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独創性を発揮できる環境づくり ~メルマガ連載記事の転載(2013/07/29 配信分)

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この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「データ・デザインの地平」からの転載です。

連載 「データ・デザインの地平」第32回 独創性を発揮できる環境づくり

創造性の幅と種類を知る

世界を変えるビジネスアイデアや世紀の大発見には及ばずとも、我々は常に思考し、しばしばヒラメキに打たれます。創造性が一握りの人だけの能力であるかのように誤解されることがあるのは、創造性と独創性が混同されがちだからかもしれません。
一口に創造性といっても、次のように、いろいろな種類があると考えられます。そして、これらのうち、実用新案や特許として申請されることもある(C)と(D) が、独創的と呼ばれるものなのではないでしょうか。

(A) 既存の手続きを自分に合うものにする(工夫)
(B) 既存の手続を他者に合うものにする(改善)
(C) 既存の問題点を解決する(改良)
(D) 新しい着想を形にする(発明)
(E) 新しい概念を発見する(気付き)

(A) は、自分自身の不便を解消したり人生を楽しむための方法を探し出すことです。
(B) は、改善提案です。たとえばアート引越センターに見られるようなものです。
(C) は、設計や実装上の既知の問題を解決し、性能などを向上させるものです。
(D) は、誰も気づいていなかった問題点を見つけて、従来考えられていなかった解決策を提唱するものです。
(E) は、着想のもとになる新しい概念が訪れるものです。この訪れは極めて個人的且つ偶発的なものです。

創造性と独創性の違いは、思考のリソースが主に外部にあるか、主に内部にあるかの違いだと筆者は考えます。創造的な人は雨を利用できますが、独創的な人は自分の中に泉が湧いています。

ソフトウェア技術やロボットの開発が進み、ヒトの作業を代替するようになった今、誰もが「創造的である」必要はあっても「独創的でなければならない」わけではありません。社会は、標準実装の泉を持つ人たちだけでは成立しません。社会の維持には、いろいろな個性を持つ人々の、人口比率のバランスを維持することが重要です。

この国は、「独創的であることが容認される社会」を目指すべきであり、「独創性がなければ生活が立ちゆかない社会」になってはいけないのです。そんな社会は、ストレスを高め、休職者を増やし、医療費を跳ね上げるだけでしょう。
すべてのヒトが、創造性を促されることはあっても、独創的であることをことさらにもとめられず、自分の得意とする種類の創造性をいかんなく発揮できる社会は、誰もがそこそこ満足できるものになるのではないでしょうか。

本稿では、これ以降、独創性をもとめられる仕事に就くITエンジニアを「クリエーター」の一種として話を進めます。

クリエーティブな作業とメンテナンス作業を切り離す

社会も企業も家庭も、ひとつのコミュニティです。コミュニティを維持するには、管理業務や事務作業、食事の準備、掃除といった、企業活動や生活の維持に必要なメンテナンス作業(いわゆる作務)を担う人材が不可欠です。

独創性がもとめられるクリエーティブな作業と、メンテナンス作業は、相反する性質を持つものです。おそらく両者では、使う脳の部位やエネルギーの配分が異なるのでしょう。思考を間断なく続けながら、併行して、自動人形の自分に担当させられるメンテナンス作業は、散歩やコーヒーを沸かすといった、慣れた定型作業程度です。クリエーティブな作業の合間に、事務処理や客先対応を挟むなら、その都度、思考は分断されてしまうでしょう。

ですから、独創性を要求される部署と、メンテナンスを担う部署は、完全分業体制が望ましいのです(これは、互いの作業を知る必要がない、という意味ではありません。)SOHOでも、可能であれば、シェアハウスやコ・ワーキングスペースなどに集まって事業を行い、総合受付やシェフや掃除担当者といっやメンテナンス専任のスタッフを雇用したほうが、作業効率の向上を見込むことができるかもしれません。

分業体制で成果を上げるには、クリエーティブ・スタッフとメンテナンス・スタッフは、どの作業も単に脳の使い方の個性に過ぎないことを自覚し、フラットで良好な関係を維持しなければなりません。

(筆者の、サラリーマン経験や町づくり活動でいろいろな企業を目にしてきた卑小な経験から言えば)、持続する企業では、互いの仕事を役割分担として受け止め、他部署の作業を、隣の芝生を眺めるような目では見ておらず、自らの役割を淡々とこなしています。
クリエーターたちは、事務担当者のおかげで、電話応対に追われずに思考に専念できることに感謝しています。事務担当者たちは、できるだけ雑音を入れないように、目まぐるしく働いています。それは一種のコラボレーションです。我が国の素晴らしい言葉、相手を慮る(配慮、遠慮、思慮......)が機能しています。

もし、営業部が開発部を「予算ばかり使う」と苦々しく思い、開発部が営業部を「頭脳労働ではない」と軽んじ、総務部を「定時で帰れて気楽」と揶揄していたら、成果は上がらないでしょう。
社会にはいろいろな個性が必要であり、自分以外の人の個性を羨ましく思って足を引っ張り合うと、全体としては決して豊かにならず、その結果、構成員の誰も還元を得られなくなるでしょう(※1)。

※1 このような適性と役割を認めない風潮は、企業活動以外にも見られますが、メンテナンスを苦手とするクリエーターなら、公務員を「自分なら辛くて耐えられない定型業務を地道に続ける、得難い特質を持つ人たち」、専業主婦を「すばやく意識を切り替えながら複数作業を併行する、稀有な才能を持つ人たち」と尊敬していることでしょう。

クリエーターの思考を妨げない環境を作る

クリエーターに独創性を発揮させるには、「プラスになることをする」よりも「マイナスになることをしない」ことが重要です。最大のマイナスとは、次の3点を無視した環境負荷を与えることです。

(1) 空間の区切り
(2) 時間の区切り
(3) 他者との区切り

ワークスペースは個室が望ましいのですが、それが無理ならパテーションで区切るほうがよいでしょう(※2)。その空間の、音・光・温度・湿度・においなども検討されるべきです。特に重要なのは音で、「意味のある」音があふれていてはいけません。雑踏や大音響の中でも集中できるクリエーターもいますが、それは、意味のない音があふれているだけで、意味のある音が働きかけてこないからです。個体差はありますが、どのような種類の音にも耐えられるわけではないと思われます(※3)。

また、作業終了時間をできるだけ区切らない方がよいでしょう。集中力が高まっている時に、業務に無関係な会議や交流会の時間が気になって時計を見る状況が何日も続くと、モチベーションが下がり始めます。

電話や面会などの外からの働きかけについては、急用や客先からでない限り、事務担当者がフィルタリングして取り次ぐことが望ましいでしょう。また、ワークスペースを離れているからといって、外からの働きかけには注意が必要です。共有スペースでドリンクを仕込んでいるときも、思考は途切れずに続いている可能性が高いからです。

クリエーターは、脳内メモリ上に完成イメージを構築しています。
外から働きかけられた瞬間、意識は外へと向かい、脳内メモリ上に漂っていた概念、構築していたロジック、練り上げていたテキスト、企画のチャート、流れていた曲などが、急速に消え始めます。働きかけに応じた後、思考を再開すると、メモリ上の痕跡を探して、思考を再開しなければなりません。痕跡が残っていなければ、作業はフリダシに戻ります。思考を中断された時の泣き叫びたくなるような気持ちが尾を引いて、作業の再開に時間のかかる人もいます。

逆説的にいうなら、もしあなたが経営者で、クリエーターをクビにしたいなら、それは簡単です。区切りのない環境に置けばよいのです。仕事に協力的でない者が、競合他社ではなく、味方であることが、絶望感を何倍にも膨れ上がらせることでしょう。
もし、あなたがクリエーターを潰したいなら、これも簡単です。自分の作業の区切りがつき、相手が考えている様子のときに、雑談を持ちかければよいのです。集中をそがれた相手は、その日は仕事にならず、翌日に頑張ろうとするでしょう。そこへ再度話しかければ、仕事は遅々として進まなくなるでしょう。

※2 筆者がサラリーマン時代、インテリジェントビルに入居する企業のレイアウトプランを何年か手掛けた経験からいえば、パテーションのある席を並べ、その背後に、目隠し程度のグリーンを置き、さらにその向こうにソフトドリンクを飲みながら打ち合わせや歓談のできるテーブルを置くなどの方法で、集中と開放をほぼ両立させることができます。開放一辺倒にする必要はないのです。事務所の人口密度が極端に高いのでない限り、工夫の余地はあります。

※3 もとめられる独創性の厳しさが増すにつれ、より雑音のない環境が必要になります。
「孤独」(アンソニー・ストー著、吉野要 監修、三上晋之助 訳、創元社)から引用します。
雑音排除に熱心な人たちが気付いているように、感覚遮断の対極にある感覚の過剰負荷はほとんど無視されている問題である。(P.64)
もし人間が外的世界を、自分の個性を十分に発揮する場所ではなく、単に適応する場所と見なすならば、その人の個性は失われて、人生は無意味なもの、あるいは不毛なものとなるに違いない。(P.118)
ものを書くときは、どんなに孤独でも孤独すぎることはないし、周囲がどんなに静かでも静かすぎることはない。―カフカの手紙から―(P.162)

作業環境の問題がないがしろにされる理由

このように、クリエーターにとって、作業環境は最も重要な就業条件です。
にもかかわらず、「現代のクリエーターにはPCとネット接続環境さえあればよい」と考える人が、少なからずいるようです。
なぜ、そのような考えを持つのでしょうか。

ひとつは、耐え難い環境に置かれたクリエーターの精神状態の深刻さが、マネージャーに伝わりにくいからでしょう。納期が守られ、納品物が評価される限り、適切な環境で作業を進めた場合との品質や効率や精神的ストレスの比較には、思いいたらないと考えられます。

また、IT業界のクリエーターは概して若いので、マネージャーが上世代の場合、世代間で「隠れた次元」が異なることも考えられます(※4)。
マネージャーが50代半ば以上である場合、彼らの多くは、襖や障子で仕切られた木造家屋で暮らし、兄弟姉妹もクラスメートの人数も多い中で育っています。四六時中他者の気配にさらされる環境に慣れている人たちにとっては、むしろ他者の気配が感じられない環境のほうが、独房監禁に等しい苦痛でしょうから、マンションの個室を与えられて育った一人っ子世代とは、プライベートな圏の感じ方が異なってもおかしくはありません

こうしたパーソナリティや文化的背景に根差した感性を変えることは非常に難しいものです。
ところが、クリエーターの中には、環境要因をクリアできる人たちがいくらかいます。

筆者は、環境要因をものともしない人々のうち、並外れた集中力の持ち主はごく一部で、多くは、脳内メモリに依存しないタイプなのではないかと推測しています。
通常、クリエーターは脳内メモリをフル活動させますが、ツールの進化にともなって、PCメモリタイプが出現しても不思議ではないからです。

従来は、コードを数行書いてはデバッグできるような、脳内イメージを逐次定着して確認できるツールはありませんでした。さらに古い時代にさかのぼれば、パンチャーの作業を何時間も待つ必要がありました。プログラマーたちは頭の中であらかたロジックを構築してから、画面に向かっていたことでしょう。
脳内メモリ上の作業経過が欠落したり復帰できなくなることは納期に関わる問題ですから、昔の職場は静かにならざるをえなかったのです。デスクはパテーションや製図版で区切られており、仕様書やメモ書きが回覧されていました。携帯端末がなかったので、作業中に着信を気にすることもありませんでした。

ところが、開発環境は、圧倒的な進化を遂げました。Visual Studioは、脳内メモリを代替してくれます。各個体の脳は、独創性を生むネットワークを構成するひとつのノードの役割を果たします。このような環境がほぼ整った頃からクリエーティブな作業を始めた人々の中には、頭の中でロジックを練り上げるよりも先に、キーを叩くのではないでしょうか。

柴田芳樹著「プログラマー現役続行」は、私は良書だと思いますが、その中に、次のような引用があります。

キーボードに早く触りたい気持ちを抑えること。思考はそれに勝るとも劣らない行為なのだ。
(ブライアン・カーニハン、ロブ・バイク『プログラミング作法』)

しかしながら、「すぐにキーボードに触る」人は増えこそすれ、減ることはないでしょう。この流れを止めることはできません。なぜなら、そこに手軽な環境が、Surface があるから!
PCを自分の脳の一部のように使いこなすなら、外からの働きかけによって思考が中断しても、少なくとも直前までの経過は画面上に残っているので、それがトリガになって思い出せる部分があります。そのため、脳内メモリに依存する人々とは異なり、思考経過が完全に白紙になる割合は、低く抑えられます。

つまり、外からの働きかけが気になる程度が小さいのであって、全く気にならないわけではないのでしょうが、マネージャーからすればそれは「気にならない」ことに含まれるのでしょう。

これから先、脳内メモリタイプ人間の割合は徐々に減っていくと考えられます(※5)。
職場環境を整えるには時間も費用もかかります。クリエーター側が譲歩して順応してくれれば、マネージャーにとってはそのほうが都合がよいわけで、順応できないのは努力不足だ、と言いたいところでしょう。

しかし、誤解しないでください。脳内メモリ使用か、PCメモリ使用か、は、各個体の個性です。
マネージャーは、環境要因を気にしないクリエーターもいるからといって、環境に配慮する必要がないなどとは思ってはならない
でしょう。
人間は、自分が想像しているよりはるかに多様な生き物なのですから。

※4「隠れた次元」(エドワード・ホール著、日高敏隆 佐藤信行訳、みすず書房)には、各国におけるプライベートな圏についての考察があります。日本人の空間観念も取り上げられていますが、現在の日本では、空間の侵害の感覚は二極化しているのではないでしょうか。

※5 ただし、脳内イメージをダイレクト出力する時代になると、脳内メモリタイプの人口が逆転します。


HTML5 audio : 鳥の町 / Cty of  Birds 【巡音ルカ・オリジナル曲のインストゥルメンタル版】
作詞、作曲:1984年。歌詞一部リライト:2011年。
ボーカル版は、「イメジェリの地平(Out of Imagery)」 収録。
Megurine Luka is used under PIAPRO CHARACTER LICENSE by CRYPTON FUTURE MEDIA, INC.

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