「いまの現実」に目を背けることの代償
量子コンピュータが示す「未来」の確実性
かつて2019年にGoogleが「量子超越性(Quantum Supremacy)」を実証したというニュースが世界を駆け巡りました。それから数年を経た2023年2月22日、Google Quantum AIチームは科学誌「Nature」において、新たな金字塔となる論文を発表しました。それは、「量子ビットの数を増やすことで、計算のエラー率を低下させることに成功した」というものです。
量子コンピュータ実用化の最大の壁は「計算エラーの多さ」にありましたが、彼らは論理量子ビット(Logical Qubit)を用いることで、この壁を乗り越える物理的な道筋を示したのです。従来のロードマップでは、私たちが手元のPCのように量子コンピュータを使いこなすまでには、まだ10年、20年という長い時間が必要だとされてきました。
しかし、技術の進化は加速度的です。例えば、中性原子方式をはじめとする新たなアプローチが台頭し、その他の技術革新も相まって、誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)の実現は、かつて考えられていた「数十年後」ではなく、数年先にまで迫っているという見方も強まっています。もしかしたら、私たちの予想を大きく裏切り、実用化は大幅に前倒しされるかもしれません。
これは、ライト兄弟の初飛行がわずか260mであったとしても、そこから現代の航空産業が生まれたのと同様に、偉大なマイルストーンです。いつか量子コンピュータは当たり前のインフラとなり、ビジネスや社会のあり方を根底から覆しているはずです。
しかし、私たちは、このような「未来」のこととなると、どうしてもピンときません。あまりにも日常からかけ離れていて、「凄いなぁ」とは思っても、自分の生活が変わる実感は湧かないものです。
過去の「非常識」は、今の「常識」
では、未来ではなく、過去に視点を移してみるとどうでしょう。
いまから約19年前の2007年6月29日、米国において初代iPhoneが発売されました。翌2008年7月には日本でもiPhone 3Gが発売され、いまのスマートフォンが"あたりまえ"の時代が幕を開けました。
当時の日本は、i-mode全盛の時代でした。iPhoneに対し、「絵文字が使えない」「赤外線通信がない」「画面が指紋で汚れる」と欠点をあげつらい、「こんなものは日本では流行らない」と冷笑する声が溢れていました。しかし今、そんなことを言う人は誰一人いないでしょう。
いまやスマートフォンは、生活のすべてを司るプラットフォームとなりました。ソーシャルメディアが世論を動かし、アプリ経済圏が巨大な富を生んでいます。2007年の時点で、世界がこれほど変わると誰が想像できたでしょうか。
さらに遡れば、1989年、最初の商用インターネット・サービス・プロバイダ(ISP)であるThe Worldが米国で運用を開始しました。当初は一部の研究者やマニアがテキストを送受信するだけの道具でしたが、いまでは電気や水道と同じ社会インフラです。当時、インターネットがここまで社会を支える基盤になるとは、誰も考えませんでした。
改めて、いまの量子コンピュータについて考えれば、まさに黎明期のスマートフォンやインターネットと同じ位置にいるのかもしれません。「どのように使われていくか」の全貌は見えなくとも、「大きな可能性」があることだけは事実であり、それを疑う必要はないでしょう。
生成AIとエージェントが変える「いまの現実」
ならば、いまの"身近"に目を向ければどうでしょう。ここ数年で、世界は劇的に書き換わりました。
2020年の時点では影も形もなかった「生成AI(Generative AI)」が、2022年末のChatGPTの登場を皮切りに爆発的に普及し、2026年の現在、私たちの仕事の現場に深く浸透しています。
単に文章や画像を作るだけではありません。AIが自ら思考し、ツールを使いこなし、複雑なタスクを完遂する「AIエージェント」や「エージェンティックAI(Agentic AI)」が、もはや単なる道具ではなく、自律的に考え行動する人間の「同僚」として機能し始めています。さらに、人間と同等以上の知能を持つ「AGI(汎用人工知能)」の実現さえも、遠い夢物語ではなく、現実的なロードマップとして議論されるようになりました。
かつてシステム開発の世界では、「仕様通りにモノを作る」ことが正義とされ、工程を厳格に管理する「ウォーターフォール型開発」が主流でした。これは、「何を作るべきか」が事前に明確に定義でき、それが開発期間中に変わらないことが前提の世界でした。
しかし、現代社会では不確実性が常態化しています。市場環境は激変し、ユーザーのニーズも刻々と移ろいます。もはや「何を作るか」を開発の初期段階で完全に決め切ることは誰にもできません。仮に決めたとしても、開発が終わる頃には前提条件そのものが変わり、作ったものが誰にも必要とされない「無用の長物」となりかねません。
このような状況下において、時間をかけて完璧な計画を練り、その通りに遂行しようとするウォーターフォール型のアプローチは、変化に対応できないという致命的なリスクを孕んでいます。さらに、試行錯誤を前提とする生成AIを活用する上でも、この旧来型の手法はもはや機能しません。だからこそ、まずは小さく作り、市場やユーザーの反応を見ながら柔軟に軌道修正を繰り返す「アジャイル開発」が、現代のビジネスにおける必然の選択となるのです。
そして今や、ここに生成AIが加わりました。AIと共にプロトタイプを瞬時に生成し、人間はより高度な判断や創造的な領域に集中する。そんな働き方が当たり前になりつつあります。AIは単なる「効率化ツール」ではなく、ビジネスの「中核エンジン」へと進化したのです。
このような変化は、遠い未来のことでもなければ、終わった過去の出来事でもありません。まさに「いま起きている現実」です。そんな現実が、あなたには見えているでしょうか。
もしそれが見えていなくても、何も悪いわけではありません。そんなことを知らなくても生きてはいけます。人生の1つの選択として、テクノロジーと距離を置く生き方も尊いものです。
しかし、そんな生き方を選択したにもかかわらず、「時代に合わせて変化し成果を出している人」と同じ、あるいはそれ以上の待遇を求めるのは、筋の通らない話であることも心得ておくべきでしょう。
加速する変化とアップデートの必要性
変化のスピードは、2020年代初頭とは比較にならないほど加速しています。数年前に覚えたクラウドの知識やプログラミングの作法さえ、AIによって次々と上書きされています。「時間をかけて積み上げた経験値」があるという自己満足は、下手をすればアップデートの足かせとなり、自分の成長や選択肢を狭めてしまうことになりかねません。
「いま何ができるか、何が得意かは重要だとは考えていません。テクノロジーはどんどん変わります。だから新しいテクノロジーが登場したら直ぐに試してみる好奇心、そして、原理原則に立ち返って物事を考える人を採用するようにしています」
これは数年前、ベトナムのシステム会社の採用担当者から聞いた話ですが、AIがコードを書くようになった今の時代こそ、この言葉の重みが増しています。
新しいテクノロジーが登場したとき、それに臆するのではなく、歓喜して試してみる。そういう人が時代を牽引していきます。また、「新しいことが好きだから」というだけでなく、物事の本質を問い、原理原則に立ち返って新しいことを冷静に捉える知識や態度がなければ、AIエージェントを使いこなすことなどできません。これは、先人も言っていることです。
「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」
松尾芭蕉が、奥の細道の旅を通じて会得した言葉です。
時代を経ても変わることのない本質的な事柄(不易)を知らなければ基礎はできあがらず、変化(流行)を知らなければ新たな展開を生み出すことはできない。「その本(もと)は一つなり」。両者の根本はひとつである、と説いています。
生成AIやAGIへの道筋が「流行」であるならば、私たちが人間として持つべき「問いを立てる力」や「価値を判断する力」は「不易」です。「流行」に惑わされず、「不易」である原理原則を問い、その時々の最強のツールである「流行」を使いこなす。テクノロジーの発展が特異点(シンギュラリティ)に向かおうとしている今こそ、改めてこの基本に立ち返る必要があります。
テクノロジーの発展が既存の人間の仕事を奪うのは、いつの時代も同じです。しかし、AIに仕事を奪われることを恐れるのではなく、AIを相棒として新しい価値を生み出せばよいのです。私たちはそうやってテクノロジーと共存し、さらに豊かで魅力的な社会を作っていくことができます。
IT業界という垣根の崩壊
2026年、時代のスピードは増すばかりです。わずかな躊躇が、圧倒的な社会的格差となって跳ね返ってきます。これを「生きにくい世の中」と思考停止に陥るのか、「ワクワクする世の中」と考えどんどん前へ進むかは、人それぞれです。ただ、ビジネスに関わり、そこでなにか事を成したいとすれば、選択肢はひとつしかないでしょう。
これは、IT業界だけの話ではありません。もはや「IT業界」という垣根はなくなり、すべてのビジネスがデジタルとAIを前提としています。そう考えると、いまこの激動の時代にビジネスに関わっていることは、これからのキャリアにとって大きなアドバンテージとなるはずです。ならば、そんないまを楽しみ、それを成長の糧とすることは、とても素晴らしいことではないでしょうか。
もし、そう考えるのであれば、躊躇している暇はありません。「いまの現実」を直視し、生成AIや新しいテクノロジーを使い倒して、自らの成長の糧としていく。その一歩を、今すぐ踏み出すべきです。
【募集開始】ITソリューション塾・第51期
(2026年2月10日開講)
突然ですが、少しご自身の「常識」のアップデート状況を点検してみましょう。 お客様との雑談や会議で、次のような質問をされたとき、あなたは自信を持って答えられますか?
【初級編】基本の「キ」
まずは、現代のビジネスシーンで頻出するキーワードです。
- 「デジタル化」と「DX」、何が違うのですか?
- 「仮想化」と「コンテナ」、技術的な違いとメリットは何ですか?
- 「機械学習」「ニューラルネットワーク」「深層学習(ディープラーニング)」、それぞれの包含関係と違いは?
- 今のAIには何ができて、何ができないのですか? 人間の知性との決定的な違いは?
- セキュリティでよく聞く「ゼロトラスト」とは何ですか? 従来の境界型防御とはどう違うのですか?
【中級編】トレンドの本質を掴む
続いて、ニュースや現場で飛び交う言葉の「意味」を深く理解しているかどうかの問いです。
- 「クラウドネイティブ」とは何ですか? 単に「クラウドを使うこと」とは違いますか?
- AIにおける「モデル」とは、具体的に何を指す言葉ですか?
- 「Stack Overflowの死」という言葉が示唆する、プログラミングや開発現場の未来とは?
- 「アジャイル開発」と「DevOps」、それぞれの目的と両者の関係性は?
- 「マイクロサービスアーキテクチャ」を採用する際のメリットと、逆に生じる複雑さ(デメリット)は何ですか?
【上級編】未来と社会を見据える
最後は、技術が社会やビジネス構造に与える影響についての問いです。
- 「生成AI(Generative AI)」の台頭が、知的財産権や著作権法のあり方にどのような課題を投げかけていますか?
- 「量子コンピュータ」の実用化は、現在の暗号技術やセキュリティにどのようなインパクトを与えますか?
- 「Web3」や「DAO(分散型自律組織)」は、既存のプラットフォーマー型ビジネスをどう変える可能性がありますか?
- ITインフラの消費電力問題と「サステナビリティ」の観点から、データセンターやクラウド選定に求められる視点とは?
- 「デジタル主権(ソブリンクラウド)」という概念が、グローバルなデータ活用において重要視される背景は?
いかがでしたか? すらすらと、自分の言葉で説明できたでしょうか。それとも、曖昧な理解であることに気づき、言葉に詰まってしまったでしょうか。
もし答えに窮するとしたら、ぜひITソリューション塾にご参加ください。ここには、新たなビジネスとキャリアの未来を見つけるヒントがあるはずです。
【ユーザー企業の皆さんへ】
不確実性が常態化する現代、変化へ俊敏に対処するには「内製化」への舵切りが不可欠となりました。IT人材不足の中でも、この俊敏性(アジリティ)の獲得は至上命題です。AIの急速な進化、クラウド適用範囲の拡大、そしてそれらを支えるモダンITへの移行こそが、そのための強力な土台となります。
【ITベンダー/SI事業者の皆さんへ】
ユーザー企業の内製化シフト、AI駆動開発やAIOpsの普及に伴い、「工数提供ビジネス」の未来は描けなくなりました。いま求められているのは、労働力の提供ではなく、モダンITやAIを前提とした「技術力」の提供です。
戦略や施策を練る際、ITトレンドの風向きを見誤っては手の打ちようがありません。
ITソリューション塾では、最新トレンドを体系的・俯瞰的に学ぶ機会を提供します。さらに、アジャイル開発やDevOps、セキュリティの最前線で活躍する第一人者を講師に招き、実践知としてのノウハウも共有いただきます。
対象となる方
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業改革や新規開発に取り組む皆さん
- 異業種からSI事業者/ITベンダー企業へ転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に携わる皆さん
- 期間:2026年2月10日(火) ~ 4月22日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週 水曜日 18:30~20:30(※初回2/10など一部曜日変更あり)
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
受付はこちらから: https://www.netcommerce.co.jp/juku
※「意向はあるが最終決定には時間かがかかる」という方は、まずは参加ご希望の旨と人数をメールにてお知らせください。参加枠を確保いたします。
講義内容(予定)
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- ITの前提となるクラウド・ネイティブ
- ビジネス基盤となったIoT
- 既存の常識を書き換え、前提を再定義するAI
- コンピューティングの常識を転換する量子コンピュータ
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- 【特別講師】クラウド/DevOpsの実践
- 【特別講師】アジャイルの実践とアジャイルワーク
- 【特別講師】経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 【特別講師】特別補講 (現在人選中)
「システムインテグレーション革命」出版!
AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。
本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい。
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。