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DXのゴールはアーキテクチャの近代化

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あるIT企業から、たくさんの書類が送られてきた。この書類に記入して捺印して、郵送で送り返してくれとのことだった。理由はコンプライアンスの強化だそうだ。

コンプラインスを強化する最も有効な方法は、徹底して業務の無駄を省いて簡素化し、業務プロセスにおける脆弱性を排除することだろう。自らの責任を取引先に転嫁し、負担を強いるのではなく、まずは自分たちの改革が優先されるべきだと思うが、それとは真逆の対応に、いささか呆れてしまった。

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米国の法学者であり、クリエイティブ・コモンズの創設者であるハーバード大学法学教授のローレンス・レッシグは、彼の著書『CODE VERSION 2.0』にて、われわれの社会において、人のふるまいに影響を及ぼすものには、「法、規範、市場、アーキテクチャ」という4種類があると指摘している。

法律:著作権法、名誉毀損法、わいせつ物規制法などは、違反者に罰則を課すことで影響を与えること。

規範:社会的常識やコンセンサス、他者が自分をどのように評価するかと言ったことで影響を与えること。

市場:製品の魅力や料金の高低、市場の評価やアクセス数などにより影響を与えること。

アーキテクチャ:暗黙の決まり事であり、行動習慣などにより、影響を与えること。

レッシグは、本人が意識するしないにかかわらず、ふるまいを規制してしまうのが、「アーキテクチャ」であること、また、その規制力を放置しておけば限りなく大きくなってしまい、行き過ぎると、結果として自由が奪われ思考停止の状態となり、人々が無自覚に振る舞ってしまうことを指摘している。

企業文化とはまさにアーキテクチャである。つまり、あるインプットがあれば、どのようなアウトプットをするかの学習されたモデルであり、意識されることのない行動習慣といえる。

「コンプライアンスを強化するために書類や手続きを増やす」というのは、この企業のアーキテクチャであり、企業文化の自然の成り行きだ。担当者は何もおかしなことをしているとの意識はなく、いつもの通りの仕事だったのだろう。つまり、コンプラインスを強化するには、「原因となっているプロセスを簡素化しよう」と考えるのではなく、「書類を増やして管理すべき項目を増やそう」という思考プロセス、つまりアーキテクチャが、この企業には根付いていたからこそ、このような対応になったにすぎない。

セキュリティ・リスクが高いことから、メールで暗号化+Zip圧縮で文書を添付し平文でパスワードを送るのはやめるべきだと言われて久しい。しかし、なにも考えることなく、当たり前のように、この迷惑行為を未だに続けている人たちがいる。それが問題であることを指摘しても、「会社の決まりなので仕方がない」という。「なぜ、そんな面倒なことをいうのか」とこちらの良識を疑われることもある。本人に悪気はないし、無自覚にふるまっているわけで、これもまたアーキテクチャといえるだろう。

この根本に向きあわなければ、時代の常識に即した取り組みは進まない。過去の常識や、もはや意味を失い慣例化してしまっただけの常識、すなわち時代遅れのアーキテクチャに、真摯に目を向けるべきだ。

いままでのやり方で、これからもなんとかなるだろうとの暗黙の了解もまた、アーキテクチャのひとつだ。なぜなら、「このままではダメだ。必ずこのやり方はいつか時代遅れになる」と、変化し続ける文化を大切にしている企業もあるからだ。そして、この企業文化は、業績を伸ばしている企業に共通している。

クラウド、ゼロトラスト、アジャイル開発、生成AIAIエージェントなどは、手段にすぎない。このようなテクノロジーが生まれ、注目されるようになったのは、社会やビジネスの環境が変化したことが背景にある。例えば、クラウドやアジャイル開発は、サービスが主役のビジネスへと産業構造がシフトする時代の中で必要とされ、利用者が拡大し、ノウハウが蓄積されるとともに、ますます注目されるようになった。ゼロトラストは、そんな環境変化に対応するために最適化されたセキュリティの考え方と方法論だ。

DXもまた同様である。DXの本質は、新しいデジタル・テクノロジーを使うことではない。デジタル前提の社会に適応するために会社を新しく作り変えることだ。これは、文化や風土を変革することなくして実現しない。デジタル・テクノロジーを駆使して事業の差別化や競争力の強化を当然のことと受け入れ、行動することが当たり前と考える従業員の思考パターンや組織の振る舞いへと変革することであろう。

DXと称して、新しいテクノロジーに対応しようと施策を考える前に、自分たちの企業文化を見直してはどうだろう。これからの時代にふさわしいアーキテクチャがなければ、新しいテクノロジーを使いこなすことは難しい。例え、表向きは最新のトレンドを看板に掲げていても、企業文化に踏み込んだ対応ができない企業からは優秀な人材は、去って行くだろう。そうなれば、ますます変革は進まない

「お客様のDXの実現に貢献する」と喧伝するのも大いにけっこうだが、まずは自分たちの企業文化(=アーキテクチャ)の変革に向きあうことを優先すべきであろう。

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