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studygiftは火だるまになるほど極悪なサービスだったのか

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5月の中旬、studygiftという学費に困っている苦学生を支援するというファンドサービスがリリースされたという話がtwitter経由で目に入ってきました。

「ほうほう、それはいいことだなー」と思っていたら、間もなくしてというかほぼ同時に、このサービスに対するネガティブな情報もたくさん入ってきまして、あっという間にあちこちから火の手があがり、火だるまになりながらこのサービスは一瞬でクローズされてしまいました。

なんとオープンから11日目のことと言います。この顛末について詳しく知りたい方は、こちらによくまとまっていますのでご覧ください。



私は、システムを作る側の人間としてこのようなサービスの立ち上げにはこれまで多数関わってきましたので、僭越ながら私なりの見解をば述べさせていただければと思います。



■そもそもビジネスモデル的にどうなのか

そもそもこのstudygiftのビジネスモデルはどうだったのでしょうか?そんなに火だるまになるほどの極悪なサービスだったのでしょうか?

このサービスは、簡単に言うと学費に困っている学生と、お金に余裕があるが支援先がないという方々とをマッチングさせ、金を移動させる際に事務手数料(サービス利用料)をもらい受けるというモデルです。

お金に困っている学生はたくさんいます。また、お金が余っていて若者を支援したいという方々もたくさんいるでしょう。法人としても学生を支援しているというのは聞こえがいいので是非協賛してみたいと思うでしょう。

そして、これまではそのマッチングというのがなかなか難しかったのですが、ITを使えばそれが可能になるということろに事業化の可能性があります。しかもこれまでの「あしながおじさん」などのレガシーな募金方法と違い、お金の使われ方がダイレクトにわかります。支援した学生の方から直接の感謝の声も聞けるでしょうし、その後の経過も追えます。

そして、システムの開発がそれほど難しくありません。これが実装に3ヶ月とかかかるようなシステムだと技術力のある人でも辛いですからね。

これはちょっと考えても面白そうです。


ただここで

「事業とは言っても、そのような善意によって成り立つものであれば、手数料を取るというのは間違っていないか?」

こういう意見もあるようです。

しかし、事業が善意を持った人の存在に依存していることと、事業者がタダでやるというのはまったく別問題です。NPO法人も独立行政法人も、公共性の高い事業をやっていても必要経費はきちんと取ります。民間企業の行う事業なら尚更で、価格設定も自由です。

また、もしこのサービスの手数料率が高すぎるというのであれば、別の起業家が安く参入してくればいいだけのことでしょう。

また、

「マッチングサイトなら学生の身元をきちんとチェックし、運営会社が保証すべきではないか?」

この意見が非常に多かったようです。

これも私は特別そんな必要はないと思います。

「保証している」と言いながら「実は虚偽でした」であれば、「保証してると言っていたな?保証とはなんだ?倍返ししてくれるのか?」という話に展開していきますが、そもそも保証すると謳ってないなら「ウソも含まれているかも知れない」と思うべきです。信じる信じないは自己責任です。

求人広告、グルメ雑誌、タウン誌などなど、どれもウソが書かれている可能性があります。

またそもそもが、支援というのは、清廉潔白な人間にしか施さないというものではないでしょう。

もし

「馬鹿だなー、そこは事業として完璧に保証しなきゃダメだろう」

と思うのであれば、これも後発の起業家がそれを改善してサービスを立ち上げればいいだけです。



■直感的にもの凄く優れたビジネスモデルと感じる

私は、あまり家入氏という人を知らなかったのですが、このサービスはさすがと唸らざるを得ないプロの考えたモデルだと思います。

もちろん実はこのビジネスモデルは、二番煎じ、三番煎じであることは知ってます。



その他にもファンドサイトというのはいくつもあると思います。当然それでいいと思います。

二番煎じ大好きです。

サービスは基本的な機能は同じでも光の当て方でまったく別の見え方になります。セグメントを絞る・広げる、機能を絞る・付加するで、注目される・されない、利用される・されないに大きく影響します。

このさじ加減が難しいのですが、このstudygiftはセグメントを思い切り絞り、機能もシンプルにして、分かりやすくしています。飛びつきやすい大きさになっていて見事だと思います。



■一人だけ取り上げたのは正解なのか

この点が私は今回の騒動の一番のミソだと思います。

「なぜ苦学生を救おうというなら、複数の学生を載せないんだ?」

と多方面からお叱りを受けてますね。これは、ネットリテラシーの高い方々からも結構批判されているところです。

上記日経の記事内にも

「もしもスタディギフトが、彼女の支援だけでなく、彼女も含めた5人や10人の支援募集から始まっていたら、結果は変わっていたかもしれない。」

とあります。

しかし、私はこのサービス内容であれば、スタート時に1人をピックアップして集中的にリソースを突っ込むというは、まったくもって当然なやり方だと思います。

起業の際によくスモールスタート(小さく産んで大きく育てる)を目指せと言われますが、そのお手本がここにあります。

何も少ないお金で始めるということがスモールスタートではないです。今使える資源から何ができるかを考えることこそが大事だと思います。

机上の企画を綿密に立てて、それに合わせてコンテンツやリソースを集めるのがどれくらい大変なことか。私はこれまで、何度もそういう失敗パターンを目にしてきました。

コンセプトも新しく、ニーズもあると思われ、システムも必要最低限で不具合無く作り込み、、、晴れてリリースに漕ぎ着けたものの、その先、コンテンツを集めるのに偉い苦労をして、必死で自分達でサクラ記事を書き続けるも一向にコンテンツは集まらず、数ヶ月後にあえなく閉鎖となってしまったサービスもありました。

ありましたというか、こんなことは日常茶飯事です。

また別のケースでは、開発途中で「今までサービスの内容ばかり考えてきたけど、プロモーションの仕方がわからない」と、急に不安になったとのことで突然の開発中止。無期延期になってしまったこともあります。

今回のstudygiftは、私がこの日経の記事も含めて想像すると、この元女子大学生(以下、Aさん)との話の中でポッと出たジャストアイディアを膨らませたものだと思います。

・Aさんが学費に困っているという
    ↓
・学費を支援してくれるマッチングサイトを作ろうよ
    ↓
・Aさんが顔出しで1発目のモデルケースになってよ
    ↓
・そしたらプロモーションもしやすいから

たぶんこんな流れだったのではないかと、勝手に想像します。

Aさんも主催者の方々に厚い信頼を置いていたのでしょう。そういう人というのは希少です。スタートアップ時の貴重なリソースと言っていいです。

一人を成功事例にして注目を集め、サービス自体の認知度を高め、次に3人5人の学生を集め、ここにもリソースをそこそこ注ぎ、それがうまく行けば完全公募する。これが、一番リスクがないでしょう。

あるいは、サイトのコンセプトやブランディングを大事にするのは、完全公募はやらなくても全然いいと思いますし。

何度も言いますが、それがダメだというのであれば他の起業家がそこを改善してサービスを出せばいいのです。

ここまでのところで、火だるまにして叩きつぶすに値する理由はまったくないです。



■では何が失敗だったのか

これは極めて些細なところだと思います。

一人の絶対に裏切らないだろうと思えるAさんを前面に押し出すのは、非常に合理的な行動だと思います。

でも、信頼関係があったからこそ事実確認を怠ってしまった。

Aさんが、どの時点で復学は難しいことに気づいたか分かりませんが、サービスが現実のものになればなるほど言い出しにくくなってしまった可能性があります。あるいは、「大学にお金を持っていけば退学が取消になる」と本気で思ったのかも知れません。

そんなことはよくある話です。Aさんを責められません。

社会人経験のない学生を使う以上は、大人である主催者の方がそのあたりのリスクを潰しておくべきだったと思います。気づくべきタイミングは何度かあったと思います。

あと、学生のコミュニティは恐ろしいですね。個人情報とかばんばんネットに上げてしまいます。社会人なら「なんだ、うまくやってるな」で済むところでしょうが。

ここも大きな誤算だったのではないでしょうか。

問題はまあこの2点だけであって、あとは非常に素晴らしい事業で、私はこういう事業がどんどん生まれていって欲しいと思います。

基本的に困っている人を応援するっていうのは気持ちいいことじゃないですか。

そもそもが、応援するというのは、我々裏方の開発屋にとっては企業理念そのものなところがあります。

一生懸命頑張る企業や人を応援するのが我々受託開発の会社ですから。


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しかし、いつも思いますが、成功すればするほど、目立てば目立つほど批判を受けやすくなるのは日本の良くないところですね。

本来は、新しい試みに対して皆で惜しみない賞賛の拍手を与えて、徐々に改善を待つか、あるいはなかなか改善されないのをチャンスと見てより良質な後発サービスが出てくるというのがあるべき姿だと思います。

今回のようにフルボッコにしてしまえば、改善するも何もサービス自体が潰れてしまいますし、改善サービスを立ち上げようという後発の起業家も尻込みしてしまいます。

私は、こんな過酷なフィールドで果敢に戦いに挑む日本のベンチャー起業家を本当に尊敬します。

先の日経の記事では、家入氏達は「夏頃までにリベンジするかも」と言っていますが、モチベーションを維持できますでしょうかね。

私は勝手に期待はしていますが、別に社会起業家という訳でもないでしょうから、あまり無理をなさらないようにと願うばかりです。

Comment(4)

コメント

Mr.C

とても思慮深い記事と思います。

>しかし、いつも思いますが、成功すればするほど、目立てば目立つほど批判を受けやすくなるのは日本の良くないところですね。

私も、強くそう感じます。
雑音にめげず、今後の活動を期待いたします!

無理がありすぎ

>しかし、いつも思いますが、成功すればするほど、目立てば目立つほど批判を受けやすくなるのは日本の良くないところですね。

この部分、海外では比較的起きていないとでも思っているとするなら
あなたは単純に無知なだけですよ
FacebookだろうとGoogleだろうと散々批判され場合によっては国の機関、司法等様々な方面から怒られていますよね
「日本だけがそのようなことが多い」ってのは客観的根拠の無い「思い込み」、「印象」だけですよね?

study giftの件は「事業と詐欺」の線引きが問題になっているのだと思います
study giftは明確に虚偽の説明をしてお金を集めました
これは揺るぎの無い事実です
ではこれは批判されてはいけないのでしょうか?批判されないのが健全な社会なのでしょうか?

悪意がある嘘では無ければ、間違いによる嘘ならば詐欺にはならないのでしょうか?
そんないいわけが通じる社会があなたの理想ですか?

多くの批判はサービス自体では無く、「提供者」、「実行者」を悪だと非難しているのだと思います、すり替えてはいけません

匿名

大学院に通っておりますが、少なからぬ学生は自弁で学費と生活費をまかないながら研究活動を行っております。特に人文系の学生ともなれば就職の口も少なく、ゼミ教授からの仕事の斡旋も期待できずに塾校教師等をしながら勉強しております。学費が続かずに休学して学費を稼ぐ物、休学の限界に達して退学するものもおります。

彼女が、学業成績不振による奨学金停止のために「お金が足らず学業を続けられない」という理由で学費を募ることができるのにもかかわらず。
学業に専念し、研究活動に身を捧げるために大学院に進学した院生はどうして自らの研究活動に使いたい時間をを削ってまで学費その他を稼がねばならないのでしょうか?
社会に出ずに延々と大学で文学、歴史学、哲学にうつつを抜かす輩に与える金はないということでしょうか?
筋違いな恨みではありますが、この憤りをどうぞ御理解いただければ幸いです。

> 匿名さん

あなたの気持ちはとてもよく分かります。非常に素直で、共感を呼ぶ内容で、目につきました。

簡単に言えば、不公平だ、ずるい、という感覚ですね。

でも世の中そういうものです。公平というのは、学校の中のルールでしかなく、そんなものは一歩学校を出れば、本屋でもレストランでも感じるはずです。

まあこのコメントをいただいた方もきっと分かってはいるのでしょうが、言わずにはいられなかったのでしょう。


かく言う私も、こんなにいろいろと考えてあの手この手で頑張っているのになぜ毎月苦しいのか。うちよりも軽くて勢いだけの会社の方が儲かっているし、若者たちからも人気がある、と感じてしまうことがあります。

いや、感じてしまうというか、客観的に見れば間違いなくそうでしょう。

でも、他人と比較しても何も得るものはありません。

他人と比較して不幸だと思う人は、確かに間違いなく不幸だと思います。ただ、他人と比較して幸せだと思う人も不幸である可能性が高いです。

日々を淡々と、今できることをやるだけです。比較はやめましょう。生まれ持っての環境やキャラに依存するところが大きいのでどうしようもないです。

しかしもちろん「できることを淡々とやる」というだけでは、一生浮かびあがれないのも事実です。

同時に、何かのチャンスが巡ってくれば、それに飛び乗る準備しておくことです。

うまく飛び乗った隣人を引きずり下ろすことなどに腐心せず、自分のところにまわってくるチャンスを待ちましょう。

チャンスに飛び乗るには勇気が必要です。心の準備をしておきましょう。

常にアクションを起こし、目をよく開いていればチャンスは必ずやってきます。


それと、もうひとつ。あなたの悩みは

社会に出ずに延々と大学で文学、歴史学、哲学にうつつを抜かす輩に与える金はないということでしょうか?

ここにありますよね。

要するに、工学部や商学部のような学問と違い、直接ビジネスに結び付かないような学問を延々とやっていることに関するコンプレックスかと。

私はビジネスマンですから、ビジネス視点でしかお答えできないことをお断りしておきますが。。

人は、群れで生きる動物です。

そして高度に進化してしまって一人では到底できない作業を各々分担して行って、群れ全体の命を維持しているのです。

なので、あなたもグループ内で「価値がある」と他人から思われることをやっていかなければなりません。そうでない限り、群れの「分け前」にありつくことはできないでしょう。多少の「施し」はあったとしても。

しかしここで、歴史学、哲学といった学問が価値がないかと言えばそんなことはないと思います。

たとえばあなたがそういった類の書物を読むことで「面白い」と感じるのであれば、その学問は人から「価値がある」ものと捉えられる可能性が高いです。古文であれ、考古学であれ、ほとんど利用価値のないものすごく高度な数学であれ同じです。

ただし、あなたがただそれを「消費」しているだけであれば、価値がある活動とは言えません。そういう人にはやはり群れから「分け前」はもらえないと思うのです。

逆に楽しんだあなたが、群れに対して「ありがとうございます」の意味の財産を差し出す必要があります。

もしその世界で生きようというのであれば、与える側、すなわち「生産者」になる努力をすべきだと思います。

大人になったら消費に安住してはいけませんよ。

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