テクノロジーのトレンドにひたむきであるということ
2006年、当時GoogleのCEOであったエリック・シュミットが「クラウド・コンピューティング」という言葉を使ったことをきっかけに、新しいコンピューティングの幕が開いた。あれから20年。その可能性を追求した米国のテック企業は、世界を席巻し、いまやAIと半導体を支配する「国家以上の力」を持つ存在となった。
一方、かつての日本のITベンダーやSIerはどうだったか。「日本には独自の商習慣があり、オンプレミスはなくならない」とクラウドに消極的だった彼らの姿は、いまの「生成AI」への向き合い方にそのまま重なって見える。「AIは著作権やセキュリティが心配だから、業務には限定的にしか使えない」とお客様に説明し、自らもそれを信じて思考停止に陥っていないだろうか。
確かに、生成AIが登場した当初(2022年末頃)は、ハルシネーション(幻覚)も多く、法的な整理も追いついていなかった。しかし、その未熟さを「伸び代」と捉え、リスクをコントロールしながらビジネスの可能性を広げてきたのが、シリコンバレーであり、深圳であり、あるいはバンガロールのスタートアップたちだ。一方、日本の多くの組織は、リスクを理由に導入を躊躇し、結果として決定的な「AI活用格差」を生みだしてしまった。これが、2026年のいま、日本の生産性が決定的に引き離された主因と言っても過言ではない。
「おっしゃることは分かりますが、これまでのやり方でも何とかなっています。むしろ、現場は人手不足で、新しいことを覚える余裕なんてありません」
そんな言葉をいまも耳にする。当然のことだ。少子高齢化が進む日本で、IT需要は拡大し続けている。人手不足になるのは必然だ。しかし、それは「労働力」に依存したビジネスモデルが、物理的な限界を迎えているという悲鳴に他ならない。
稼働率は限界まで上がっているが、利益率は上がらない。売上を伸ばそうにも、人がいない。残業規制は厳しくなる一方だ。いまは「何とかなっている」ように見えても、それは沈みゆく船で必死に水を掻き出しているに過ぎない。工数(人月)を売るビジネスに、もはや未来がないことは誰の目にも明らかだ。
さらに、SIerにとって残酷な現実が迫っている。長年叫ばれてきた「単純労働者としてのIT人材不足」は、皮肉にもAIによって解決されようとしているのだ。
AI駆動開発やAIエージェントの普及、そして高度化するクラウドのマネージドサービスは、これまで「人手」を要していたコーディングやテスト、運用監視を次々と自動化している。これらが普及すれば、ユーザー企業はもはや、それらの業務を外部に委託する必要がなくなる。つまり、「工数需要」そのものが消滅するのだ。
それだけではない。ユーザー企業もまた、AIを駆使し、自らの知的スキルを劇的に高めている。彼らがAIを使って内製化を進めれば、SIerやITベンダーは「彼らが自分でできること」以上の価値を提供しなければ、存在する意味がない。
これはつまり、「かつてのお客様」が、能力面において「競合」になることを意味する。
「ユーザー企業が競合になる」という強烈な自覚を持ち、AIで武装した彼らを凌駕するビジョンや技術力を提供できなければ、ビジネスの転換など到底不可能なのだ。
ここで改めて、ビジネスの価値を「労働力」に頼る企業と、「知識力」と「AI」にレバレッジをかける企業との違いを見つめ直したい。後者は、人間が指揮官となり、AIエージェントを自在に操ることで、稼働時間はそのままに、何十倍ものパフォーマンスを叩き出し、驚異的な利益率を維持している。彼らが求めているのは、時間を切り売りする労働力ではなく、AIを使いこなし、事業や社会に新たな価値を創出する「指揮能力」だ。
「知識力」とは、現代において「テクノロジーのトレンドを先取りし、実装する能力」を指す。テクノロジーに生きる企業は、もっとテクノロジーのトレンドに、ひたむきであるべきだ。
私たちは、「来たるべき未来」に抗いようはない。しかし、2026年のいま、その未来はかつてなく不透明で、分断されている。
ウクライナやガザでの紛争は長期化し、北極圏の資源を巡るグリーンランド問題など、地政学的な緊張は極限まで高まっている。さらに、米国でのトランプ政権による関税強化は、EU、中国、米国の信頼関係を決定的に崩壊させ、世界経済はブロック化された。私たちは「グローバルでフラットな世界」という夢から覚め、分断された世界で生き抜くことを強いられている。
この地政学的な変化は、テクノロジーのあり方も変えた。かつてのように「安くて便利な海外のサービス」を無邪気に使うことは、経済安全保障のリスクとなった。データ・ソブリンティ(主権)が叫ばれ、自国のデータは自国の管理下にあるAIやインフラで処理することが求められている。
こうした激動の中で、SIerに求められる役割も激変している。
かつてアジャイルやDevOpsが叫ばれたが、いまやコーディングやテスト、デプロイの大部分は「AIエージェント」が自律的に行う時代だ。人間がやるべきは、AIに適切な指示(プロンプトやコンテキスト)を与え、生成された成果物の品質と倫理性を判断することだ。
付加価値を生みださない定型作業にリソースを割きたくないのは当然であり、それこそをAIエージェントが担うようになった。
この変化に対し、従来のSIerは応えられているだろうか。「AI人材」を自社で抱え、内製化を進めるユーザー企業に対し、まだ「人月単価」で見積もりを出しているとすれば、あまりに滑稽だ。ユーザー企業が求めているのは、単なる労働力ではない。「事業の成功」のために、AIエージェントと人間を最適に配置し、圧倒的なスピードで成果を出すパートナーだ。
「お客様のDXに貢献します」と言う前に、まずは自分たちが「AX(AI Transformation)」を成し遂げなければ、説得力は皆無だ。
また、セキュリティの世界にも、かつてないパラダイムシフトが迫っている。
量子コンピュータの実用化が目前に迫り、量子暗号通信の社会実装が現実のものとなりつつあるからだ。
従来のRSA暗号などが量子コンピュータによって破られるリスク(Q-Day)が現実味を帯びる中、既存のセキュリティ概念は崩壊しつつある。米国国立標準技術研究所(NIST)が定めた耐量子計算機暗号(PQC)への移行は待ったなしだ。
また、5Gを超え、6Gを見据えたネットワーク環境では、あらゆるデバイスがAIを搭載し、リアルタイムで通信し合う。ここでは、従来の「境界防御」は無力だ。AIがAIを攻撃し、AIがそれを防御する。動的ポリシーとゼロトラスト、そして量子耐性を備えたセキュリティ・アーキテクチャなしに、2026年のビジネスは守れない。
PPAPのような悪しき習慣を温存したまま、量子時代のセキュリティを語ることなどできないのだ。
そして、生成AIはもはや「ツール」ではない。「同僚」であり「インフラ」だ。
過去の記事を見直してみると、私は、2022年頃、「機械学習が空気のようになる」と予見していた。しかし、2026年のいま、AIエージェントは空気以上に濃密な「ビジネスの結合組織」となった。AIは単に質問に答えるだけでなく、自律的にタスクを計画し、他のAIと交渉し、業務を完遂する。
「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」という言葉さえ、もはや古臭い。デジタルは前提であり、その上でAIとの共生を核とする「アフターDX」が問われている。いま大騒ぎしているのは、まだ私たちがその変化の入り口に立っているに過ぎないからだ。
ここに挙げた変化は、氷山の一角だ。 世界は分断され、テクノロジーは指数関数的に進化する。だからこそ、表面的なニュースやバズワードに右往左往するのではなく、その底流にある『不可逆な変化』の本質を見極めることだ。それが、「テクノロジーのトレンドにひたむき」であるということだ。
「日本は法規制が厳しいから」「うちの業界は特殊だから」という言い訳は、20年前のクラウド黎明期から何も変わっていない。そのメンタリティのままでは、AIと量子技術の時代においても、また敗北を繰り返すだけだ。
ただ、希望はある。
旧態依然とした組織に見切りをつけ、優秀な人材が流動し始めていることだ。彼らは、会社の看板ではなく、個人の「知識力」と「AI活用力」を武器に、国境や組織の壁を軽々と超えていく。
日本の伝統的な企業から飛び出し、ブロックチェーンやDAO(分散型自律組織)的なプロジェクトに参加したり、グローバルなAIスタートアップで活躍したりする人が増えている。
彼らは知っているのだ。新しいテクノロジーに触れ、それを使いこなすことが、何よりも「楽しい」ということを。
変化を恐れず、むしろその変化の波に乗ることを楽しむ人たちが、新しい時代のコミュニティを形成している。そこでは、年齢も国籍も関係ない。
特に20代以下の世代にとって、AIを使いこなすことは呼吸と同じだ。彼らにとって重要なのは、組織の肩書きではなく「何を実現したいか」という純粋な問いだ。
一方で、40代以上の私たちには、別の役割がある。それは、AIや量子技術といったトレンドを踏まえた上で、事業や経営の「文脈」を設計する力だ。豊富な経験と、最新のテクノロジーへの理解を掛け合わせ、分断された世界の中でどう生き残るかという戦略を描く。
「労働力」の管理から、「AIと人間の協働」のオーケストレーションへ。そのシフトチェンジができるかどうかが、ベテラン世代の価値を決める。
2026年、時間はかつてないスピードで進んでいる。
過去の成功体験にしがみつき、急速に進化するAIや目前の量子技術から目を背けることは、自らの社会的死を意味する。
地政学的な危機も、テクノロジーの破壊的進化も、すべては現実だ。
変化に目を閉じるのではなく、その変化の理由を知り、先読みして備えること。
変化の激しい、そして分断された時代だからこそ、「テクノロジーのトレンドにひたむき」であることが、私たちの生存戦略そのものとなっている。
【募集開始】ITソリューション塾・第51期
(2026年2月10日開講)
突然ですが、少しご自身の「常識」のアップデート状況を点検してみましょう。 お客様との雑談や会議で、次のような質問をされたとき、あなたは自信を持って答えられますか?
【初級編】基本の「キ」
まずは、現代のビジネスシーンで頻出するキーワードです。
- 「デジタル化」と「DX」、何が違うのですか?
- 「仮想化」と「コンテナ」、技術的な違いとメリットは何ですか?
- 「機械学習」「ニューラルネットワーク」「深層学習(ディープラーニング)」、それぞれの包含関係と違いは?
- 今のAIには何ができて、何ができないのですか? 人間の知性との決定的な違いは?
- セキュリティでよく聞く「ゼロトラスト」とは何ですか? 従来の境界型防御とはどう違うのですか?
【中級編】トレンドの本質を掴む
続いて、ニュースや現場で飛び交う言葉の「意味」を深く理解しているかどうかの問いです。
- 「クラウドネイティブ」とは何ですか? 単に「クラウドを使うこと」とは違いますか?
- AIにおける「モデル」とは、具体的に何を指す言葉ですか?
- 「Stack Overflowの死」という言葉が示唆する、プログラミングや開発現場の未来とは?
- 「アジャイル開発」と「DevOps」、それぞれの目的と両者の関係性は?
- 「マイクロサービスアーキテクチャ」を採用する際のメリットと、逆に生じる複雑さ(デメリット)は何ですか?
【上級編】未来と社会を見据える
最後は、技術が社会やビジネス構造に与える影響についての問いです。
- 「生成AI(Generative AI)」の台頭が、知的財産権や著作権法のあり方にどのような課題を投げかけていますか?
- 「量子コンピュータ」の実用化は、現在の暗号技術やセキュリティにどのようなインパクトを与えますか?
- 「Web3」や「DAO(分散型自律組織)」は、既存のプラットフォーマー型ビジネスをどう変える可能性がありますか?
- ITインフラの消費電力問題と「サステナビリティ」の観点から、データセンターやクラウド選定に求められる視点とは?
- 「デジタル主権(ソブリンクラウド)」という概念が、グローバルなデータ活用において重要視される背景は?
いかがでしたか? すらすらと、自分の言葉で説明できたでしょうか。それとも、曖昧な理解であることに気づき、言葉に詰まってしまったでしょうか。
もし答えに窮するとしたら、ぜひITソリューション塾にご参加ください。ここには、新たなビジネスとキャリアの未来を見つけるヒントがあるはずです。
【ユーザー企業の皆さんへ】
不確実性が常態化する現代、変化へ俊敏に対処するには「内製化」への舵切りが不可欠となりました。IT人材不足の中でも、この俊敏性(アジリティ)の獲得は至上命題です。AIの急速な進化、クラウド適用範囲の拡大、そしてそれらを支えるモダンITへの移行こそが、そのための強力な土台となります。
【ITベンダー/SI事業者の皆さんへ】
ユーザー企業の内製化シフト、AI駆動開発やAIOpsの普及に伴い、「工数提供ビジネス」の未来は描けなくなりました。いま求められているのは、労働力の提供ではなく、モダンITやAIを前提とした「技術力」の提供です。
戦略や施策を練る際、ITトレンドの風向きを見誤っては手の打ちようがありません。
ITソリューション塾では、最新トレンドを体系的・俯瞰的に学ぶ機会を提供します。さらに、アジャイル開発やDevOps、セキュリティの最前線で活躍する第一人者を講師に招き、実践知としてのノウハウも共有いただきます。
対象となる方
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業改革や新規開発に取り組む皆さん
- 異業種からSI事業者/ITベンダー企業へ転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に携わる皆さん
- 期間:2026年2月10日(火) ~ 4月22日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週 水曜日 18:30~20:30(※初回2/10など一部曜日変更あり)
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
受付はこちらから: https://www.netcommerce.co.jp/juku
※「意向はあるが最終決定には時間かがかかる」という方は、まずは参加ご希望の旨と人数をメールにてお知らせください。参加枠を確保いたします。
講義内容(予定)
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- ITの前提となるクラウド・ネイティブ
- ビジネス基盤となったIoT
- 既存の常識を書き換え、前提を再定義するAI
- コンピューティングの常識を転換する量子コンピュータ
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- 【特別講師】クラウド/DevOpsの実践
- 【特別講師】アジャイルの実践とアジャイルワーク
- 【特別講師】経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 【特別講師】特別補講 (現在人選中)
「システムインテグレーション革命」出版!
AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。
本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい。
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