311から2年と、我が社団
もう13日なので2日前でしたが、東日本大震災から2年。
我が社団は、ちょうど会員の皆様に次年度予算の承認をいただく総会の最中で、まだ議案に入らないタイミングで揺れました。その時点で総会は休会。会員の皆様、役職員の中には帰れない方もいらっしゃり、会場のご厚意で会議室を貸していただいて朝までという人も多数。僕は家族の元に帰るため、4時間ほど歩きました。
2年経ち、日曜にはNHKで原発事故の検証番組の再放送をやっていましたし、また、インターネット上でも311に関していろいろと書き物を拝見することができます。まだまだ、復興の道は遠いのだな、と思います。
大震災以来、我が社団としても何かできることがないかと考え、2011年6月から始めたのが、メールマガジン JPNIC News & Views による連載。被災地に対するインターネット環境整備をお手伝いするボランティアグループ、「ネトボラ宮城」に、継続的に記事を書いていただくことでした。
JPNICのWebでは、メルマガバックナンバーのページでも「ネトボラ宮城活動レポート」としてまとめてあります。
ネトボラ宮城の呼びかけ人 佐藤大さんに、2年の節目に、記事を書いてもらいました。また、発送を、(5分置きにしか設定できなかったので)3月11日の14時45分としました。是非一度ご覧下さい。
佐藤さんには何度か直にお話を伺いましたし、2011年12月の総会では、講演もお願いしました。 穏やかで優しい口調から、的確な描写とアドバイスが冷静に繰り出される、といった話し方をなさいます。
一貫して、
遠くからじゃ現実は見えない。現地で現実を見るべし。
無理は禁物・出来ることを続ける方が大事。
東京からでもできることはいろいろある。
とおっしゃり、感傷や情に訴えることなく、偏りのない合理的な方法をいつも追い求めていらっしゃるようでした。
今回、記事の最後では、以下のようにくくられています。
東北では、まだしばらくは「復旧復興」と唱える日々が続きます。それ以外
の地域では、自分が経験するかも知れない「次」に備えた準備が必要です。
あのとき東北では、何が人々を助け、何に失敗したのか。そこには「次」へ
の糧となる情報がたくさんあるはずです。
皆さんはあの時、何を見て、何を感じ、何を調べ、何をしましたか。
皆さんがあの時、やりたくてもやれなかったことは何ですか。
「次」が起きた時、被災したあなたは何をしますか。
「次」が起きた時、被災しなかったあなたには何ができますか。
これにはハッとしました。
誰でも次に被災する可能性があり、次に災害があった場合に支援の手を差し伸べる可能性があるのです。
それに対して、2年前の大震災で経験値を挙げられているのか、次への覚悟はできているのか。
つい感傷や感情に振り回されがちですが、経験を明日に活かすということを淡々とやることの重要さを気付かされました。