人間にしかない3つの能力:2つのGPTと人間の役割
私たちはいま、生成AIの急速な発展と適用範囲の拡大を目の当たりにしています。人間にしかできないことと思っていたことが、AIに取って代わられ、その範囲は、急速に拡がりつつあります。
「人間にしかできないこと」が、テクノロジーに置き換えられることは、AI以前にもありました。例えば、鋤や鍬を使って人手で田畑を耕していた農民は、人手を牛馬に置き換え、さらには耕運機に置き換えました。建設現場では、スコップやツルハシを使って人手で工事をしていた建設労働者は、人手をパワーショベルやブルドーザーに置き換えました。沢山の工員が生産ラインに並んでいた工場でも、ロボット/自動工作機械の導入が進み、人間の仕事を置き換えました。
肉体労働だけではありません。例えば、戦場では敵陣に正確に大砲の弾を落とさなくてはいけませんが、そのためには、正確な弾道計算が欠かせません。コンピューターのない時代ですから、それは人間による手計算です。ただ、微分積分の方程式を解くような複雑な計算を誰でもできるわけではなく、そのような人材を戦場に連れて行くことは、現実的ではありませんでした。そこで、着弾地点までの距離や大砲の角度、火薬の量を一覧にまとめた「数表」を作っておき、これを戦場に持っていき、使っていました。「数表」は戦場以外でも、工学、天文学、物理学、化学などの計算作業の労を省くために、広く作られ、使われていました。
このような高度で特殊な計算を専門に行う人たちを「computer(計算作業員)」と呼んでいた時代があります。そんな人たちの知的労働は、いまでは機械の「computer」に置き換えられてしまいました。
結果として、人間の仕事が奪われたわけですが、これによって人間の存在意義や役割が失われたわけではありません。人間は、それら「道具」を使いこなす術を磨き、それ以前とは比べものにならない生産性の向上やコストの削減、規模の拡大や時間の短縮を成し遂げたわけです。また、様々な分野で自動化が進み、人間は、機械に仕事を任せ、別のことに意識や時間を傾けられるようになりました。その結果、テクノロジーをさらに進化させ、自動化の範囲を拡げ、いままたAIの発展によって、その範囲をさらに拡大しようとしています。
そんなAIの発展の中で、生成AIが登場しました。生成AIは、知的力仕事の代替と高度な専門知識を手に入れるタスクの生産性を劇的に高めてくれています(詳細については、昨日のブログをご参照下さい)。
このようなAIの発展は、これからもますます知的力仕事や専門知識の取得における生産性を高め、その範囲を拡大させ、そのスピードは、加速します。結果として、行き着くところ、人間には何が残るのでしょうか。
私は、次の3つが、人間にしかできない能力して残るだろうと考えています。
価値を見出す能力
夢や希望、意志や意欲、理想や好奇心といった言葉に置き換えられます。何かを成し遂げたいという情熱も含まれます。発明や発見も、価値を見出す能力がなければ生まれません。
確かに、発明や発見のための情報の整理や分析は、AIの得意とするところですが、そのアウトプットに価値を見いだすことができなくては、発明や発見にはなりません。
この能力は、言語知識だけでは育ちません。生活し、体験し、人と関わり、身体的に感じることが必要です。これは、データから導かれた統計値に依存するAIには持ち得ない能力です。
コミュニケーション能力
コミュニケーションは、言語的会話だけでなり立っているわけではありません。他者への共感、相手を慮っての行動、仲間意識などもまた、コミュニケーションを成り立たせる要件となります。この能力は、人間が社会的な生物として進化してきたことを背景としています。
AIも表面的には優れたコミュニケーション能力を発揮しますが、それは統計確率論的所産であり、入力へのパターン化された反応に過ぎません。社会的な関係を構築する意図を持っているわけではありません。
人間のコミュニケーションは、単に相手に「反応」するだけではなく、何らかなんらかの関係を成り立たせようとするものです。相手の意図を読み取り、自らの意図をもって、社会的関係を作ろうとの戦略を織り込みます。AIに、そんな駆け引きも含めた高度なコミュニケーションを求めることはできません。
生存と繁殖の能力
人間に限った話しではなく、生物は長く生き延び、子孫を残すために適応し、進化してきました。AIには、このような生存と繁殖の根源的欲求はありません。限定的、表面的な知的機能を模倣し、再現してきたにすぎません。
長い進化の歴史の中で、生存と繁殖を最適化するために、人間は、生物学的にも進化しましたが、道具を生み出し、文化や芸術、宗教や国家、様々な社会システムをも発展させてきた。つまり、徹底して社会的な存在になることで、最適化してきました。先に述べた「価値を見出す能力」も、行き着くところは、ここに源泉があります。
また、AIには身体はない。人工筋肉やセンサーを全身に配置したロボットが登場したとしても、人間がもつ身体と知性を一体化した複雑系を人工的に生みだすことは不可能でしよう。身体がないわけですから、生存と繁殖の必然性はなく、そのための能力が、AIの中で自然発生的に生みだされることもありません。
AIも自己防衛や適応範囲の拡大をアルゴリズムに組み込むことはできます。ただ、それが人間同様の生存と繁殖と同じような、適応と進化によって自律的に作られていくものではなく、人間が初期条件や変化のパラメーターを与えなくてはなりません。つまり、人間に依存しているのです。
統計的、論理的な能力に於いては、AIは圧倒的であったとしても、生存と繁殖に最適化しようとの意図をAIは持ち得ないわけです。表現を変えれば、生存と繁殖のために、よりよい社会にしていこうという意図がないわけで、ビジョンやパーパスを自律的に創り出すこともありません。
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荒っぽい素人の考察ですが、こういうことを誰もが考えたくなるほどに、AIの発展には目を見張るものがあります。もちろん、テクノロジーの発展は、AIに留まるものではなく、生物学、工学、化学などの広範な分野で、その発展はめざましいものがあります。ただ、AIは、そんなテクノロジーの中でも、影響範囲は著しく広く、他のテクノロジーの発展を加速する汎用的な技術となっています。
同様の技術としては、18世紀後半~19世紀中期の第1次産業革命を支えた蒸気機関があります。鉄道や船舶の動力源として使われ、産業革命を支える工場にも使われ、経済や社会の仕組みを大きく変えました。また19世紀後半~20世紀初頭における第2次産業革命を支えた内燃機関(エンジン)や電力もまた社会の隅々に行き渡り、いまでも私たちの社会や生活を支える主要な技術として広く使われています。AIもまた、これら同様の汎用性を持っています。
このような技術を「汎用目的技術」と呼び、英語では、「GPT:General Purpose Technology)」となります。いま話題のChatGPTで使われているGPT(Generative Pre-trained Transformer)とは、意味は異なりますが、奇しくも同じ綴りとなりました(これは意図したものなのかどうかは、調べた限りでは分かりませんでした)。
いずれにしても、AIは、「汎用目的技術」として、私たちの日常や社会に新たな変化を強いろうとしています。そしてそれは同時に、「人間とは何か」を問うことにもなります。多分、蒸気機関が登場したときに、あるいは電力が登場したときに、様々な混乱や不安があったと同じように、いままた、私たちは、新たなGPTの発展の只中にあるのかも知れません。
ただ、かつての「GPT/汎用目的技術」とは、大きく異なることがあります。それは、スピードです。かつての何十年ではなく、何ヶ月や何年という時間単位で、私たちは変化を強いられています。果たして人間は、この変化に対処できるのでしょうか。これが、これまでのGPTと本質的に異なる点です。
結局のところ、AIを使いこなしていくには、あるいは、人間にしか持ち得ない能力を発揮するには、何をすべきでしょうか。
「本を読み、対話し、考察する」
人間は、これまでにも増して、知性を磨き、AIという道具を、うまく使いこなしていくしかありません。
AIはしょせん人間に使われる道具に過ぎません。かつて、新しい道具が登場したら、人間は、それを使いこなす能力を磨き、その道具の価値を社会に還元してきました。そして、新たな課題ニーズを見つけその道具をさらに発展させてきました。AIもまた、そんな道具の1つです。
AIが人間の仕事を奪うという議論は以前からあります。しかし、これはAIだけの話しではなく、ブルドーザーも自動車も工作機械も人間の仕事を奪いました。そして、人間は、そこに新たな機械との役割分担を見出し、それらを使いこなして、社会の発展に貢献してきました。
発展の過渡期にあるAIですから、不安や混乱はあるにしても、これまでと同様の人間と道具の関係であり、進化の過程であるとも言えます。結局のところ、人間の知性が勝り、新しい折り合いをつけていくのでしょう。だからこそ、この技術の本質をしっかりと理解し、活かして行く筋道を模索していくことが大切なのだと思います。
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目次
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