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SARVH対東芝の補償金裁判に関する雑感

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※本エントリは「補償金は必要な制度である」という主張を意図したものではありません。(さらに補足すると私は“法律の専門家”ではありません。念のため。)

アナログチューナー非搭載のDVDレコーダーに対する私的録画補償金に関して、SARVH(私的録画補償金管理協会)が東芝を相手取って起こしていた訴訟で知財高裁の判決が下り、地裁に続いて東芝側の勝訴となりました。この訴訟について、先日、判決文が公開されていたので、ざっと読んでみました。(判例検索にある判決文

■東京地裁の判決

東京地裁でも東芝が勝訴したのですが、このときは「アナログチューナー非搭載のDVDレコーダーは対象機器ではあるが、補償金の徴収に法的強制力を伴わない」というものでした。(「録画補償金訴訟で東芝勝訴 SARVHの請求棄却」など) これは私にとっては理解しやすい判決でした。

元々日本で補償金制度が導入されたのは、デジタルオーディオレコーダー(DATやDCC)がきっかけです。当初のDATレコーダーで使われていたサンプリング周波数は48kHzと32kHzで、CD(コンパクトディスク)の44.1kHzはデジタル録音きませんでした。その後、民生用機器では SCMS というプロテクト技術(1世代のみの複製)を導入しつつ、44.1kHzでデジタル録音できるようになりました。この「劣化しない複製」に対して補償金制度が導入されたのです。この背景には、レコードからのカセットテープへの録音は劣化するという前提があったレコードレンタルが、すでにCDレンタルに移行しつつあったことも理由だと推察します。

著作権法施行令第1条1項1号は、次のように書かれています。

回転ヘッド技術を用いた磁気的方法により、三十二キロヘルツ、四十四・一キロヘルツ又は四十八キロヘルツの標本化周波数(アナログ信号をデジタル信号に変換する一秒当たりの回数をいう。以下この条において同じ。)でアナログデジタル変換(アナログ信号をデジタル信号に変換することをいう。以下この条において同じ。)が行われた音を幅が三・八一ミリメートルの磁気テープに固定する機能を有する機器

これはDATをあらわすものですが、ここで「…アナログデジタル変換が行われた音を…」と書かれています。DVDやBD(Blu-ray Disc)のための規定(第1条2項3号、4号)も同様ですが、DATの特性や補償金制度が導入された背景を考えれば「アナログデジタル変換が行われた」をアナログ信号からデジタル信号に「機器内で」変換することを前提にしていたとは考えられません。当時、すべてのDATレコーダーがラジオチューナーを備えていたわけではありません(そのような機器があったのか覚えがないくらいです)。これに対し、機器内で変換する機能の有無を問題視するのであれば、たとえ「アナログチューナー非搭載のDVDレコーダー」であってもほとんどの機種はアナログ入力端子があるので「機器内でアナログ信号をデジタル信号に変換できる機能」を持っています。

つまり、補償金制度のきっかけとなったDATレコーダーに照らし合わせてみれば、DVDレコーダーも「(ラジオの)アナログチューナー非搭載だが、アナログ入力端子を持つデジタルレコーダー」であることに変わりはなく、「アナログチューナー非搭載のDVDレコーダーは対象機種でない」という主張は成立しないと考えられます。少なくとも著作権庁が「機器内での変換」を想定していなかったことは明らかで、条文の構造はDATレコーダーもDVDレコーダーも変わりません。だからこそ SARVH の問い合わせに対して「補償金の対象機器である」と回答したのでしょう。

一方、補償金徴収の協力義務については、条文に「協力の方法」が書かれていないのですから、メーカーが代理で徴収するという方法を強制できない、ということは理解できます。当初、東芝のコメントとして「…デジタル放送専用録画機が対象になることが明確になったら、メーカーとしての協力義務を果たしたい」と伝えられていましたので、協力義務の形式までは争っていないのだと思っていましたが、結局のところ争っていたようです。なお、知財高裁は一定の条件の下で現状の徴収方法を認めています。
*「デジタル放送専用録画機の補償金問題」(日経ビジネス)より。

■知財高裁の判決

「知財高裁はDATを知らないのか?」とまでは思いませんでしたが、上記のDATレコーダーの背景を考えると、今回の判決の報道には疑問を感じざるを得ず、判決文の公開を待っていました。実際には判決文でDATについても言及されていました。知財高裁の判断は、24ページから始まっていますが、その判断理由として28ページより施行令の経緯が記載されています。つまり、(条文を文理解釈するだけでなく)条文が制定された背景が勘案されているということです。29ページからはじまる解釈指針では、「特定機器該当性を考えるに際しては,施行令の文言に多義性があるとすれば,厳格でなければならない」とまとめています。

その上で32ページ以降の「アナログデジタル変換が行われた」との要件については、「客観的かつ一義的に明確であるということはできない」として、録音に関する審議録を参照しつつ、「当該録音・録画機器によって録音・録画がされるために所定のアナログデジタル変換が行われることが規定されてきたというべきである」としています(34ページ)。つまり、DATにおける補償金制度は「CDからのデジタル複製」のためでなく、アナログ入力からデジタル変換したものを想定して導入されたと言っているようです。ビックリです

続いて対象機種について大方の合意が得られているかどうかも指摘していますが、「合意が得られない」ことを理由に補償金の対象を逃れられるのであれば、メーカー側は金輪際何も合意しなければよいことになります。そもそも“合意”というのは強者の論理が通しやすくなる理屈です。アメリカで(大手メーカーの)BDレコーダーが売られていないのも、巨大なコンテンツメーカーの縛り付けがあるからでしょう(後述)。コンテンツメーカーに逆らうような機器メーカーは、新たなメディア規格を登場させても、コンテンツを供給してもらえそうにありません。そうした強者の論理で推し進めるのであれば法律を制定するまでもないのですから、ここで条文にない合意を前提にしたことは意外です。

さらに「アナログデジタル変換が行われた」の制定された意義については、「あいまいな概念付けのまま改正が推移してきた」(38ページ)ともありますが、著作権庁自身が“あいまい”と考えてきたわけではないでしょう。最終的にデジタル化されたものも元はアナログ(変化が連続的であるもの)だから「アナログデジタル変換」と規定したのだと推察します。技術が進んだことで楽曲や映像をコンピューター上のみで制作することもでき、いっさい“アナログ”を経由しない可能性もあります。そして、そのように制作したものは補償金の対象外とするのは不合理です。知財高裁は、施行令の条文の書き方について、いわば「コピペで済ませていた」ことをさりげなく批判しているのかもしれません

■ソースの違い

DATレコーダーとDVDレコーダーでは、条文にはあらわれない違いがあります。DATレコーダーではCDなどの外部入力からの録音が主用途でしたが、DVDレコーダーではテレビ放送の録画が主用途です(この点は、判決文にも書かれています)。このため、DATレコーダーでは外部入力を重視する反面、DVDレコーダーでは外部入力端子は考慮しないという見方ではきます。実際、DVDレコーダーのアナログ端子を使って入力するものが市販の著作物であることは少ないでしょう。

CDも放送も“コピー元”に対するコピー回数は1回限りです。「ダブルデッキで2つのカセットテープに同時に録音する」程度のことは、現在のBD/DVDレコーダーでもできます。前述のとおり、補償金制度が導入された当時も DAT へのデジタル入力には孫コピーが作成できないという制限がありました。一方、テレビ番組については、放送を“親”とするなら、ハードディスクへの記録は“子”であり、ダビング回数制限されるのは“孫”の代だと言えます。孫コピーできるかどうかは補償金の必要性とは関係ありません。もちろん、CDからの録音は何度でも繰り返すことができるのに対し、放送の録画はその場限りですが、それは“コピー元”の特性に過ぎません。

もともと私的複製は使う者が複製するのですから、CD から何回も複製することは通常はありません。例外として、レンタルされるCDは何回も複製されますが、補償金はレンタルCDだけにかけられるわけではありません。また、レンタルCDではレンタルのたびにライセンス料がかかりますから、“そのため”に対価が必要であればライセンス料に上乗せすればよいだけです。
※ちなみに、WCT(WIPO Copyright Treaty、著作権に関する世界知的所有権機関条約)を批准している世界中の国で、レンタルCDが認められているのは日本だけで、世界的には特殊な業態だと言えます。

「社会全体として大量に複製が作成される」のは、言葉通り社会“全体”としての話であり、個人が大量に複製を作成することを想定しているのではありません。そのような複製は私的なものとはみなされないでしょう。また、補償金は合法な複製にかけられているのであり、違法な複製が補償金の存在によって適法化されるのではありません。たとえば、ダビング10も“関係者の間で合意”したものです。そう考えると、「保護技術により複製を制御できるので補償金が必要なほど大量の複製が作られることはない」という指摘は的外れに感じます。私的な複製手段は、ますます容易かつ安価になっており、社会全体として大量に作成されることに違いはありません。

なお、ダビング10を検討する際には、「番組ごとにコピー制限回数を設定する」方式も提案されていました。しかし、「利用者がコピーしたがる番組ほど、コピー制限は厳しく設定されることが予想される」ために個別の制御は見送られて「どの番組も一律10回まで」で合意されたのです。テレビ局に設定権を委ねていたら、おそらくコピー不可の番組ばかりになっていたでしょう。ケーブルテレビや衛星放送の有料チャンネルではほとんどがコピーワンスです。外部から調達するコンテンツは放送回数や複製制限によってライセンス料が変わることが推察できます。地上波テレビ局にとって、録画視聴を緩く設定してライセンス料が上がるとしても、それに見合う広告収益が増大することは見込めないからです。

■他国の状況

ドイツでは1965年から補償金制度が導入されています。この時代ですから、録画を対象にしたものではなくカセットテープへの録音が対象でした(当然、デジタルではありません)。現在では、録音と録画の両方について、アナログ・デジタルに関わらず機器と媒体について補償金が課せられています。ドイツは、最近でも補償金の総額が比較的大きく(2007年で200億円程度)、権利者にとって有意な存在だろうと推測できます。

アメリカでは、録音用のデジタル機器と媒体にかかっているのみで録画についてはかかりません。有名なベータマックス訴訟では最高裁でソニーが勝利しました。これは最高裁判事のうち5対4という僅差の勝利でしたが、このときにも解決先として補償金の導入が検討されていました。ときどき「ベータマックス訴訟でソニーが敗訴していたら、ビデオデッキは発売禁止になり、巨大なビデオ市場は登場しなかった」という人がいますが、実際にはソニーが敗訴した場合でも補償金を支払うことになっただけでしょう。また、このときに合法という判断が示された理由は「ビデオの用途が(複製ではなく)タイムシフトだから」というものでした。その意味では DVD-R や BD-R のような“消去不能なメディア”への録画は「タイムシフト」を超えた用途とみなされかねません。実際には DVD への録画は容認されていますし、TiVo(ハードディスクレコーダー)は高画質録画も対応していますが、アメリカでBDレコーダーが登場しない背景には、それが“フェア”(合法)の範囲を超えるおそれがある(少なくともコンテンツメーカーからそのような訴訟を起こされるおそれがある)ためかもしれません。
※日本では私的複製が明文で規定されているので、放送される番組を録画してビデオライブラリを作ることも完全に合法です。

■裁判のゆくえと補償金

たいていの判決文がそうであるように、知財高裁の判決にも、それなりに理由があることはわかります。しかし、やや納得しがたいというのが実感です。SARVH は上告しており、それが受け入れられるかどうかはわかりませんが、最高裁できっちり審理してもらいたいところです。

そして、テレビ局(年間2兆円程度の事業規模)を思えば、私的録画補償金の収入(10億円程度)など、まさに“微々たるもの”です。SARVH 自身はともかく、テレビ局が本気で補償金にこだわっているとは私には思えません。裁判の結果に関わらず、SARVH にはテレビ局から引導を渡してもらいたいところです。

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