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音楽コンテンツの値段

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日本では CD が高い、と言われることがしばしばあります。たとえば、"Lady Gaga" の "Born This Way" は amazon.com で $11.88 ですが、嵐の "Beautiful World" は amazon.co.jp で 2,680円です。いくら円高要因があるとはいえ、$1=100円で計算しても倍以上です。どうして日本人は CD を買うのに、こんなに高い対価を支払わなければならないのか、というのは当然の疑問です。

■価格と需要

自由経済において価格は需要と供給で決まるのですが、音楽のようなコンテンツの場合、“種類”を増やすためのコストはかかりますが、“供給数”を増やすためのコストは大きくありません。このため、ほぼ価格と需要の関係だけで決まると考えてもよいでしょう。とりあえず流通機構やら仕入れ価格といったものをすっ飛ばして考えますが、一般論として「価格が上がれば需要が下がる」という関係になることは容易に予想できます。

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営利企業にとっては、いかに売上を最大化するかが重要なのですから、できるだけ価格×需要が最大化するように価格を設定しようとします。たとえば、半額にして2倍も3倍も売れるなら、半額にするかもしれません。価格を2倍にしても半分以上売れると見込めるならそうするかもしれません。実際には、個々の作品について個別に価格を設定しているわけではないでしょうが、おおむね業界全体としてはそうした判断に基づいていると考えられます。たとえば、今 CD の価格を半額にして2倍の販売数が見込めるかというと(握手会抽選券と化した AKB48 の CD はともかく)そうした判断は難しいのではないかと思います。

■価格の段階

ソフトウェアではよくあることですが、“商品”のレベルによって複数の価格を設定することがあります。たとえば、初心者向けに機能を限定したものを安価(または無料)にしたり、業務用途に耐えうる機能的なものを高額にするといったことです。たとえば、Windows は Home Premium、Professional、Ultimate などのバージョンがあります。このように段階を設けることで、利用者の裾野を広げた上で、より高い収益を得ることを目指しています。

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また、Adobe の製品では一般向けの Photoshop Elements や Premiere Elements は安く設定されていますが、プロ向けの Photoshop や Premiere は桁違いに高額です。価格差と製品の差のバランスは重要です。安い製品がそれなりの機能を持っていると、もう少し高くてもよいと思うユーザーまで摘み取ってしまい、本当に高い製品の機能を欲しいと思うユーザー数が少なくなり、価格×需要を最大化するために価格設定を上げる要因となります。

■音楽コンテンツの種類

音楽コンテンツは、何も CD だけではありません。テレビで見たりラジオで聴くだけなら無料です。ジャニーズはいっこうに手を出しませんが、パソコン向けの音楽配信や携帯向けの着うたなどもあります。それぞれ目的が違うので単純に「段階」と言うことはできませんが、日本では「セルCD」に近いものとして「レンタルCD」があります。

実のところ、この「レンタルCD」はかなりの価格破壊力を持っています。近所(といっても2駅離れていますが)のツタヤでは、しばしば5枚で1000円というキャンペーンを行っています。自宅に居ながらでも、ネットでレンタルできます。ツタヤDISCASは1枚だと525円ですが、16枚まとめると単価200円で借りられます(送料込み)。楽天レンタルなら新作280円、旧作に至っては50円(今はキャンペーン中で39円)です(送料別)。しかも、音楽配信のように「ジャニーズがない」ということもなければ(在庫がない、ということはありえます)、通常は DRM で嫌な思いをすることもなく楽曲データがリッピングできます。
※価格はスポットレンタルの場合。

今どき、CD を買って、CD のまま聴く人がどれだけいるのでしょう。多くの人がリッピングして携帯プレーヤーなどで聴いているのではないでしょうか。CD という物理メディアを郵送するためには1~2日かかりますが、それを待てれば(かつレンタルの在庫があれば)高くても525円で楽曲データを入手できるのです。音楽配信でアルバムをまるごと購入するのは、アメリカでももっと高額です。たとえば、"Born This Way" でも $7.99 かかりますし、複数のアルバムを買うからとディスカウントされることもありません。
※洋楽は「レンタルCD」を否定しているため、あまりレンタルされることはありません。

元々音楽配信を利用するような人は、握手会抽選券やノベルティ、ジャケットといった「物理CDとしての付加価値」は必要ありません。音楽配信とレンタルCDの「値段の差」は、「CDが届くまで待つ必要がある」程度です。これならレンタルCDを選択する人が多くても不思議はありません。実際、日本レコード協会が発行している「日本のレコード産業」という資料(2011年度版)でも、CD などのオーディオレコードの生産金額は減り続けていますが(4ページ)、貸しレコード使用料・報酬はほぼ横ばいです(22ページ)。

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■レンタルCDの功罪

日本で音楽コンテンツが高いと言われる場合、たいてい「レンタルCD」が無視されています。世界中でレンタルCDが適法とされているのは日本だけです。レンタルCDが適法化された背景には、「(ビニール)レコード時代にカセットテープへの複製は劣化するからレコードの売上げに影響しない」→「法律上、CD はレコードと同じ扱いだから CD もあり」→「デジタルメディアへのダビングでは孫複製を禁止」→「CD-ROM ドライブによる楽曲データのリッピング」という歴史的な経緯がありますが、当初は「返した後もそのまま使える」という前提はありませんでした。

一方、レンタルCDが存在することで、安価に楽曲を入手したいという購入者層が根こそぎ摘み取られてしまっているともいえます。「今すぐ聴きたい」「手元に CD を残したい」「握手会抽選券が欲しい」といった要求がなければ、レンタルCD ですませればよいのです。逆に、「今すぐ聴きたい」「手元に CD を残したい」「握手会抽選券が欲しい」という要求を持つ購入者層に対しては、より高額な値付けをして売上(=価格×需要)を最大化していると言えます。たとえば、レンタルCDをできるだけ拒否している洋楽CDが、概ね邦楽CDよりも安く値付けされていることからも、こうした理由を推察できます。

レンタルCDは、日本でパソコン向けの音楽配信が普及しないことにも影響しているでしょう。携帯はパソコンがなくても楽曲を購入できますし、たとえリッピングした楽曲を携帯に転送しても“聴く”ことができるだけです。iTunes Store などの登場するずっと前から、日本では着メロ/着うた市場ができあがっていました。一方、(CDドライブ付の)パソコンを持っている人にとっては、CD をレンタルしてリッピングする方がずっと安価です。

レンタルCDは、レンタルと言っても「返した後もそのまま使える」という特異な業態です。スイスでは違法にアップロードされた著作物をダウンロードすることも合法化されたようですが、先進国で販売元からユーザーまでの間に違法性が介在することなく、メジャーな商用楽曲を合法に入手できるのは日本だけでしょう。日本の音楽コンテンツの値段を語るときにレンタルCDを無視することはできませんし、他の販売手法に与える影響を認識しておくべきです

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