優れたエンジニアの条件:「経験値の不良債権化」に抗う「自律した個人」
「高品質(=バグフリー)で、無駄なく(=ビジネスの成果に直結するコードのみを)、変更要求に即応できる(=仕様書通りではなく、ビジネスの成功を優先し、予め決めた仕様に拘らない)ソフトウエアを実現するための思想やプラクティス」
未来を正確に予測できないいま、上記のようなアジャイル開発が必要とされるのは、時代の必然です。その前提として必要とされるのが、「自律した個人」です。
誰かの指示を待ち、組織の作法に従って、与えられた仕事をこなすのではなく、目的やビジョンをチームで共有し、最善のやり方を自ら考え、自らの意志と判断で行動できる能力を持つことです。
「自律した個人」は、次のようなマインドセットを持っています。
- 客観価値の追求:主観に囚われることなく、客観的に物事の本質や原理原則を求める
- 技術の力(未来を創り出す力)を信じている。
- 特定の技術にこだわることなく、他の領域にも関心を持ち、自分の領域を広げることを楽しめる。
- 常識を疑い、ものごとの本質あるいは原理原則を捉えようとする。
- 利他の追求:利己を排除し、利他を追求する
- Don't become a Heroすなわち、チームとしての価値を出すことを第一に考え、そこでの自分の役割を最大限に、かつ積極的に果たそうとする。
- HRT(Humility:謙虚な気持ちで常に自分を改善し、Respect:尊敬を持って相手の能力や功績を評価し、Trust:信頼して人に任せる)ことを心がけている。
- 社会の発展やお客様の幸せなど、世のため人のために貢献することを意識している。
- 至高の追求:現状に妥協せず、常に最高を追求する
- 頭で考えるだけではなく、自分で手を動かして、確かめながら体験的に理解を深めようとする。
- どんなに複雑なモノでも本質を見極め、何事もシンプルに捉えて設計できる。
- 何よりも品質を重視する。常にお客様目線(社内基準では無く)で品質を考え、自身の行動に反映させる。
彼らは、上記のようなマインドセットを持ち、会社や組織、上司に言われなくても、自分でこれを実践し、自分で育っていきます。
- 自らが目指す未来の自分を描く。
- それに向かって、学び、切磋琢磨する。
- それを現業に活かして成果を出す。
- その成果が認められて、得意分野として新たな仕事を(社内であれ社外であれ)得ることができる。
- そんな実践を通じて更に技術が磨かれる。
このサイクルを自ら回せるのが、「自律した個人」であり、そういう人材が「優れたエンジニア」の前提です。
「優れたエンジニア」を目指すのであれば、ITビジネスに求められる技術が、「作る技術」から「作らない技術」へとシフトすることにも関心を持つべきです。
「作る技術」とは、「仕様書に定められた機能を実装することを目的に、プログラムを作る技術」です。「作らない技術」とは、「ビジネスの成果を達成することを目的に、既存のITサービスやツールを駆使し、できるだけ作らずに短期間でITサービスを実現する技術」です。
そうなると、エンジニアに求められるスキル要件も変わります。
- 作る技術を前提としたエンジニア:お客様からインタビューして、要件を定義し、WBSに従って進捗を管理するPMや仕様書に従ってコードを書くスキル
- 作らない技術を前提としたエンジニア:お客様と事業の目的とビジョンを共有し、ITサービスを提供するための障害を排除しお膳立てを整えるスクラムマスターと、既存のサービスや技術を自分たちで目利きし、最速最短でビジネスの成果に供するITサービスを実現するスキル
自然言語を解析して対応するプログラム・コードを生成することができるOpenAIのCodexを搭載するGitHub CopilotXを使えば、コメントやこれまで書いたコードから、プログラマーの意図を先読みして、コードを生成してくれます。近い将来、何がしたいかを入力すれば、バグフリーの完璧なコードを生成してくれるようになるはずです。
このようなテクノロジーの急速な発展にも関心を持ち、積極的に駆使して「作らない技術」を極めてこそ、優秀なエンジニアになれるのだと思います。
「時間をかけて積み上げた経験値」つまり「ベテラン」の不良資産化が加速することも覚悟しておくべきです。「時間をかけて積み上げた経験値」があることに満足しても意味がありません。経験値を極めることで、自分のやっていることの限界や環境の変化とのギャップへの感度や知見を高めることです。そして、さらに自分の価値を高めるためには何をすればいいのかの新たな問いを創り続けることが、大切なのだと思います。
テクノロジーの発展が既存の人間の仕事を奪うのは、いつの時代も同じです。だからこそ、自分で問いを見つけ、テーマを作る力が求められています。これを実践で試し、高速に試行錯誤を繰り返すことで、新しいビジネスが生まれ、新しい役割や仕事を見出すことができます。
コロナ禍によって、ITの進化に関わる時間感覚は、大幅に短縮されました。さらに、生成AIが大騒ぎになって数ヶ月の間に、さらにITの常識が大きく変わってしまいました。そんな時代にあっては、わずかな躊躇が圧倒的な社会的価値の格差となってしまいます。エンジニアに限らず、誰もが、この現実に向きあわなければ、仕事を失ってしまうかもしれません。
いま、私たちは、そんな変化の只中にいるのだと思います。
【募集開始】新入社員のための「1日研修/1万円」・最新ITトレンドとソリューション営業
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
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