オルタナティブ・ブログ > IT's my business >

IT業界のコメントマニアが始めるブログ。いつまで続くのか?

出版社に著作隣接権は必要か

»

漫画家の赤松健さんが「出版社への著作隣接権の付与」について Twitter で危機感を訴えています。

文化庁の検討会議報告書から:出版社への著作隣接権付与は継続審議へ - 電子書籍情報が満載! eBook USER http://t.co/rZQpMutJ ★「出版社への著作隣接権の付与」だけはマジやばい。TPPの知財関連よりヤバい。騒いでる漫画家が殆どいないのもマズい。orz
http://twitter.com/KenAkamatsu/status/157344321622904832

出版社に著作隣接権が与えられると、例えば出版契約が切れた後でも、出版社が作品の権利の一部を持つことになる。だから作者が他の出版社で再刊行したいと思っても、「ダメ」って禁止することができる。2次創作も同様。漫画家が今より蔑(ないがし)ろにされること請け合い。
https://twitter.com/#!/KenAkamatsu/status/157346893112934400

関連するツイートは togetter でまとめられています。
→「赤松健さん「出版社への著作隣接権の付与」だけはマジやばい。著作隣接権についてまとめ

出版社は、書籍の編集やレイアウトの成果を“版面権”という著作隣接権として認めてほしいと要望しているようです。さて、「出版社への著作隣接権の付与」は“ヤバい”ことでしょうか。

たとえば、音楽では原盤権という著作隣接権があり、レコード会社がこの権利を持っています。日本の音楽配信は「着うた」で大規模な市場を築きました。この「着うた」に多くの楽曲が提供されたのは、楽曲の著作権を包括的に管理する JASRAC に加えて、原盤権を持つレコード会社が「ビジネスになる」とこぞって参加し、個々のアーティストにいちいち“着うた化”の許諾を得る必要がなかったからです。もちろん、ジャニーズ事務所のように原盤権を保持し、着うたを認めないという場合には、着うたで配信されませんが、それは例外的なことです。どの音楽家にも JASRAC に著作権を委託しない自由があるのと同じです。着うたで楽曲を配信したい人には、ジャニーズに行かない(あるいは仕事を引き受けない)自由があります。

ときどき、「アメリカでは書籍の電子化が急速に進んでいるのに、日本は遅れている」と言われることがあります。電子書籍の市場規模という面から見ればまったく的外れなことですが、出版社が電子化を想定していなかった過去作品の電子書籍化が進めにくい事情はあったと言えます。なぜなら、従来の出版契約に含まれる出版権にはインターネット配信は含まれない(※)ので、個々の著者にいちいち許諾を取らねばならないからです。
※「出版権の内容」(小倉秀夫弁護士のブログ)より。

実際、大手の出版社は著者に許諾を確認しているようですが、零細な出版社の場合には、そのような手間をかけるゆとりがないかもしれません。「もしドラ」でも、電子書籍版は全体の数%にすぎません。電子版が存在するベストセラー書籍でそのような状況ですから、販売見込みが数千部以下の書籍、かつ過去の作品であれば、電子化しても売れる数など知れています。個々の著者と出版許諾契約を結びなおすということは、それなりに時間がかかりそうですから、そのような手間を掛けてまで過去作品を掘り起こして電子化しようとしなくても不思議ではありません。一方、最初から出版社が電子書籍版を出す権利を持っていれば(あるいは出版権が電子出版権を含んでいれば)、それこそ著者の意向に関係なく電子書籍化を進められた可能性もあります。

なお、音楽の場合、演奏・収録をやりなおせば原盤権というレコード会社の縛りを受けることはありません。おそらくテキスト主体の著作であれば、テキストの著作権は(誰かに委託していない限り)あくまで著作者の自由にできます。別の出版社で出したければ編集しなおせばよいわけです。漫画の場合、どこまでが著作権で、どこからが版面権になるのかわからないのですが、著作隣接権の呪縛から逃れたければ最悪描き直せばよいはずです。

また、詳しく調べてはいませんが、アメリカでも版面権が認められているわけではないようです(※)。しかし、通常は著作権を丸ごと出版社に委託するため、電子書籍化する場合でもいちいち著者に許諾を求める必要がありません。だから、出版社が電子書籍で利益を拡大したいと思えば、出版社だけの判断で、いくらでも電子書籍化を進めることができます。新しいコンテンツプラットフォームに対して、コンテンツを揃えたいと思ったら、このように権利集約されているかどうかが重要です。著作権を包括的に管理して、報酬請求権化する代表的な存在が JASRAC ですが、報酬請求権化を求める側から JASRAC が嫌われ者とされているのは不思議です。権利集約されていれば、ビジネスメリットが感じられるプラットフォームにはコンテンツが提供されるでしょう。
※版面権が認められているのは、欧州の一部で楽譜のようなものに限定されるようです。

アメリカのように出版社に権利を委託している場合、著者自身も著作を自由にはできません。かつて、とある技術書について「この部分を日本で使わせてほしい」と尋ねたことがありますが、「もちろんいいとも。許諾を取るためのエージェントはこちらだ」と連絡先を教えられたことがあります(そこまでするような話ではなかったので、連絡しませんでした)。これは、JASRAC に著作権を委託した音楽家が、たとえ自分の楽曲でも(私的使用の範囲を超えて) JASRAC に無断で使ったり、他人に許諾を与えたりできないのと同じです。そのように著作者の自由を制限することで、著作物の利用の自由を拡大できるのです。

さらに補足すると、アメリカでは、ひとりの著者が異なる出版社から書籍を出すこともあまりないようです。日本でも音楽の場合は専属契約が一般的ですが、出版社からすれば書籍とともに著者を宣伝するためにお金を使い、有名になったとたん、別の出版社(そのような投資をしていないので有利な条件を出せる)から書籍を出されてしまうと、投資を回収する機会が損なわれてしまいます。日本は、出版社と著者の関係がアメリカに比べて緩やかですが、そのように出版社の権利範囲が制限されているのですから、(とくに過去作品の)電子出版の取り組みが遅いと思うなら出版社の権利を拡大するよう意見すべきです。

もっとも、昨今は日本でも出版社が求める出版契約の条件が広範囲にわたっていると聞きます。ときどき「あらゆる範囲の許諾が含まれて著者としての自由がなくなる横暴な内容」という声も聞かれるくらいです。その意味では、私も版面権など付与する必要はなく、出版契約の問題として解決できることだと思います。もちろん、著者には「新たなプラットフォームに積極的な出版社」を選んだり、「あくまで著者の権利を維持してくれる出版社」を選ぶ自由があります。しかし、利用者として新たなプラットフォームにコンテンツが揃うことを望むのであれば、出版社に権利集約する方を選択してもらうよう働きかける方がよいでしょう。

そして、版面権にしろ、出版契約にしろ、出版社の権利が拡大した際には、グーグルブック検索の和解案で「出版社に権利はありません」と明言していた出版社が、どのように動き出すのかは興味深いところです。

Comment(6)