トレンドを予見するための2つの流れ
上から見れば激流が渦巻く川も、川底の水は蕩々と流れているものだ。デジタルのトレンドもまた、表層だけを見れば、激流である。しかし、その深層の流れは蕩々としており、そこから、なぜ表層の激流が起こっているかが分かるし、表層と深層を行ったり来たりすることで、トレンドの未来を予見できる。
「予見」できる能力は、物事をうまくすすめる上で、大変に重宝する。例えば、お客様への提案にこの能力を発揮すれば、お客様の成功に大きく貢献できる。新規の事業開発でも、成功を引き寄せる原動力だ。事業改革に使えば、来るべき未来に備えた組織や体制、制度を準備でき、時代の変化にいち早く対処できる。また、自分のキャリア形成に使えば、社会的な成功の可能性が高まる。
表現を変えれば、「抽象たる深層の流れ」から「具象たる表層の流れ」を予見し、両者の間を行ったり来たりすることで、テクノロジーのトレンドは見えてくる。このような視点というか、思考回路を持つことが、トレンドを予見するためには必要だ。
例えば、昨今のWeb3という言葉が巷を騒がせている。表層の流れでは、仮想通貨やNFT、DAOやDeFiといった言葉が飛び交っている。そこに、投機的な動きも重なり、なんとも胡散臭ささをただよわせている。
一方で、このムーブメントを支える深層の流れは、プラットフォーマーからの独占・寡占から解放されたいという人々の情熱であり、ブロックチェーンやそれを基盤としたスマート・コントラクトの普及がある。この深層の流れは、表面的な胡散臭さとは裏腹に、至極真っ当な理想を希求している。
表層だけを見て、仮想通貨は投機目的でしかなく社会悪であるとか、その対局として、いまの公定通貨が仮想通貨に置き換わってしまうというような極論が語られている。また、株式会社がなくなってDAOになってしまうなんてことを言う人もいる。しかし、深層の流れを見れば、そういうことにはならないことが分かる。むしろ投機的な動きは徐々に落ち着き、健全な社会やビジネスの基盤、あるいは選択肢として、認知され普及することになるだろう。
深層の流れが、表層の流れに影響を与え、その流れに変化をもたらすことは、Web3に限らず、様々なところで起こりうる話しだ。例えば、昨今話題の「生成AI」という表層の流れも、その深層に流れる「基盤モデル」が生みだしている。そんな「基盤モデル」に着目すれば、生成AIだけではない、その先にある「マルチモーダルAI」や「汎用AI」の可能性が、現実感を帯びてくる。さらにその先には、人間と機械の役割が大きく見直されることになり、雇用のあり方や働き方についての大きな変化が、待ち受けているだろう。
このようなトレンドは、表層の流れだけでは読み解くことはできず、深層の流れと行ったり来たりしながら、全体の関係や構造を眺めて、はじめて見えてくる。
コロナ禍がもたらしたIT需要の拡大も、表層と深層の流れから読み解くことができる。
「コロナはサルベージ作業の爆薬のような効果を及ぼした」
『世界史の構造的理解・現代の「見えない皇帝」と日本の武器 - 2022/6/21 長沼 伸一郎・著』にこのようなことが書かれている。
「一般に沈没船を引き上げるサルベージ作業では、海底の沈没船に空気を吹き込むなどして船を浮上させるのだが、船底が海底の泥にがっちりつかまっていると、たとえ浮力が十分になっても浮いてこられないことがある。そういった場合には、水中で爆薬を爆発させて船体を揺すってやると船は泥から引きはがされていっきょに海面に浮いてくるのである。
何が言いたいかと言うと、 コロナ等の衝撃は、今まで潜在的に社会の底にくすぶっていた問題を一気に表面化させる力を持っており、それこそがしばしば災害そのものの直接的な影響より重大な問題になると言うことである。」
コロナ禍をきっかけとして、リモートワークが定着し、アナログに頼っていた様々な業務や手続きをデジタル化する動きが加速している。クラウド利用も増えている。
しかし、その背景には、コロナ禍以前からの深層の流れがあった。働き方改革やワークスタイルの多様化といった社会的圧力、人手不足の中でビジネス・プロセスをデジタル化しなければならないという課題意識、クラウド・サービスの充実などの流れである。コロナ禍という爆発によって川底が揺さぶられて、深層の流れが表層に浮かび上がり、その流れが加速したことが、IT需要を拡大させた背景にある。
そんな表層の流れは、いずれも目新しいものではない。それはこれまでも深層の流れによって、ゆっくりと確実にもたらされてきた変化である。しかし、本来ならばもっと時間がかかったはずだったが、コロナ禍という爆薬が、時間を加速し、その期間を縮めたのである。
アジャイル開発やDevOps、コンテナやマイクロサービスなどの表層の流れは、圧倒的なスピードを手に入れなければ、企業が生き残ることはできないとの危機感が、その深層の流れにある。
表層の流れだけを追いかけるのではなく、深層の流れとともにその大きな構造を理解する。トレンドを予見するには、そんな態度が必要となるだろう。
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー