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新型コロナ:ファクターX

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■ファクターXとは
日本では新型コロナの感染者数や死亡者数がについて欧米に比べて少ない、という事実があります。日本は検査数が少ないだけで実数は多いのだ、と主張する人もいましたが、厚生労働省が行った無策抽出による抗体検査の調査結果や、ソフトバンクが社内や関連企業向けに行った抗体検査の結果でも、検査キットや調査の精度が気になるくらいにしか陽性者はいませんでした。感染から数か月すると抗体が減り始めるという中国の研究はありましたが、日本での感染者が急増しはじめたのは3月下旬ですし、他国での抗体検査の結果と比較しても、もはや疑う余地はありません。

日本が、中国や韓国のようなプライバシーに踏み込んだ監視体制を取ることもなく、欧米より規制が緩やかだったのに、このような成功をおさめられた理由について、山中伸弥氏が「ファクターX」と呼び、色々な候補を挙げられています。世界的に評価されている専門家が早くから対策を主導し、マスクや手洗いなど人々の公衆衛生意識が高かったこと、そもそも欧米のようなハグやキスといった生活習慣がないといったことは妥当な理由だと思います。一方、発端となった武漢で感染爆発が起きたことを思えば、人種やBCG接種などを(多少の影響があるとしても)大きな要因として考えることは難しいでしょう。

■対策が早かった
岩田健太郎氏は、ブログで「患者が少なかった。これが日本の対策がうまくいった最大の理由」と書かれています。ここだけ読むとトートロジーかと思う表現ですが、要するに早くから感染に気付いて対策したことで、感染者の増加を抑えられたということです。
日本でイベントの自粛要請が出された2月26日までの感染者数は164人です。この日にPerfumeやEXILEのコンサートが中止されたように、この要請に応えて多くのイベントが中止されました。翌日には休校要請が出され、多くの学校は3月から休校しました。3月下旬には感染経路のたどれない弧発例が増え始め、緊急事態宣言こそ出ませんでしたが3月28日の首相会見以降、デパートや外食チェーンが休業しはじめました。この日までの感染者数は1499人です。その後、4月7日には一部で緊急事態宣言が発出され、その後全国に広げられました。

欧米でも、すべての国の感染状況がひどかったわけではありません。早くから感染被害が深刻だったイタリアをはじめ、スイスやフランス、ドイツ、イギリスなどでは、深刻な被害があった一方、少し離れた場所にあるギリシャや北欧は感染者が増える前から規制できたことで相対的には少ない被害で済んでいます。早くから感染が広まったイタリアでは、当初、行動制限しても人々が従ってくれないといった報道もありましたが、自国で感染が広がる前に他国の(悪い)状況を見ることで効果のある規制ができたということもあるでしょう。アメリカの状況が悪いのは、(トランプ大統領がNSCのパンデミックチームを解雇していたことはさておき)CDCが配布した検査キットが不良品で感染実態を掴めず対策が遅れた面が大きいでしょう。

日本が早々と自粛要請を出した背景には、まだ延期の決まっていなかった東京オリンピックの開催が危ぶまれていたこともあると思います。当時、ロンドン市長候補がオリンピックを東京で開催できないなら、代わりにロンドンで開くことができると訴えていたくらいです。場当たり的とも批判された対応でしたが、結果として早く対策する方が、早く感染を抑え込むことができたのは間違いありません。

なお、岩田氏のブログでは「ウイルスの突然変異」や「日本人に特有の免疫機構がある」ことなどに確証的なデータがないとされる一方で、「重症化リスク、死亡リスクに血栓形成が寄与している可能性は高い」とも書かれています。「動脈の病気も日本人などアジア人では欧米より少ない傾向」が人種の問題なのか、食習慣など外的要因によるものなのか分かりませんが、「新型コロナは「血管の病気」」という報道もありましたから、この影響はありそうです。ただ、最初に都市封鎖した武漢での人口百万人あたりの死者数が350人と欧米並になったことを思えば、放置しても大丈夫と言えるほどの効果はなさそうです。

厳しい規制をしていないスウェーデン(百万人あたり507人)より、ベルギー(同838人)の方が人口当たりの死亡者数が多いので、規制は逆効果なのだという人まで出てくる始末ですが、スウェーデンの中でも首都ストックホルムに限れば百万人あたりの死者数は920人にも及びます。岩田氏のブログにも書かれていた通り、規制と感染者増のペースが落ちるタイミングが何週間かずれるだけで規制に効果があるのは間違いありません。しかし、感染者が増えない理由を対策の早さだけに頼ることはできません。国全体で考えれば、スウェーデンよりベルギーの方が人口あたりの死亡者数は多いのは事実です。

■人口密度
ひとつのカギとなるのが人口密度です。別記事でも「田舎は感染者が増えにくい」として取り上げましたが、名古屋工業大学のグループがまとめた報告にも「人口密度が高い地域ほど流行が収束するまでの期間が長くなり、感染者や死者の数も増える傾向にある」とあるそうです。日本では「接触機会を8割減らす」ことが話題となりましたが、これはあくまで相対的な計算上の話であり、人々の接触機会は地域や職種で大きく異なります。もともと接触機会が多い地域の方が感染が広がりやすいというのは直観的にも理解できることです。日本で人口の11%しか占めない東京都が感染者の3割以上に及ぶのも、人口密度が高いなど接触機会の多い"大都市"であることと無関係ではないでしょう。

各国から報告される数字は、必ずしもすべての感染者をあらわしたものではありません。たとえば、スウェーデンの週報には「初期には入院が必要な人だけを検査し、5月5日からは症状のある人を検査するようになり、6月からは保健所経由で検査するようになった」とあります。国によっても検査基準は違いますし、死亡者が見逃されている国もあるでしょう。ですから、報告されている数字だけですべてを判断できない面はありますが、明らかに規制や人口密度だけでは説明できない"例外"があります。

シンガポールでは42313人の感染が確認されているのに死者は26人だけです(致死率=0.06%)。カタールでも感染者は88403人いるのに、死者数は99人です(致死率0.11%)。ベトナムの感染者が少ない(死者はゼロ)のは厳しい対策で感染者を抑制したためですが、あのウエステルダム号を受け入れたカンボジアは、一般的な衛生対策が推奨されただけで、外出制限のような厳しい規制が敷かれたわけではないのに、感染者は少なく死者はゼロです。カンボジアの医療が高いレベルにあるとは言えないでしょうが、検査をしていないわけではありません。worldometerの最新情報では32281件の検査をしています。

■高齢者の割合
理由として考えられるのが高齢者の割合です。すでに高齢者の致死率が高いことは分かっていますが、イタリアでは死者の96%が高血圧、糖尿病、心臓病といった基礎疾患を持っており、平均年齢は約80歳だったという報告もあります。本来なら基礎疾患のある人の割合の方がより適していると思いますが、そういう情報が分からなかったので、ここでは高齢者の方が基礎疾患のある人が多いだろうと予測して、人口当たりの死者数の多い順に高齢者(70歳以上)の占める割合を調べてみました。

死者数(*1) 70歳以上(*2)
ベルギー 838 13.8%
イギリス 628 13.7%
スペイン 606 14.8%
イタリア 573 17.5%
スウェーデン 507 15.1%
フランス 454 14.9%
アメリカ 371 11.2%
オランダ 356 14.2%
アイルランド 348 9.9%
ペルー 249 5.6%

*1 人口百万人あたり
*2 国連の推定値(2020年)

感染者数が多いのに死者数の少ないシンガポールでは高齢者は7.3%です。そしてシンガポールで感染が広がったのは、狭い寮に住む外国人労働者であり、彼らの年齢が若いからこそ死者数が少ないと推察できます。カタールの高齢者率はわずか0.7%です。規制の緩いカンボジアも2.3%です。

また、押谷守氏によれば

ウイルス排出量が多い場合、他の人に感染させる可能性が高くなる。このウイルス排出量は「重症度ではなく年齢に関係する」と押谷教授は語る。

そうです。Lancetの記事でも

"Older age was correlated with higher viral load"
(年齢が高くなるほどウイルス量が増える)

とあります。つまり、高齢者の割合が少ないということは致死率の高い人が少ないだけでなく、感染力の高い人が少ないことになり、感染の広がる力が弱いと推察できます。もちろん、死者の平均年齢が80歳だからといって若い人が死なないわけでも、若い人だけなら感染しないというわけでもありません。規制緩和後の東京で、"夜の街"を中心に若い人の感染が増えているとも報じられています。

もともと日本は高齢者人口が21.8%とダントツに多いのですが、死者数は百万人あたり8人です。高齢者の割合が多い国は主に先進国ですし(スウェーデンを除いては)どこも何らかの規制をしています。つまり高齢者の割合が多くても規制によって感染を抑え込むことはできますが、高齢者人口の少ないところでは規制が弱くても感染が広まりにくいという傾向があるようです。

■未知のファクターX
スウェーデンを除けば、感染を抑え込むほど行動規制していない国は、ほとんど経済状況が規制を許さないところです。それでもブラジルの感染者数が多いのは、それだけ検査をしているということです(陽性率が44%にもなるので決して十分に検査されているわけではないでしょうが)。強く規制をしていなくて、検査をしていて、感染者が増えていないところは限られていて、そこには人口密度や高齢者率といった理由があります。そもそも各国の感染状況は規制の時期や内容に大きく左右されるため、"規制"を抜きにして感染を語ることはできません。そうしたものを除けば、感染を抑え込めるほどの「ファクターX」で確証が取れているものは今のところありません。

にもかかわらず、日本での結果だけを見て「日本は規制しなくても感染を抑える未知のファクターXがある」とか「規制は間違いだった」ということはできません。武漢で感染が広がったこと、ダイヤモンドプリンセスの状況を思えば、規制せずにやりすごせた可能性はありません。高齢者を引きこもらせて、人々が自主的に感染が広がらない行動しましょう、という緩いアプローチを取ったスウェーデンは、人口一千万人に対して死者5161人にもなり、日本人口に単純換算するだけでも死者6.3万人、年齢構成で重みづけすると10万人を超えることになります。もちろん、それを理解した上で、それでも「どれだけ人が死のうと経済を守ることが重要」と主張することはできますが、それが多数に支持されることはありません。そもそも感染を抑え込まなければ、国際交流が規制され続けることになり、経済再生が見込めない可能性が高くなります。

そろそろ現実を直視していい時期です。

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