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それは記事なのか、広告なのか

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マーケティング兼広報の仕事を数年やっていると、同じパターンで怒られるという現象が出てきます。

たいていは、社員または販売代理店さんからの、少し感情的になった指摘で、

「競合他社の記事は出ているのに、うちの記事がでてないじゃないか!ERP特集なのになんでうちの記事がないの???広報のアピール足りないんじゃないの!!」

というものです。

おかしいなあ、と思ってその媒体を見せてもらうと、その人は必ずと言っていいほど、

PR

と書かれたページを指し示しているのです。

ここまで書くとマーケ担当、広報担当の方はわかると思いますが、それは記事ではなく、記事風の広告だったのです。

よく、各種媒体で広告企画というものをやったりします。そして同じジャンルの商品の記事体広告(ペイドパブ)をまとめて載せたりするのです。もちろん記事っぽくてもそれは広告ですから、お金を払わないと掲載されません。見分け方としては、資料請求番号があるか、PRと書いてあるか、企業の問合せ先がわかりやすく載っているか、記事がポジティブな内容に徹しているかなどがあります。(必ずしも毎回全部にあてはまるわけではありませんが)

新聞とか週刊誌とか、テレビの美味しいものを紹介するグルメ番組でも、そういうのがありますよね。ちょっと不自然な有名人との対談なども広告です。通常の記事ページに似せてあるものの、やたらとわかりやすく問合せ先などが出ていたりして、慣れてくると「あ、これ記事じゃない」とわかります。

でも、この出来事から気づいたことがあります。

もしかしたら、読者は広告と記事とをあまり区別していないのではないか、ということです。

私は昔は、読者は記事と広告を明確に区別して読んでいるので、いくら記事のように見せても「これって広告だから製品を誉めて書いているんだよな、記事のほうが信頼性があるから記事を読もう」と思われてしまって、読者にあまり興味をもってもらえない。

と決め付けていました。

でも、そうではないのかもしれません。

皆さんは記事と記事に似せた広告を同等のものと見ていますか?

それとも記事とか広告とか区別はせずに、内容がよければ、広告であっても重要な情報源としてとらえていますか?

それとも明確に区別されていますか?

そのあたりに非常に興味があったりします。

Comment(11)

コメント

mohno

> 読者は広告と記事とをあまり区別していないのではないか
私も、記事広告は割り引かれて読まれると思っていますが(少なくとも自分が読むときは割り引く)、google で表示される「広告」も、普通の「検索結果」も、普通の人は違いを考えない、というレポートがあったと思います(ちょっと違いますが)。
ただ、記事広告に意味がないと思うわけではなく、「いいこと」ばかり書いてあっても、(普通は)「ウソ」が書いてあるわけではないので、「事実」と「意見」を区別すれば役立つものはあると思います。
ありがちな宣伝記事に「べた褒めするのではなく、(あまり気にされないだろう)ネガティブな要素を盛り込んで、いかにも公平な視点を持つ一般人が書いた雰囲気をかもしだす」というパターンがありますが、気をつけないと「あやしさ」をただよわせてしまうことになります。「ウォークマン体験日記」炎上とか^_^; いや、自戒を込めて^_^;;

お邪魔します。
僕は、記事風に騙されそうになりながら、明確に分けています。PRと書いていて、悪い「記事」が載っているはずがありませんからねぇ。

ねこまっしぐら

私は確かに記事と広告をしっかり分けてはいないですね。PRはPRと割り切る反面、記事の後にPRとあると、どうしても記事に関連があるのかと思ってしまいます。
まぁそれ以前に信頼性の問題を気にしますけど。
例えばアイティメディアの記事に付加されているPR広告。アイティメディアは信頼できても、広告は結局の所お金をもらう代わりに広告を載せるという等価交換で成り立つに過ぎません。
広告に嘘があるとまではいいませんが、全てを記載している訳でなく、都合の良い事実の部分しか見せていないわけでして。
ですのでここの広告だから信頼できる訳ではないという事だけは常に頭に置いていますね。
業者としては自社をPRするのも重要ですが、それとは別に、にいかに顧客の信頼を勝ち得るかが問題かと思います。

f/x 舩津

これからは編集部が制作を手掛ける「編集タイアップ(「編集タイアップ広告」とも言いますか)」が専門メディアでも増加していくと思われます。こちらには「記事広告」と違って「PR」表示は入りませんから区別は一層難しくなります。

普通の編集記事であっても単一メーカーからの情報だけに依存して記事を構成すれば「信頼性」は担保されませんし(そのメーカーの意見を開陳する場にはなるが)、メーカー(あるいはメーカー隷下のPR会社)から得た良い情報が詰まっているニュースリリースを、そのまま書き写したような記事はメーカーの宣伝代行をメディアがしているような物です。

メディアは読者の信頼を勝ち取るべく、「裏取り」の徹底やあからさまな提灯記事や偏向記事をチェックする機構を設けていますが、「広告」にせよ「記事」にせよ、すべての情報を100%信用する事は危険行為である事は賢明な皆さんなら良くご存知な事ですね。

って、広告屋が書いちゃいけないかな(苦笑)

拝松徒

物によりけりですねー。本編よりCMの方が面白かったり、場合に依っては本誌より広告の方が重要な事柄を扱っていて内容が詳しかったり(しかも自社宣伝はやっていない!)。本誌を捨てて広告だけ取って有った物も。下手な提灯記事より優れた3行広告の方が役に立つ。あと情報リテラシーの優劣ですか、PR記事見て自社広報にクレーム付けるのは愚の骨頂、気概のある上役なら「頭冷やして出直してこい!」とどやしつけてから謝りに来るところですね。情報とは関係ないけど、昔のサントリーやソニーの広告は、広告の枠を超えて作品の域に達していた物が多かったですね。要はライターと企業ポリシーの差が本来の商品よりおまけの広告の方を価値有る物にした、と。
そういえば、広告の域を遥かに超えちゃったとんでもない人が居たなぁ、その人の名はアルフォンス・ミュシャ。

mohnoさん>書き込みありがとうございます。
確かに、事実と意見を明確に区別できれば、いいのですよね。Googleの広告も普通の検索結果と違いを考えないというレポートがあるんですか?知りませんでした!これも目からウロコです。

大木さん>書き込みありがとうございます。大木さんは明確に分ける派なんですね。参考になります。

ねこまっしぐらさん>書き込みありがとうございます。記事体広告と記事はあまり分けて考えてはいないけど、記事のところに表示されている通常の広告はあくまでも「広告」であると認識されていらっしゃるのですね。
>いかに顧客の信頼を勝ち得るかが問題かと思います。
おっしゃるとおりですね!そのためには情報提供側がどのような手段(広告であっても記事であっても)ちゃんとした情報を出すことが重要ですよね。ついつい、大げさな表記をして、信頼を失ってしまった、某ダイエット食品の、油を包んで固めて体内から排出する、という広告を思い出しました(新聞でお詫び広告を見ました)

f/x 舩津さん>書き込みありがとうございます。そうですね、編集タイアップ、確かに増えていく傾向にありそうです。舩津さんがおっしゃるように、どのような形態であれ(広告でも、記事でも)読み手側が賢く情報の取捨選択を行う必要がありそうですよね。

>普通の編集記事であっても単一メーカーからの情報だけに依存して記事を構成すれば「信頼性」は担保されませんし

そうですね。この例で、やはりさすが、と思い出したのは某社の戸○記者です。弊社と類似製品の発表会に出た後、弊社を含む数社に取材をして、1社からの情報に偏らない記事をすぐに書き上げていました。

>って、広告屋が書いちゃいけないかな(苦笑)

いいえ、広告屋さんがそういう心がけを持っていてこそ、私どもベンダ側も安心して広告出稿の相談が出来ます。弊社がお付き合いをしている広告代理店さんもとてもマトモで、無理に広告を勧めないし、こちらの身になって考えてくださるので助かっています。

拝松徒さん>書き込みありがとうございます。

拝松徒さんのコメント内では、記事体広告ではなく、純広告について多くのご意見をお書きいただいていますが、私も純広大好きです。デザインやコピーのすばらしいものは本当に刺激を受けます。確かにミュシャのイラストもすばらしいし、人気がありますよね。

   ◇    ◇    ◇   
  
個人的には、アスキーに勤務していた頃は、多くの広告代理店およびデザイナーさん、コピーライターさんなどと仕事をさせていただき、純広告は作るのも楽しいし、メッセージが読者に伝わるのも本当にいいなあと感じました。

また、自分が記者をやっていた頃は、媒体のコンセプトを気に入っていただいて、ベンダの方に広告を入れていただいたりすると本当にうれしくて、これからもよい媒体にしていくぞーとやる気がでました。

今回私の文面がつたなく、真意が伝わりづらかったら申し訳ありません。純広告や記事体広告、タイアップを否定するつもりはまったくありません。区別をしない方が意外と多いのだなということに改めて気がついたということを書きたかったのです。本日弊社に営業に来られた某オンラインメディアの営業の方にも、少し不快な思いをさせてしまったかもと、自分の文章のつたなさに反省をしております。

maz

今さらですが…
案外記事広告や編集タイアップって、メディア側とクライアント間で何回か構成の校正?をやりするから、結果的に内容がわかりやすくなることが多い傾向にある、と感じるのは私だけ?下手すると自社のWebカタログよりもいいのができたりしますね。

PRとか記事広告って私たちが見ればすぐ分かりますが、世の中そんなに目を皿のようにして記事を読む方が多数派とも思えませんので、(たとえ広告か編集企画か分かったとしても)気がつかない&気にしない人も多いのでは。

DC

さらに今さらなきれいごと、かつ別論点ですが、
ある広告を軸にして、発信する人も、仲介する人も、受け取る人もみんなをハッピーにできたら、タイアップでも、純広でも、記事広でも、広告の目的を果たすことになると思います。そこで「送り手」が突出してハッピーになりたがってたり感がある広告は、それはそれは歪な広告として、ニュートラルな人には「あらら」と見えてくるのだと思いますし、そんな場合はとーってもひとりよがりなハッピーなりたがりの「受け手」が強い反応をしたりして、広告を介して商売が成立してしまったりするのが「作り手」として、もの悲しかったりします。

mazさん>コメントありがとうございます。結果的に内容がわかりやすくなるというのは非常にいい効果かもしれませんね。

DCさん>コメントありがとうございます。作り手、送り手と受け手、皆さんがハッピーになれば本当にいいですよね。私も、単なる宣伝に終わらない情報提供ができるよう、努力していきたいと思います。

村山

どちらかというと私は逆ですね。記事もCMの一種だから、純粋な記事と広告企画は五十歩百歩。程度の差こそあれ同様だと考えます。
記事と書いてあっても、多かれ少なかれCM的要素は入るものです。たとえば自社製品について書く場合はもちろん、一般的な技術解説や新技術の紹介の場合でさえも、その記事を通じて自社を知ってもらおう、自社の技術力をアピールしようという意図があって行っている例が多いでしょう。
私もそういう記事を何度か書いたことがありますし、技術書の翻訳/出版を自社の宣伝に利用している企業も何社か知っています。個人のボランティアで翻訳している人も知っていますが、そういう人の口癖は「技術書の執筆は儲からない」「翻訳は割に合わない」だったりします。よって大半の記事がCMになるのはやむを得ないと思います。

村山さん>コメントありがとうございます。村山さんがおっしゃっている記事は、ベンダ側の寄稿という意味ですよね。

確かにその場合はどうしても宣伝的な要素が入ってきてしまうことはありますよね。

私も昨年末に、リックテレコム社のソリューションITという媒体に寄稿させていただきましたが、ポジティブなことを多く書いてしまいました。

ただ、記者が取材して書く記事は、宣伝ではないですよね。取材対象がイマイチだったと判断されれば、掲載されないですし、もちろん、ネガティブなことを書かれることもあります。

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