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電子書籍をライターとして歓迎したい、5つの理由。

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筆者はこれまで、多数の書籍や雑誌記事、オンライン記事を書いてきた。サラリーマン時代は記事込み広告の無署名原稿を書いていたので、実に膨大な字数を書いてきている。その経験を踏まえ、ライター側から見た電子書籍のメリットについて考えてみた。

ただし、この記事は、新技術解説をテーマとする書籍に限定するものである。文芸、ビジネス、ハウツー、普遍的な基礎技術を扱った技術書、に言及するものではない。
また、現在販売されている再生用小型端末対応のコンテンツに限定するものでもない。5年、10年経てば、その形状もユーザインタフェースも変わるであろう。
印刷物ではなく、電子の本、という意味での、広義の電子書籍について述べるものである。

(1) ワケあり良品を、読者に届けられる。

紙の本では費用対効果の面から、ページ数や色数に上限がある。
そのため、決められたページ数の中に収まりきらなかったプログラムや解説は、余ることになる。
また、執筆前のテスト段階で作成した小さなプログラムも、それを含む実用的なプログラムの掲載を優先すると、筆者の手元に残ることになる。
わかりやすさ優先で長々と書き、溢れそうになって削った図や文章も、ハードディスク内に眠る。
こういった余剰分を読者に届ける方法として、電子書籍はひとつの選択肢になる。

これら日の目を見ない原稿は、前回の記事で書いた、「1袋5本入りの漬物用胡瓜」と同じである。形にクセがあっても胡瓜は胡瓜であって、味も鮮度も変わらない。既定のパッケージに収まらないからといって、売りものにならないわけではない。読者の中には、掲載しきれなかった内容の方が、むしろ必要という人もいるはずである。

(2) レイアウトより内容を優先しやすい。

印刷物の場合、見開きページで完結したり、あるいは、数ページごとに節が切り替わる構成の場合、規定のページ内に、過不足なく内容を収めなければならない。
わずかなアフレや不足が生じた時には、文章を見直すか、レイアウトを工夫するか、あるいは両方で対処するか、という検討が生じる。
これはあくまで筆者の感覚だが、手作業時代よりも、DTPが登場してからの方が、この検討は難しくなったような気がする。
電子書籍なら、器の制約が少ない分、まずは内容を優先してレイアウトを工夫してみる、という方向で校正方針の標準化ができるのではないだろうか。

また、印刷物と電子書籍の両方を出版するのであれば、紙の本には収まりきらなかった部分を、電子書籍にボーナストラックのような形で収録するという方法もある。実際、筆者は昔、規定ページ内に収まりきらなかったプログラムと解説を、PDF化して添付CDに収録してもらったことがある。

(3) バージョンアップによる影響を抑えられる。

新技術解説書は、仕様、OS、ブラウザ、開発ツール、公開APIなどのバージョンアップの影響をもろに受ける。
それらのいずれかがバージョンアップすると、インストール方法やプログラムの動作確認、影響の及びそうな本文や参照ページ数(第×章○○ページ、リスト××参照、などというもの)の見直しが必要となる。画面キャプチャは、バージョンやメニュー表示の部分が変わっていると、基本的には撮り直す。

共著の場合は手分けすることもできるが、単独執筆の場合は、その作業のために出版時期がずれ込むケースもあるのではないだろうか。

開発競争激化でバージョンアップの周期は短くなりつつあり、開発フレームワーク絡みでなくとも、たとえばW3C策定の仕様に限定しても、マイナーチェンジは頻繁である。
それに完全に比例する形で、紙の本の初稿引き渡しから刊行までの期間も短くできるかといえば、そうではない。

もし、電子出版で制作にかかる工期を短縮できるの「ならば」、そのぶんバージョンアップの影響は受けにくくなる。

また、電子書籍を先行して出版し、紙の本を後日出版し、両者の修正差分はWeb上で公開する、などの時間差出版も考えられなくはないだろう。それが可能「ならば」、情報を早く得たい読者は電子書籍を購入して差分はWeb上で確認すればよく、印刷された本で学びたい読者は紙の本を購入することができる。

(4) 新しい企画を立案しやすくなる。

過去に実施したものと類似の企画を、ほぼ同じ社会情勢の中で行う場合は、過去のデータが予測に役立つ。
だが、新しい企画は、数字の裏付けがなく、企画者が吉と出ることを信じていても、費用対効果をデータで証明してみせることは難しい。
電子書籍で費用が圧縮できるの「ならば」、編集者もライターも、リスクとリターンを予測しにくい企画を立案しやすくなるかもしれない。
また、あきらかに賭けとしかいえないような企画は、ライターが、リスクを一人で負って、出版すればいい。

(5) カスタマイズの可能性を高める。

最後に、前回記事を思い出してもらいたい。
先の記事では、基本のドレッシングをカスタマイズする方法について書いた。
ハードウェアしかり、ソフトウェアしかり、また生活上のもの、被服にせよ食にせよ住居にせよ、世の中の多くのものは、カスタマイズ可能となっている。ところが、印刷された本は、自前スキャンでもしない限り、カスタマイズできない。

初心者プログラマの中には、「憶えておきたい構文のみ抽出して、まとめておきたい」という人もいるはずである。
中級以上のプログラマの中には、「構文やメソッドやプロパティの解説は要らない、サンプルコードと画面キャプチャだけでいい」「リスト中の、長いコメントは目障りだから、リストだけを抽出したい」と思っている人もいるのではないだろうか(違うかもしれないが)。

これまでは、読者が、印刷物の強制する「読み方」に、全面的に歩み寄っていた。電子書籍の普及は、これまで表面化してこなかった、読者のカスタマイズ欲求を浮かび上がらせる可能性がある。それは、きっと、言葉で情報を伝えるための「形」のあり方について、利用者の声を吸い上げる機会を作ることにつながり、出版の世界を、良い方向へ導くような気がする。

以上、ライターの側から見た、電子書籍のメリットをあげてみた。

ただし、これは、筆者(薬師寺聖)個人の意見である。PROJECT KySSとしての意見ではないことをお断りしておく。

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