デジタルを使うほどに企業は衰退するのはなぜか
相変わらず、DXと言う言葉が飛び交っていますが、その実態は、デジタル技術を使うこと、あるいは、これまでのアナログな仕事のやり方をデジタルに置き換えることに留まっていることも多いようです。これでは、企業はますます競争力を失い、世界と互して闘える力を失ってしまうのではないかと、余計な心配をしています。
デジタルが前提の社会に適応するために会社を作り変えること
DXとは、そんな取り組みです。デジタル技術を使うことが目的ではありません。アナログ前提の時代に作られ、疑問を持つことなく当たり前だと無批判に使い続けている業務の仕組みやビジネス・モデルを、デジタル前提の社会に合わせて、最適なやり方に一から作り直す取り組みです。
アナログ時代のやり方は、その時代にとっては最適だったかもしれません。しかし、デジタル時代の人々の思考や行動の様式、判断基準は、かつてとは違います。かつては10の手間をかけなくてはできなかったことが、1の手間でできる手段も登場しています。AIの進化は、機械と人間の役割分担を根本的に変えてしまいました。
アナログ時代のやり方を変えることなくデジタルを使っても、十分な成果を出すことができません。根本的に、本質的に、デジタルに最適化されたやり方に作り変えることができなければ、時代の変化に取り残され、衰退してしまうことは、歴史を見れば明らかです。
デジタルが前提の世の中になって変わってしまったことは沢山ありますが、最も大きな変化は「時間感覚」ではないでしょうか。あらゆるモノやヒトがネットでつながり、情報が瞬時にやり取りされる時代になり、ものを買うにも、情報を手に入れるにも、コミュニケーションをするにも、全てはネットを介して行われます。アナログ時代の時間感覚とは、二桁も三桁も変わってしまいました。
時間感覚の変化は、無駄なく、効率よく、いち早くが、人々の行動の基準として重要性を高めています。様々な社会の出来事や経済の動きも瞬時に世界に伝わり、あっという間に世界が変わってしまいます。社会の複雑性は高まり、変化するスピードも加速し、未来を予測することも難しい時代です。
正確に未来を予測することができないのなら、変化に俊敏に対処する能力を手に入れるしかありません。そのような能力を獲得することが、生き残り、成長していくための前提です。時間感覚の変化こそ、アナログ時代からデジタル時代にかけての本質的な変化ではないかと思います。
デジタル技術を駆使しても、仕事のやり方や組織のあり方を根本的に作り変えなければ、いまの時代にふさわしいスピードを手に入れることはできません。例えば、SlackやTeamsを使ってコミュニケーションの手段を高速化しても、稟議決済はアナログ時代のやり方のままに、月1回の経営会議を通さなければ、行動を起こせないとなると、結局は、アナログ時代の時計のままでしかありません。また、ネットワークやAIを駆使して、時々刻々変化する事象を正確に捉えることができても、上司の判断を得るためには、報告書を作成して、会議を開き、判断を仰がなければならないとすれば、絶好のタイミングを逃すか、危機的な状況を招きかねません。
デジタルを使えば使うほど、既存の常識とデジタルの常識の乖離が顕著になります。このような事態を放置すれば、そこで働く人たちの能力を十分に活かすことができず、企業は疲弊し競争力を失ってしまいます。
日本企業が国際的な競争力を失ってしまったのは、海外とくに米国からもたらされるデジタル・ツールやデジタル・サービスを使うことには熱心ではあっても、それら製品の背景にある思想やビジネス・プロセスの変革を無視して、効率の悪い使い方を行い、十分にその価値を引き出せないからです。
例えば、次のようなことです。
MA(Marketing Automation)ツール
営業に案件の開拓までさせている企業は少なくありません。営業は、どこに行けばいいのだろう、どんな案件があるのだろうと、多大な時間を費やします。そもそも、営業にデマンド開拓を過度に依存するのは現実的ではありません。営業の役割は、既存の顧客の案件を刈り取り、数字にすることです。既存の顧客の文脈から、新たな案件を創出することもありますが、まったく新しい顧客から案件を見つける、あるいは創り出すとなると、相当の覚悟と努力が必要となります。これを根性論というか、精神論で、すべての営業に一律求めるというのは、まったく合理性の欠く話しです。
本来、このような仕事は、デマンド・センターが担う仕事です。デマンド・センターの役割は、「見込み客データの収集(Lead Generation)」、「見込み客の啓蒙と育成(Lead Nurturing)」、「見込み客の絞り込み(Lead Qualification)」です。これら一連の手順を行い、「案件創出(Demand Generation)」することが、デマンド・センターの目的です。
「ここにおよそ〇〇〇円規模の確度の高い案件があります。具体的には、こんな状況であり、お客様はこんな期待を持っています。」
具体的な数字が見込める案件があれば、営業のモチベーションは上がり、数字を獲得する効率も上がります。この一連のプロセスを効率化することが、MAの役割です。
このような、MAが作られた前提となる思想やプロセスを理解しないままに、組織も機能も整えずに多大な費用と人材を投入してMAを導入して、広告宣伝自動化ツール程度にしか使っていないとすれば、実にもったいない話しですし、そもそもMAの効果を活かせないムダな投資と言わざるを得ません。
ERPパッケージ
本来、"ERP"とは、経営思想や手法を表す言葉です。会社全体のヒト、モノ、カネといった経営資源を的確に把握し、計画的な配分を迅速に行うことで、経営効率を高めようというわけです。"ERPシステム"とは、そんなERP経営を実現するための手段です。言うまでもないことですが、「経営効率を高める」とは、人員の削減や組織の再編も含まれるでしょう。すなわちリストラです。
そんな"ERP"を実現するには、まずはその前提となるビジネス・プロセス、すなわち仕事の手順や組織・体制をERP経営にふさわしいカタチに変革しなければなりません。これが、BPR(Business Process Re-engineering)で、この成果を踏まえて"ERPシステム"を構築します。しかし、ビジネスは生き物であり、ビジネス環境の変化も早くなりました。そうなると、ビジネス・プロセスの変革を先行させていては、いつまで経ってもERP経営は実現できません。
そこに"ERPパッケージ"が登場したのです。予め用意されたERP経営を実現するビジネス・プロセスを整理したテンプレートが用意され、それに合わせて既存のビジネス・プロセスを変革し、ERP経営の実現を加速しようというわけです。つまり、テンプレートに合わせて、仕事のやり方を変えてこそ、その価値を最大限に引き出すことができるのです。
ところが、現場の判断に大きく依存する日本では、いまのやり方に合わないからとカスタマイズが頻繁に行われ、アドオンが膨大に作られています。もちろん、リストラなどは現場の発想からは生まれません。その結果、ERPパッケージは、その本来の設計思想からはかけ離れてしまったのです。
本来は、業務変革を加速するためのツールとして登場したERPパッケージですが、既存業務のやり方に合わせるために、カスタマイズやアドオンを膨らませ、膨大なコストを支払っています。しかも、ERPパッケージの価値を活かすことはできません。
クラウド・コンピューティング
米国では、ITエンジニア300万人の内、72%がユーザー企業に所属しています。一方、日本では、100万人の内、75%がITベンダーやSI事業者に所属しています。米国には、日本のような全てを丸抱えで任せられるSI事業者は存在せず、ユーザー企業が自らリスクを負ってシステム・インテグレーションを行っています。
クラウドは、システム資源の調達や構築の生産性を劇的に改善してくれます。いちいちベンダーと交渉して見積もりを取り、発注し、納期を調整し、導入・構築作業や運用のための体制を準備する必要はありません。ECサイトで商品を注文するようにウエブ画面「セルフサービス・ポータル」から必要とするシステムの構成、バックアップやセキュリティなどの運用サービス・メニューを選択し、注文ボタンを押すだけです。手間のかかるキャパシティ・プランも必要ありません。必要なときにオンデマンドで追加、変更ができるからです。
つまり、米国においては、クラウドはユーザー企業の生産性を大きく改善してくれることになります。一方、日本では、このような業務はITベンダーに任されていることも少なくありません。クラウドの普及はITベンダーの生産性を高めてはくれますが、それは売上や利益の減少をもたらすと共に、リスクはこれまで通り背負わされることになります。これは、利益相反の関係です。日本で米国ほどにクラウドの普及に弾みがつかない背景には、このようなビジネス文化の違いがあるからです。
セルフサービスの仕組みとして機能を充実させ続けているクラウド・サービスを導入しても、SI事業者ITベンダーなどの外注先に丸投げして、自分たちで使いこなすことをせず、多大なコストを流失させ、俊敏性を損なっているのです。これでは、クラウドの価値を十分に活かすことはできません。
このような背景や思想を無視し、カタチばかり真似ているわけです。結果として、デジタル・ツールを使えば使うほど、次のような事態を招いています。
- ムダな作業を増やし、生産性を低下させている
- ツールの機能を生かし切れず、コスパの悪い使い方になっている
- ツールの機能や使い方に拘束され、現実との乖離を拡げて、現場のストレスや負担を増長している。
結果として、ツールを使うことに経営資産を消費してしまい、業績に貢献できない、あるいは、貢献しても投資に見合わないという時代を招いています。これでは、背景や前提を当然のこととして理解して使っている米国などの本家本元にかなうはずもなく、労働生産性の低下を招き、企業を衰退させているわけです。IT活用の日米の格差の根源はここにあるのではないでしょうか。
DXもまた同じようなことになっています。デジタルを使うことが目的化してしまい、それらを使いこなすにふさわしい仕事のやり方や組織の仕組み、働き方に変えようという取り組みと同期していません。いや、そういう考えに至っていないのです。これでは、DXなどという取り組みは、百害あって一利無しです。
- ツールの機能や性能にとらわれることなく、その背景にある思想や文化も学び、これに合わせてやり方や組織の変革にも取り組んでいく。
- 過去の成功の方程式に固執することなく、多様な意見を積極的に取り入れて、自分たちの目の前に拡がる問題空間を広範に多角的に捉える。
- 過去のやり方が通用しない以上、ベストプラクティスはなく、用意された正解もないわけで、やってみて、その結果から議論して、自分たちの正解を自分たちで作る。
そんな思考や行動の様式なくして、どんなに素晴らしいデジタル・ツールを駆使しても、企業を衰退させてしまうだけのことです。
デジタル・ツールを導入することではなく、その本質を正しく理解し、会社を作り変えることなくして、「デジタルを前提としたビジネスの変革=DX」は、実現しないのです。
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2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー