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日本が「Speedo」の水着に「あと4年は絶対に追いつけない」理由~大規模な水着開発プロジェクトと最先端技術

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 ここ数ヶ月、知人(飲み会で知り合った方)を通じて、ダイソン、ノキア、Speedo、任天堂、アドビなどのグローバル専業メーカーの研究開発とマーケティングについて調べていた。

 以前書いた「なぜ日本の家電メーカーはダイソンと同じものが作れないのか?」の時と同じように、今回も知人を頼って情報収集してみた。

 今回は、関西・四国圏にある国産スポーツメーカー(以前、Speedoと提携)系列の工場長の息子さんにSpeedoの新しい水着「LZR RACER」(レーザー・レーサー)を着るとなぜ早く泳げるのかを、”社外に公開されている情報”の範囲内で教えてほしい、と頼んだ。

 私がテレビなどで知っている限りでは、

・新開発の素材(イカのようにツルツルしているのかな?)

・繋ぎ目が少ない(前と後ろの2箇所以外は一体で作られているだろう)

 というところだ。

 新素材なんていうのは日本企業の得意分野であり、すぐに作れるはずだし、継ぎ目のない水着も車のモノコックのような製法で作れると思われるので真似は簡単だ。

さらに、ミズノは昨年5月までSpeedoとライセンス契約を結んでいたので、Speedoのことは十分知っているはずだから、今回のオリンピックまでに日本のスポーツメーカがSpeedoの水着と同じようなものを作ってくるだろうと考えていた。

 しかし、先週には、ご存知の通り、Speedoの水着を着たときだけ世界新記録、日本新記録を更新するという結果となり、昨日、オリンピックでの着用を認める発表が行われた。(それぞれの選手がスポンサーからの承認をえなくてはならないが、ミズノは認めることを発表)

 さて、Speedoの水着の速さの秘訣はなんなのだろう。

 オリンピックを中心にSpeed社の研究開発部門である「aqualab」の水着開発の歴史を追いながら、Speedoの水着を着用すると、なぜ早いのか? なぜ日本の企業が最低4年は追いつけないのかを解明してみたい。

<Speedoの競泳用水着開発の歴史>

 今回のSpeedoの水着は、20年近い研究と執念の集大成ともいえるものだった。

1992年のバルセロナオリンピックの「S2000」で大きく脚光を浴び、

1996年のアトランタオリンピックでは「アクアブレード」という新製品を投入。

 水着の抵抗感を極端に少なくしただけでなく、水着の面を水が違う速度で流れるようにした特殊な撥水プリントを施して、わずかな水流の流れの乱れを抑えることに成功。また、伸びている姿勢に加え、クロールの捻りと平泳ぎという3方向の水流に対応させた。

 結果、メダル獲得選手の76%が「アクアブレード」を着用していたことで「Speedo」の地位は圧倒的なものとなり、”水着で競泳のタイムが早くなる”ことが世界の競泳界の常識となった。 (なんと、今から10年以上も前のことだ)

 この1996年のアトランタ五輪は有森裕子が女子マラソンで銅メダルをとったことが印象に残っているが、日本競泳選手団の結果はどうだったのだろう。 *1

 前年のパンパシフィックでの好成績から特に女子のメダルラッシュが期待されたが日本人選手達(特に女子)は次々と予選で脱落し、個人では、

・男子200m背泳の糸井5位、100m背泳の近内9位

・女子200m平泳の田中5位、200m背泳の中尾の5位

・女子200mバタフライの春名7位、100mバタフライの鹿島の4位

と一つのメダルも取れずに終わった。

 ちなみに、1992年のバルセロナオリンピックの競泳200m平泳で金メダルだった岩崎 恭子は100m、200m平泳で共に決勝に進出できず、私の大好きな千葉すず選手も予選敗退だった。

 しかし、多くの日本人は「水着で、それほど大きく変るわけがない。 変るとしたらそれは違反だ」の声が大きく、日本の水着メーカーもそれほど力を入れていなかった。(Speedoの製品のライセンス生産をしていた)

以降、

・2000年シドニーオリンピック:83%のメダル獲得者がSpeedo「ファストスキン」を着用

・2004年アテネオリンピック:「FS(ファストスキン)2」を着た選手が47個のメダルを獲得

とオリンピック毎に大きな成果を上げてきた。

そして、それを改良したFS Proで、昨年(2007年)には、21個の世界記録を更新した。

<北京に向けた最新水着の開発>

 FSの改良版に平行して、北京オリンピックに向けて、アテネオリンピック直後からFSのノウハウを生かしながらも、まったく新しく開発が開始されたのが、今回話題になっている「LZR RACER」(レーザー・レーサー)である。

 研究開発部門である「aqualab」は最先端の研究、コンピューター解析、実証実験、選手からのフィードバック、改良を3年以上も繰り返してこの水着を完成させた。

 aqualabが行った研究開発の様子と研究開発者の声がビデオに残されているので見ていただきたい。 → http://www.speedo.jp/lzr_racer/speedo_dev.swf

 私が得た情報を要約すると以下のようになる。

○NASAの“SPACE AGE”において世界で最も正確な風洞装置(宇宙船の大気圏再突入時に機体の表面に生じる摩擦実験用)を使い、100種以上の水着用素材の中で最も摩擦抵抗が低い「高性能特種素材」を開発

(”NASA”という言葉で競合他社が腰を引き、利用者は”成功するはずだ”と暗示にかけられるという常套手段ではあるが、、、)

○400人以上の世界のTOPスイマーの3次元ボディスキャンを実施し、スイマー特有の体の構造を正確に把握。 最新のIT技術を用いたパターン設計により泳いでる間の筋肉や皮膚の「動作パターンに合った3次元構造」と「高い密着度」の最適化を実現。

○航空宇宙産業やF1、ヨットアメリカズカップの開発でも活用されるスーパーコンピューターを利用したコンピューター流体力学(ANSYS社のコンピュータモデリング技術「流体解析ソフトFLUENT」により複雑なフロー問題を数値的に解決)によりスイマーの体を仮想的にとらえ「周囲の水流と抵抗箇所」を算出することで、どこで抵抗を効率的に軽減できるかを発見し、その箇所にフォーカスして徹底して改良。

 ANSYS社(日本法人)のホームページ http://ansys.jp/

○開発した様々な試作の水着を実際にスイマーに着用してもらい、ニュージーランドの大学にある最先端の海流水路にて、科学者たちの目で繰り返し抵抗実験を実施。 新デザインの水着を着用して泳いでいる状態での受動抵抗値と選手の酸素摂取率(つまり、どの試作品が一番、選手の疲労が少ないく負担をかけない=効率が良いか?)を1000回以上繰り返してテスト。

○完成に近づいたこの水着は、スポーツ科学の世界最高峰であるオーストラリア国立スポーツ研究所にて一流選手による生理学的水泳テスト(スタート、10m、フリースイム、ターン、牽引状態における、受動抵抗、呼吸能力、運動自由度)が行われ、aqualabに対してフィードバックされ、細かい改良が加えられた。

(もともと、Speedo社はシドニー ニュージーランド*の企業) *6/19 17:00訂正

「抵抗の低い素材を使い、縫い目を減らし、形をSpeedo社の水着に似せる」というようなことを、日本企業がいくら繰り返しても追いつけないことが、ここまでの歴史を見ていただければ理解できるだろう。 研究、IT、実験、フィードバックの繰り返しのたまものなのだ。

<日本企業はいつ追いつけるか?>

 この記事のタイトルに「あと4年は追いつけない理由」と書いたが、ここまで読んでいただければ、この後、私がくどくど書かなくても当分追いつけないことは理解していただけたと思う。

 ここで違う疑問が頭をよぎってくる。「4年は追いつけない」ではなく「4年で本当に追いつけるのか?」ということだ。 私は以下がポイントだと思っている。

○日本人スイマー以外のTOPスイマーを中心にスポンサー契約できるためのActionをとる事

 国内の選手、協会、企業の関係の中でビジネスをしていては、世界に通用する製品は作れない。 世界のTOPスイマーに契約するために、どのように商品開発に取り組んで、どのようにTOPスイマーの協力得るかの最大限考えられるActionをとることが必要だろう。

 金銭的に国内選手を優遇して、その代わり、多少悪くても着てもらうという考えでは、成功しない。

○明確に「2010年のオリンピックでメダリストの数でSpeedoを上回る」をゴールに設定

 明確なゴールとライバルが設定されると、チームは最大の力が発揮される。 ミズノが「2010年にSpeedoに勝つ」ことを目標に掲げて、産官学選手に対するリーダーシップをとれば、必ず追い抜くことができる。 これが達成できれば、プロジェクトX並みのことだろう。

 日本のIT産業は世界最高の力を持っており、日本の水泳の選手層は広く、日本人はチームに協力して目標に向かっていく文化と習慣を持っている。 今からはじめれば、必ず4年後に間に合うはずだ。

 ミズノはSpeedoとのライセンス契約を昨年解消し自前路線に変更した。 それは、世界に通用する水着を作るというミズノの燃える思いであると理解している。

私はミズノの、こらからのリーダーシップに期待している。 

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