同じ方向を向く勇気(後編)
前回のつづき
(青年)しょうがない。そうしたらその部分については支払わざるを得ないですね。水の入らないお風呂など、邪魔なだけですから。
(哲人)さて、それではそのお風呂の喩えでいきましょうか。その二階のお風呂は、外の風景が見えやすいようにと、大きな窓ガラスをはめることになっていたとします。
(青年)ああ、それはいいですね。そういう要件があった、ということですね。
(哲人)しかし開発会社は一面透明な窓ガラスをはめてしまった。これは要件通りです。いかがですか?
(青年)いや、ちょっと待ってくださいよ!一面透明なガラスなんて、外から丸見えじゃないですか!?恥ずかしくて入れません。
(哲人)しかし要件通りです。それを下半分は目隠ししたりマジックミラーにしたりするのであれば、追加費用です。
(青年)冗談じゃない。要件通りと言っても常識的に考えて、全面が透明なガラスのお風呂なんてあり得ない。
(哲人)あなたの常識と開発会社の常識が必ずしも一致するとは限りません。
この調子で、開発会社は次から次へと追加費用を要求してきます。しかも当初の見積りの時に比べて、遠慮なしの高い単価で見積ってきます。もう無理な値引きに応じる必要はないのですから、あなたの財布のMAXギリギリを狙ってきます。
(青年)追加の費用なんて早々払えませんよ。約束が違います。
(哲人)払えなければ中途半端な使えないシステムが納品されます。それがあなたと約束した「要件定義通りのシステム」です。
(青年)ちょ、ちょっと待ってください。ああー、少し頭が痛くなってきました。私はどこでまちがったのだろう?
(哲人)最終的には、当初見積りの倍くらいの金額になるのはよくある話です。
(青年)許せません!やはり父の遺言は正しかった。システム開発会社の人間は、非道で、人非人で、外道で、鬼畜同然のやつらです。
(哲人)そう思われますか。
(青年)だってそうでしょう!こちらはシステムを間違いなく作ってもらうために必死で要件をお伝えしているのに、それを杓子定規に受け取って、逆に追加費用のネタに使ってくるのですから!
(哲人)ふふふ。要件定義をするのが間違っているのです。
(青年)・・・!?
(哲人)要件定義をするのが間違っているのです。
(青年)要件定義を、、、なんですって?
(哲人)要件定義をするのが間違っているのです。
(青年)そ、そんなバカな!情報処理試験の「ソフトウェア開発モデル」でも要件定義の作成は基本中の基本。
それを作らずに開発を始めるなんて、言ってみれば地図も見ないで車を走らせるようなものです。どこに進んでいくかわかったものではありません。
(哲人)ふふふ。地図が正確でなく、読み取る力もないなら、そんな地図はない方がよくはないですか。
(青年)せ、先生のおっしゃっていることがよくわかりません。
先生は最初、システム開発は常にシンプルであるとおっしゃいました。またシステム開発の成功の鍵は「同じ方向を向く勇気」だともおっしゃいました。そろそろそれがどういうことを表すのか教えてはいただけませんか?
(哲人)いいでしょう。まず、要件定義。それが常にシステム開発をややこしくし、また、開発会社を席の向こう側に追いやって、利害が対立する「敵」に回してしまっているのです。
(青年)要件定義があるから、開発会社が敵に回る・・・。
(哲人)そうです。開発会社、とりわけそこに属しているエンジニアというのは本来、あなたが理想としている使いやすいシステムを作りたいと思っているのです。あなたがするべきことは、エンジニアをして席のこっち側に座ってもらい、同じ方向を見てもらう勇気を持つことです。
(青年)同じ方向・・・ですか?
(哲人)ユーザー企業と開発会社は決して敵対してはいけません。精緻な要件定義など、作れば作るほど開発会社はあなたと距離をとり「それが実現できなかったときのリスク」を上乗せして見積りを書いてきます。
これを「リスクバッファ」といい、大過なくシステムが完成したときには開発会社の旨味となります。
なので、開発会社は開発が始まると、あなたのようなハンチクに理論武装をした発注者にうるさいことを言わせないよう、常に身構えています。「風呂場に透明ガラスなんておかしいな」と思っても余計なことをいわず、そのままはめ込んでしまうのです。強く言われればそのバッファを使って直すかもしれませんが、そうでなければ押し切ろうとします。
(青年)うーむ。なるほど。しかし要件定義をせずにシステム開発って、具体的にどうやったらいいのでしょう?
(哲人)それは、、、このマンガを見ればわかります。
(青年)こ、こんな考え方があったのですか・・・。
(哲人)そうです。今日はここまでにして、あなたの中で頭が十分整理されたら、次のお話をしましょう。私はいつも、この部屋で待っています。
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