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日本の音楽販売は「つるべ落とし」なのか ※追記(訂正)あり

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ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に「日本の音楽販売、つるべ落とし」という興味深い記事がありました。記事には次のように書かれています。

多くの国で音楽販売が安定しつつあるにもかかわらず、グローバルな楽曲の売り上げは昨年、縮小した。その最大の理由が、米国に次いで世界2位の日本の音楽販売がつるべ落とし状態にあることだ。

国際レコード産業連盟(IFPI)が18日発表した統計によると、昨年日本ではデジタル音楽(ダウンロード)販売額が23%減少する一方、音楽CDなどは13%減少した。その結果、日本の音楽市場全体は約17%減の3121億円(約30億7000万ドル)となった。

一方、昨年の世界の音楽販売は3.9%減にとどまった。日本を除くと、わずか0.1%の減少だ。

つまり「世界の音楽市場は横ばいなのに日本だけが急減している」と評価されています。WSJ 独自の見解というわけではなく、国際レコード産業連盟(IFPI)の報告にも同様のことが描かれています("full report(English)"の6ページ目)。

... Overall, recorded music revenues grew in Europe and Latin America and continued to stabilise in the US, growing 0.8 per cent in trade terms. Music sales on a global scale, however, were sharply influenced by a steep 16.7 per cent fall in Japan, the world’s second largest market. Outside Japan, global music revenues were down
0.1 per cent; including Japan, they fell 3.9 per cent to an estimated US$15 billion."

たしかに、日本レコード協会(RIAJ)の報告などを見ても、近年の市場規模は減少傾向にありますが、昨年だけが“つるべ落とし”と表現されるのは違和感があります。音楽産業に限らず、金額を国際比較する場合には為替レートという要素を無視することはできません。円ベースで同じ売り上げだったとしても、為替レートが変動する分だけドルベースの売上は変動します。とくに2013年は円安が急速に進んだ年です。たとえば、2013年1月2日の始値は86.67円/ドルでしたが、2013年12月31日の終値は105.30円/ドルと、20%以上も円安になったのです(※追記参照)。ドルベースの売上が「つるべ落とし」になった原因は、「音楽産業の構造的な問題」などではなく、通貨価値の問題です。

RIAJ は、15年前から「日本のレコード産業」という報告を毎年発行しています。それぞれの巻末には世界の音楽ソフトの売上状況が書かれていますので、これをグラフ化してみます。まず、日本、アメリカ、世界合計をひとつのグラフにまとめると次のようになります。傾向を比較するために、世界売上だけ異なる目盛り(右側)にプロットしている点に注意してください。

Photo

これはドルベースでの比較ですが、どう見ても日本より世界全体での落ち込みが激しく、とくに世界最大の市場規模を持つアメリカで急速に下落したということがわかります。市場規模で万年2位だった日本が(ドルベースで)2010年だけ1位になったのは、音楽産業が好調だったというより、1ドル80円を切る急速な円高が原因であることは言うまでもありません。

ついでに、日本の音楽売上だけをドルベースと円ベースでグラフにしてみます(RIAJ の報告書で現地通貨が記載されるようになったのは2004年以降の数値のみです)。

Photo_2

円ベースでの売上の方が落ち込み方が急ですが、2009年以降は、その落ち込みを円高がカバーしていたとみることができます。なお、2012年は少し持ち直しています。

なお、デジタル音楽配信の割合が増えないという指摘については、CDレンタルという制度を抜きにして語ることはできないでしょう。海外では "Thoughts on Music" という公開書簡を出した Apple が、全面的な DRM フリーを他社に1年も遅れて提供するという状況もありましたが、それよりも前から今に至るまで日本ではレンタルした CD をリッピングすることで、安価に DRM フリーの楽曲データを入手できました。そして、それとは別に着メロ/着うたというビジネスが普及していました。CD レンタルは、WIPO で日本にだけ認められている独自の制度ですから、他国の記者には想像すらできないのかもしれませんが、たんにドルベースの売上だけを見て「日本の音楽販売はつるべ落とし」という評価が与えられてしまうのは残念なことです。

※追記(2014/3/19)
本文で引用している「昨年日本ではデジタル音楽(ダウンロード)販売額が23%減少する一方、音楽CDなどは13%減少した」という点については、ドルベースではなく円ベースでの減少額(率)でした(RIAJの統計資料より)。したがって、本文でドルベースの売上が減少したのは為替レートが下がったせい、とするのは不適切でした。訂正してお詫びします。

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