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「脳内ビジネス」の話はまたにします!

金ピカライターの社長

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知り合いの紹介で訪ねた東銀座の雑居ビルには6階建てだというのにエレベーターがついていなかった。

お客さんはドレスのレンタル会社と言うのだが、これでは商品の搬入や搬出が大変だろうと思いながら、息を切らしてようやっと最上階に着いた。

「升本さんからご紹介されましたプラズマの島崎です。」

インターホン越しに聞こえてきたのは数日前に電話で聞いた社長の声だ。

「あぁ、島崎さんね。お待ちしてました。」

事務所に通されると、制服を着た若い女性社員が1名座っていて、あとは社長だけだった。女性社員はテレビを見ながらお茶を飲んでいる。お客さんが来ても見向きもしないのはお昼休み中なのだろうか。

テーブルとソファはやたらと高そうなものだったが、それ以外の什器はどれも安っぽい。

お茶は社長が入れてくれる。女性社員は相変わらずテレビに夢中でこちらに関心がない。なんだかとても違和感のある空間だ。

しばしの雑談の後、頃合いを見て、具体的にシステム化したい内容のヒアリングに入っていった。

升本さんから軽く聞かされていたように、この会社さんはウェディングドレスやパーティ用ドレスのレンタルを行う会社であった。しかしその事業内容から想像される業務内容と、社長の説明する業務内容が今ひとつしっくりこない。

「えーと、、、ちょっと特殊ですね。業務を最初から確認させてください。」

「へっへっへ。難しいでしょう?だから既成のソフトじゃ対応できないんですわ。」

「まずドレスを仕入れるわけですよね?」

「そう。でもうちが買う訳じゃない。会員が買う。」

「なるほど。あらかじめ会員登録した会員さんが御社経由でドレスを購入する、と。」

「そうね。」

「そうすると、ドレスが御社に送られてくる訳ですね?」

「来ない。」

「来ない・・・。ああ先にレンタル先が決まってて、直接そちらに送られるんですか?」

「送られない。ああ、、、升本さんの紹介だから安心してるけどお宅、秘密は守れるよね?」

「あ、ああ、はいもちろんです。機密保持契約書の雛形とかお持ちでしたらすぐにサインをしてもいいですが。」

「そんな紙切れは信用してないよ。あんたが大丈夫と言うなら大丈夫だ。」

社長は、冷めたお茶をずずっと飲み干した。

「あのね。会員はこのカタログを見て好きなドレスを選ぶ。自分が好きというか、借り手がつきそうなドレスを選ぶんだな。決まったらうちに代金を振り込む。安いもので30万円くらい。高いものだと500万とかするよ。」

「ほうー、500万のドレスですか・・・。すごいですね。」

「1人で10着も20着も買ってる会員がいるからね。世の中金持ちっているもんだな。」

「な、なるほど、、、そうですね。」

「そのドレスがレンタルされたら、その売上に応じて会員に配当を渡す。その利率が、、、えーとカタログのここに書いてある。たとえばこれ。これはオレンジ枠で『N1』と書いてあるから、この表の・・・」

ここから配当還元の難しいルールの説明が10分ほど続いた。

「・・・だ、だいたいわかりました。こちらのカタログを社内に持ち帰ってもう一度よく見させていただきますが、もの凄い複雑ですね。」

「へっへっへ。もっと行くよ。」

「・・・!?」

「今のパターンは、それが飛び込みで入会した会員だった場合。一番簡単なケースだよ。その人が誰かの紹介だと紹介者にも配当が入る。」

私は息を呑んだ。

「その配当率がこっちの表になる。入会からの継続期間でランクが変わってくる。また年間の売上金額、紹介した人の数、紹介者の売上の合計もランクに影響する。そのランクと今回の売上の額によって配当額が決定される。たとえば、、、」

ここから1時間ほど、私は目眩がするほど複雑な計算ルールを教え込まれた。子会員だけでなく、孫、曾孫会員からの配当も入る。

「と、ざっとこんなルールなんだが、、、理解できた?」

「い、いや、はい。まぁ大枠は。これは自分でケースをいろいろ作ってよくまとめてみないと完全な理解は難しいですね。」

「そうだろうな。このルールを作った俺もたまにわからなくなっちゃうんだよ。だからね、今回システムを組んでもらおうと思い立ったわけ。」

「なるほど・・・承知しました。論理的に破綻していなければ必ずプログラムには落とし込めます。しかしこれに実際のレンタルの管理や搬入・搬出の管理があるわけですよね?・・・これは大変だ。」

「ないよ。」

「・・・!?」

「へっへっへ。ないのよ。レンタルなんかない。ドレスもない。だから搬入とか搬出とか考えなくていい。」

「レンタルがないんですか?でも配当は渡す・・・?」

私はその瞬間このビジネスの仕組みを理解した。

社長はにやりとして、テーブルに置かれたガラスのケースから煙草を1本取り出すと金ピカのライターで火をつけた。古風なアイテムである。

「ドレス毎に売上を手入力で入れられるようにしてもらって、誰にいくら払えばいいのか、その計算をしっかりやってもらえればそれでいいから。」

「わ、わかりました・・・。」

会社を立ち上げたばかりの私は仕事を選んでいる場合ではない。こんな仕事でも何でも受けた。いや、こちらが仕事を選ぶ、というより仕事が私を選んでやって来ている感じだ。

果たしてそのシステムは無事完成し、代金もきちんと回収できた。

金払いはいい社長だった。

この手の事業を営む社長というのは、世界を「あっち側」と「こっち側」に分け、「あっち側」の人達にはとことんシビアだが「こっち側」の人には結構甘い。いい武器を仕入れられないと悪事が働けない、からだろう。

私は私の作ったシステムで不幸になる人が出ないことを祈っていたが、そんなことは有り得ず、ほどなくしてこの会社は破綻したと升本さんから聞いた。もちろん破綻は計画通りにちがいない。

それから3年ほどが経ったある夜、突然私の携帯にこの社長から電話がかかってきた。

「今、札幌にいるんだけど、またシステムを作ってもらえないか?今度は据え置き型のウォーターサーバーのレンタルで・・・」

あれ以来、極力まっとうな仕事を受けるようにしてきていた私は、「お受けしたいのは山々なのですが、、、あいにく今、手が一杯で、、、」と丁寧にお断りした。

社長は「いつならできる?」「金は出すよ」としばらく粘っていたが、やがて諦めた。

 

 

 

 

 

※こちらは15年以上前の事実を元にした記事ですが、一部(または大部分)脚色およびフィクションが含まれています。

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