「つなぐ」から「感じ取る」へ:20兆円市場が示すIoT
株式会社富士キメラ総研は2025年12月25日、「AI/IoTを実現するモジュール/デバイス関連市場 2026」を発表しました。この調査によると、世界市場は2024年から2035年にかけて飛躍的な拡大を遂げ、20兆円規模に達すると予測されています。ここで読み取るべきは、数値の大きさではありません。通信、センサー、そして給電技術が融合し、デバイスが「単にネットにつながる」段階から、「自律的にエネルギーを獲得し、環境を高度に認識する」段階へと進化しているという文脈です。
本稿では、LPWA(省電力広域無線通信)における規格の構造変化、爆発的な成長が期待されるワイヤレス給電、そして6Gを見据えたセンサー技術の進化について深掘りします。これらの技術動向は、既存のビジネスモデルにおける「メンテナンス」や「インターフェース」の概念を根本から覆す可能性を秘めています。今回は、各領域の詳細な分析と、そこから見出されるビジネスインサイトについて解説します。

LPWAの覇権争いと「適正技術」への回帰
IoT普及の鍵を握るLPWAモジュール市場は、2035年に向けて大きな転換点を迎えています。富士キメラ総研のデータによると、既存の通信インフラを利用するLicensedバンドでは2兆580億円、独自網構築型のUnlicensedバンドでは1兆190億円への拡大が見込まれています。ここで注目されるのは、Licensedバンド内での規格移行です。これまで主流と考えられていたNB-IoTやLTE-Mから、LTE Cat.1と同等の通信速度と低コストを両立する「Cat.1 bis」へのシフトが世界的に進行しているといいます。

出典:富士キメラ総研 2025.12
これは、市場がハイスペックな通信よりも、コスト対効果と実用性のバランスが取れた「適正技術」を求めていることの表れと考えられます。中国やインドといった巨大市場がCat.1 bisへ舵を切る中、日本企業も過剰品質を脱し、グローバルスタンダードに適合したモジュール選定が重要となります。また、UnlicensedバンドにおけるLoRaやSigfoxの伸長は、企業や自治体がキャリアに依存しない独自のデータ経済圏を構築しようとする意思の表れとも解釈できます。
「給電」の概念消失がもたらす産業革命
本調査において最も高い成長率を示しているのが、ワイヤレス給電(WPT)市場です。2024年比で約33.8倍の169億円規模へ急拡大すると予測されています。従来の接触式充電から、マイクロ波を用いた空間伝送型への進化は、IoTデバイスの最大のボトルネックであった「バッテリー交換」という運用コストを無効化します。これは、インフラ監視やビルマネジメントにおいて、数万個単位のセンサーを半永久的に設置可能になることを意味します。
現在は920MHz帯や2.4GHz帯が中心ですが、将来的には5.7GHz帯の規制緩和も期待されています。給電の無線化は、デバイスのデザインや設置場所の制約を取り払います。ビジネスの現場では、電源確保のための配線工事や定期メンテナンスの人件費削減効果が、導入コストを上回る分岐点が近づいていると想定されます。エネルギーハーベスト(環境発電)と組み合わせることで、「メンテナンスフリー」が新たな製品標準となるでしょう。
6G時代に向けた「五感」のデジタル化
通信の進化と並行して、センサー市場も2035年には8兆3,375億円への拡大が見込まれています。ここでは、LiDARやミリ波レーダー、さらには「においセンサー」や「小型力覚センサー」といった、人間の五感を代替・拡張するデバイスの台頭が見逃せません。自動車の自動運転レベル3以上への移行に伴うLiDARの搭載増加はもちろんですが、注目されますのは非自動車領域での活用です。
例えば、ヒューマノイドロボットへの力覚センサー搭載は、ロボットが「柔らかいもの」を扱えるようになることを意味し、食品加工や介護現場での活用範囲を劇的に広げます。また、Wi-Fiモジュール自体がセンシング機能を持ち、居住者の呼吸や心拍を検知する技術も進化しています。これらは、デバイスが単なる操作対象から、ユーザーの状態を能動的に理解するパートナーへと変質することを示唆しています。6G通信の低遅延性が、これらのリッチなセンサーデータのリアルタイム処理を支える基盤となる可能性があります。
コネクテッドTVとスマートホームの再定義
Wi-Fiモジュール市場においても、質的な変化が進行しています。2035年にかけてWi-Fi 7への移行が期待される中、スマートフォンだけでなく、TVやエアコンといった家電への搭載率が上昇しています。特にTVはモジュール搭載率が約8割に達し、エアコンもハイエンド機種を中心に搭載が進んでいます。これは、家電が単独で機能する製品から、ホームIoTのハブとしての役割を担い始めていることを意味します。
従来、Wi-Fi搭載は「スマホで操作できる」という利便性が訴求点でした。しかし今後は、家電同士が連携し、家庭内のエネルギー効率を最適化したり、ユーザーの生活パターンを学習して先回りした提案を行ったりするための「神経網」として機能することが求められています。AppleやGoogleがチップオンボードではなくモジュール搭載を選択している点も、通信機能の柔軟なアップデートや地域ごとの規格対応を重視している証左と考えられます。
今後の展望
本調査結果から読み解けるのは、2035年に向けて「接続の遍在化」と「電源からの解放」が同時に進行する未来です。企業には、単に高性能なモジュールを採用するだけでなく、メンテナンスフリーを前提とした新しいビジネスモデルの構築が求められています。
例えば、売り切り型のハードウェア販売から、設置後のデータ収集と解析による継続的な課金モデルへの移行は、ワイヤレス給電とLPWAの普及により、これまで以上に現実的な選択肢となります。また、Cat.1 bisのようなグローバルなデファクトスタンダードを見極め、ガラパゴス化を避ける製品設計も重要となるでしょう。
一方で、センサーが生活空間のあらゆる情報を取得する社会では、プライバシー保護とセキュリティの確保が、技術以上に重要な競争軸になると想定されます。