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思考実験「音楽配信法」と包括ライセンスの幻想

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栗原さんのエントリ「所有権としての著作権は今後もありなのか?」や、別途紹介された EFF、あるいは池田信夫さんの「英音楽産業が提案する「包括ライセンス」」など、P2P による大量の著作物コピーに対処するため、単純な法的規制をかける代わりに、包括的なライセンスで著作権者に正当な対価をもたらそうという考え方が登場してきています。

栗原さんのエントリでコメントした「napster 法」というのは、ちょっとした思い付きではあったのですが、我ながら考えがいのある話だと思います(現実的という意味ではありません)。そこで「思考実験」((c)平野さん)として、もう少し考えを進めてみようと思います。とりあえず、音楽だけを考えます。また、「napster」という実在企業名を使い続けるのは問題だと思うので架空の組織名を「日本音楽配信協会(略称NOHK、エノエチケイ)」とします(←ボカッ)。やるなら、実績を主張する JASRAC が乗り出すでしょうが、伏谷博之氏と文化庁からの天下りで新規に立ち上げると面白いでしょう(←マジで考えるな^_^;)。なお、以下の“思考実験”は私の本心ではありませんので、くれぐれも誤解のないようお願いします。

今、考えられている包括ライセンスのアイデアは、だいたい広く薄く課金し、ネット上での自由な音楽交換を認めるというものです。これに対し、NOHK は napster のように自らが「配信元」となります。ただし、特定のプラットフォームに依存しては困るので、主要なプラットフォームには広く対応するものとします。楽曲には DRM(Digital Rights Management)が付加され、3台のPCと3台のポータブルデバイスで利用できます(napster の "to go" に合わせただけ)。あくまで聴いてもらうために配信するのであって、二次利用はできません。CD への書き込みもできませんから、(napster 以外の)iTunes のような楽曲購入サイトのビジネスには影響は与えません(←そんなわけあるか)

さて、現在の napster は自由加入ですが(当たり前)、NOHK は違います。音楽配信法を制定して受信料の支払いを義務付けるのです。相手はブロードバンド(ADSL以上)でインターネットに加入している全契約者です。ISP を通じて月額500円という金額を接続利用料に上乗せさせ、ISP からまとめて徴収します。500円という金額は EFF が「自発的に支払う金額」と定めている $5 よりも安いくらいで、十分リーズナブルです。ほんの数チャンネルでプログラムどおりにしか見られない NHK が3700万以上の世帯から月額1000円とか2000円の受信料を取っているのに対し、何百万曲もの楽曲から自由に選択する権利を月々500円で入手できるのです。

世の中、音楽に無縁な人がどれだけいるでしょうか。とくにブロードバンドの加入者なら、その比率はずっと高いでしょう。ボランティア意識の低い日本では EFF が提案する「自発的支払い」という形態は機能しないので、義務付けは必須です。また、ISP 単位でまとめれば漏れもない上に、集金人を雇う必要もありません。ジャズ喫茶におしかけて暴言を吐く必要もなく「広く薄く公平に」徴収できます。もちろん、支払いを拒んだり契約数を意図的に過少申告するような ISP の通信事業者が見つかったら免許を取り上げましょう・・・っと、今は届出制でしたっけね。行政処分しましょう。このように効率的に徴収すれば、徴収コストを低く抑えることができ、ほとんどの収益を著作権者への支払いにあてることができます。

転送速度の違いといった細かいことを気にしてはいけません。NHK 受信料だって、テレビ画面の大きさに関わらず均一です。ディスカウントショップで9,800円のテレビを買った人だって、毎年14,910円以上の受信料支払い義務があるのです。ほんとうに音楽を聴かない人にとっては馬鹿げた制度ですが気にしてはいけません。NHK 受信料だって、番組を見なくても「視聴する装置」を持っているだけで支払い義務があります。これらは「広く薄く公平に」負担するためのわずかな弊害にすぎません。ただし、ダイヤルアップなど低速度しか使わない人は、徴収を見送ります。カラーテレビを持たないのにカラー受信料を徴収してはかわいそうという理屈です。PHS での高速通信やホットスポットなどは要検討ですが、当面見送ってあげましょう。これらの利用者は、きっと自宅でもブロードバンド回線を契約しているに違いありません。

安心してください。日本には約2000万のブロードバンド契約者がいますから、単純計算で年間1200億円と JASRAC に匹敵する収入源となります。著作権者にとって、こんな魅力的な「新たな収入源」があるでしょうか。NOHK では楽曲は著作権者の意思による登録性にします。著作権者は、楽曲を登録しておけば、あとは利用されるだけで追加収入になるのです。著作権者への対価の支払いは、ダウンロード数に比例して支払います。実は、ここが NOHK が「配信元」となる最大のメリットです。ダウンロード数を正確に把握できるので、著作権者への支払いも公正なものになります。包括ライセンス案で利用者が自由に楽曲を交換する仕組みでは、絶対にこうはいきません。「通信の秘密」という基本的権利をねじまげて詳細な調査をするか、ずさんな結果になるのを覚悟でサンプリング調査するしかないからです。もちろん、自動プログラムなどでダウンロード数を増やそうとしたり、無意味な楽曲や類似曲名の登録などフィッシングまがいの行為が起こらないような技術的配慮は必要です。

高々3~4分のポピュラー音楽と、1曲で何10分もあるクラシックを同一扱いするのか、という不公平感はあるでしょうが、ある程度の妥協は必要です。何しろ登録制です。登録されない楽曲は、従来どおり CD などで購入する必要があります。ネット上の無許諾での楽曲交換は、もちろん違法扱いです。こうした楽曲交換は、より厳しい規制や罰則を制定することにしましょう。あくまで著作権者の意思を尊重するということで、これくらいしないと制度を著作権者側に受け入れてもらうことはできません。利用者側にしても、包括ライセンスを提案する際には、「訴訟の不安なしで、自由に音楽が聴きたい」と言っていたのですから、相当数の楽曲が登録されれば、ほとんどの利用者には満足してもらえるはずです。何でも手に入ると思ってはいけません。わずかな不自由くらいは我慢して、著作権者に譲歩しましょう。

一方の著作権者側は、登録しなければネット上での利用は規制できるものの、ここから収入を得ることもできません。年間1200億円という原資に背を向けることになります。著作権者には、これを強く告知して、最初から国内外の楽曲をたくさん登録してもらいましょう。楽曲が増えれば増えるほど個別の分配金は減ることになりますから、最初から十分な数の楽曲登録を目指すべきです。でないと最初に登録した人だけがボロ儲けすることになります。よほど利用が増えるのでなければ 500円という金額を値上げするべきではありません。まあ、衛星ネット配信でもするときに値上げしましょう(←意味不明)。

受信料支払者には ISP を通じてログイン用のアカウントを提供します。NHK がスクランブルをかけないのと同じく「公共性を考えて」(←ボカッ)いつでもどこでもダウンロードできるようにしようかと思いましたが、これでは機能しません。受信料の支払い義務が及ばない海外からのアクセスを防げなくなるからです。台湾から衛星放送が見えるどころの話じゃありません。ダウンロードは合法という前提では、アカウント制を導入しないと、海外のメディア企業から「違法コンテンツの垂れ流し」に見えてしまいます。アカウントは ISP の情報に紐付けておきます。そうでないと、オークションで海外向けにアカウントが売買されかねないからです。最初に書いた 3PC&3デバイスという条件を付けているのも、アカウントの不正な共有を排除するためです。もちろん、ブロードバンド契約をやめたら、紐付けられたアカウントは停止され、今までの楽曲も聴けなくなります(napster と同じ)。でも、別の ISP に移るだけなら、NOHK アカウントポータビリティによって、これまでの設定は引き継がれます。

このように配信(権利)の管理と代金の徴収だけでなく、著作権者が許諾した楽曲のみの配信を集中化させることで、ほぼ自由に楽曲を聴く環境が実現できるというわけです。なんとすばらしいアイデアでしょうか :-p 1年後には、これを成功モデルとして「日本映像配信協会(略称NEHK、エネエチケイ)」が設立されるでしょう(←ボカッ)。

ちなみに、NOHK のような集中管理ではなく、あくまでもユーザー同士が自由な楽曲交換することを目指した包括ライセンスという考え方は、上記の海外からのアクセスという問題があります。ある国で包括ライセンスが制定されて「自由な楽曲交換」が認められたら、インターネットで世界がつながっている以上、その国で「アップロードされている楽曲」を他国からは無料で合法(脱法)的にダウンロードできてしまいます。これでは著作権者に受け入れられないでしょう。

つまり、包括ライセンスの仕組みは国内だけで考えていてもしかたがなく、世界レベルで考えなければなりません。価値観や文化の違い、物価の差を乗り越えて、支払い制度まで含めた上、アメリカから中国まで幅広い国に批准してもらえる国際条約を作らなければいけないということです。そんな仕組みを作り上げることが本当に可能でしょうか。私にはとても非現実的なことに思えます。ただ、それくらいのことは誰かが考えていそうな気はするので、何か妙案が出ていたりするんでしょうか(eff.org のサイトでは見つけられませんでしたが)。

ちなみに、NOHK によって音楽産業が潤い、楽曲の質が上がるかというと、そんなに甘いものではありません。楽曲を数多く登録するほうが有利なので、どうでもよい曲が粗製乱造されるようになり、全体の質が下がることが容易に推測されます。きっと、数年も経てば「こんな仕組みを実施したばっかりに、真剣に聴きたくなる音楽がなくなってきた。さっさと廃止してしまえ」という愚痴が聞かれるようになるでしょう。:-p (←マジで心配するな^_^;)

※栗原さんのスキームが紹介された後に投稿しようと待ち構えていたのですが^_^;、まだ先になりそうなので投稿してしまいました。まあ、どうせ「思考実験」です :-)

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