調べてみよう。

物件検討の際には、占有面積は重要なポイントだ。
3Dプリンタや工作機械を導入したり、Kinectを使うには、少なくとも2畳以上のスペースは必要だ(★8)。

開業当初は広かった部屋も、徐々にハードウェアとそのパッケージに埋もれていく。良質のインプットを増やそうとすると、本や資料も増える(★9)。インプットが少なければ、アウトプットも貧弱になるからやむをえない。
まだまだ紙の資料も多い。保存義務のある領収書も年々増える。
年を追うごとに、捨てられないのではなく「捨ててはいけない」モノに圧迫されるようになる。

さらに、事業の一環として技術セミナーを開催したいなら、専用の一室が必要だ。駐車場や駐輪場もあったほうがよい。
技術教育事業を柱にしたいなら、会場として利用できる施設の近くに事務所を借りるのも、ひとつの方法だ。

(4) 作業に集中できる環境を作り、事業に責任を持つ

事務所の場所が決まったら、備品の配置や、家庭との両立を検討し、作業に集中できる環境を作っていこう。

自営業では、仕事とプライベートの空間的・時間的な線引きが難しい。
しかし、頭脳労働者にとって、思考中断による作業効率低下は、重大な問題である(★10)。
来客や家族の生活音やペットが集中を妨げる可能性があるならば(ねこの妨害によってモチベーションが上がるケースは除き)、居住空間と事務所を物理的に離さなければならない。
もし、家族が、緊急ではない用で声をかけてきたり、ビジネス用のケータイに電話してくるなら、頭脳労働者の働き方を理解していない可能性がある。効率低下による減収と家計への影響を「数字で」説明して、理解をもとめよう。

逆に、あなたが夜型であるとか、キーボードクラッシャーであるとかいった理由で、家族や近隣住民に迷惑をかける恐れがあるなら、PCやスピーカーは方向を考えて配置し、遮音性の高いカーテンやラグを用意しなければならない。近隣の家との距離によっては、防音壁や防音室の検討も必要になるかもしれない。

開業して自分で事業方針を決められるようになったにもかかわらず、もし、家族が事業方針に口をはさむようなら、これはシャットアウトする必要がある。
前回の記事で、事業の維持にもっとも必要なのは報酬系のバランスだと書いたが、外的な要因でそのバランスは簡単に崩れ去ってしまう。あなたが無言で新規事業のプランやプログラムの処理を考えていたとしても、その姿を見た短期報酬系の家族は、ぼーっとするヒマがあるなら、早く目先の売上を上げろ、と急かすかもしれない。

なにしろ、あなたはメガネ美女の絵を眺めているかもしれない(クラウディアという名前だとしても)。
何もない空間で体をくねらせ続けているかもしれない(Kinectだとしても)。
独り言を大声でつぶやき続けているかもしれない(音声入力だとしても)。
四六時中、銃声を鳴り響かせているかもしれない(ゲーム開発だとしても)。

説明しようとしてはいけない。家族が技術に関心を持っていないなら、説明は言い訳にしかならないだろう。

冗談はさておき、短期報酬系の人々にとっては、将来よりも現在のほうが重要である。報酬系の違いが言動を決定付ける、といっても過言ではない。
長期的視野で動く必要があると判断したなら、あなたは、自分の道を進むべきだ(★11)。
事業所の方針の決定権は、あなたにある。家族といえども、あなたの人生の責任をとることはできないのだから。

★1 国税庁
所得税の税率
所得金額から差し引かれる金額(所得控除)

★2 筆者が開業した5年後、相方(コラボレーション・ユニットPROJECT KySSのメンバーであるプログラマの薬師寺国安)がフリーで仕事を始めた。互いに相手の専従にはなっていない。そういった働きかたもある。

★3 「古代への情熱―シュリーマン自伝」(シュリーマン 著、 関楠生 翻訳、新潮文庫) 。 シュリーマンは、考古学の夢のため、まず財産作りに専念し、次に語学を身につけ、発掘に専念した、と言われている。 こうした、生活基盤固めと勉学とライフワーク、という三分割方式の生き方は。築く財産が莫大なものでない限り、保証人社会の我が国のシステムには馴染まないのではなかろうか。

★4 生活費を手持ちの資金に頼ると、インフレやスタグフレーション下での資産価値の変化が気になるだろう。しかしながら、生き抜いていくために必要なのは、キャッシュではなく、スキルである。資産の目減りが先かスキルの獲得が先か。そこは腹をくくるしかないだろう。

★5 日経IT Pro連載「Webプランニングから始めよう!」第8回「ネーミング,商標登録,ドメイン取得のポイント」(2006/12/14)参照。

★6 内閣府 防災情報のページ 地震のゆれやすさ全国マップ
各自治体のWebサイトからは、防災マップをダウンロードできる。近隣の避難所も確認しておこう。

★7 耐震診断や耐震化工事、要介護者と同居する場合のバリアフリー・リフォームや、地元産木材を使った建築への助成制度を設けている自治体もある。詳しくは、各都道府県や市町村のWebサイトを参照。

★8 ワンルームの住居を事業所兼用にすると、WebカメラやKinect等を使う場合、室内の様子が映りこんでしまう恐れがある。カメラの先にホワイトボードを設置したり、IDやパスワードのメモをパテーションに貼るなどは、論外である。女性の場合、生活状況のダダ漏れは防犯上よろしくない。居室と作業場を分けるか、固定式のパテーションで仕切るなど工夫しなければならない。

★9 本や記事を書くと、謹呈本や掲載誌が増える。近隣にトランクルームを借りる方法もある(筆者も本のためだけに借りている)。

★10「データ・デザインの地平」第32回「独創性を発揮できる環境づくり」

★11 n年先の利益のためには、そのn年前から準備を始めなければならない。一度でも家族からの短期報酬要請に応えてしまうと、n年先のための準備が間に合わなくなってしまう。そして、すべての計画はずれこんでいき、ドミノ倒しのようにチャンスを逃し続けることに なる。回復は容易ではない。


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