OJTという「ほったらかし」が企業の命を削る
ITソリューション塾を始めて14年になりました。これまでに何人かの新入社員が、自らの意志でこの塾の門をたたきました。なぜ参加したいのかと聞くと、「配属が決り、現場に出て、何も知らないことに愕然としました。このままでは、やっていけません。ぜひ、勉強させてください。」というものでした。
もちろん、会社の正規の研修ではありません。ブログで見つけて連絡してきたとのことですが、当然、参加費は自腹です。それでも参加したいというのです。
このように志の高い若者もいる、そうでないものもいる。時代は変わっても、いつの時代も、いろいろな若者がいるということです。
もちろん、それぞれの時代の社会環境の違い、そこから生ずる若者の意識の違いを否定するつもりはありません。例えば、社会学者である山田昌弘氏の著「なぜ若者は保守化するのか」を読むと、なるほどとうなずけることも少なくありません。
「産業のサービス化、IT化の流れの中で、複雑で知的な労働については正社員として雇用し、単純労働は非正規雇用者で賄う。結果として、正社員需要が減っている。
ITやサービスを主体とする知識型産業の富の源泉は、土地や工場などではなく、能力のある人間である。そうなると、土地のある地方であることの必然性は無くなり、効率の点から都会に人が集まり、富も集中する。結果として地方が衰退する。
少ない正規雇用と都会への集中、産業の空洞化により、市場の成長も限られてきた。高度経済成長の時代は、努力すれば報われる「努力保証社会」であったが、努力を積み重ねても、収入や社会的地位に直結することはなく、努力をしても「バカらしい」という意識を生み出している。だから、成功は、「宝くじ」頼みであり、運を天にまかせるしかないというあきらめが生じている。」
そんな中で、自分の生活の安定を図らなければならず、結果として保守的な志向を持たざるを得ないというものです。
確かに、このような社会的な背景から生まれる「若者意識」があることを否定するつもりはありませんが、だからといって、おしなべて、その平均を目の前にいる新入社員に押しつけて考える必要はありません。
また、「我が社は、実践で人を育てる。」だから、OJTで十分という会社もあります。その志は、立派だと思います。しかし、実際のOJTの現場は、先輩社員が、部下を単なる雑用係として使っているだけであり、目標設定はなし、OJTリーダーに育成のノウハウもなければ、志もないといった現場にであうことがあります。
確かに、これで育つ若者もいるのですが、それはOJTの成果ではなく、「これじゃあ大変だ」という本人の危機感であり、自助努力でしかないのです。つまり、育つか育たないかは、本人任せのほったらかしであり、運任せです。
育たなければ、あいつには才能がなかったとか、仕事が合っていなかったからと自らの責任を棚上げし、それをOJTといってはばからない無神経を悲しく思います。
また、山田氏の言うかつての「努力保証社会」では、お客さまに行けば仕事がもらえました。「靴底を減らして、なんぼの世界」だったわけで、いま管理職の立場にいる人の中にも、それで成功した人も多いと思います。
しかし、もはやそんな時代ではないのです。靴底を減らして、お客さまを足繁く回っても、仕事をもらえる時代ではありません。そんな「いま」を見ようともせず、過去の成功体験をそのまま押しつけるだけではうまくゆくわけはなく、若者達に「バカらしい」という意識を持たせてしまうでしょう。
「バカらしい」と開き直るくらいならまだいいのですが、「自分は役に立たない。何をやってもダメだ」と考えて、心を病んでしまう場合もあります。こうなってしまうと、本当に不幸です。これは、本人の責任ばかりとも言えないように思います。
では、どうすればいいのでしょうか。まずはかつてのやりかたが、いまも通用するという思い込みを捨て、「こうすればうまくいくからその通りやりなさい」との主張を押しつけないことです。
身近な例で言えば、私が依頼された新入社員研修の講義の冒頭で、研修担当の方が「パソコンとスマホを鞄にしまい講義に集中してください」と指示され、彼らは当然のことのようにそれをしまいました。その後、講義を任された私は、担当者には申し訳なかったのですが、パソコンとスマホを改めて出させ、「分からないことあればその場で調べてください。それでも分からなければ質問してください」と伝えました。彼らの顔はぱっと明るくなり、活き活きとしていました。
彼らのリテラシーや感性に理解を示すことです。自分たちも会議で平気でパソコンやスマホをいじっているのに、それを研修だからと特別扱いして、過去の規範を押しつけるのも如何なものかと思います。
また、経験者として自らの体験から学んだ教訓やそれを実践でどのように活かせばいいのかといった成功の方程式、すなわち体験を伝えるのであれば、彼らの学びも多いと思います。しかし、「俺の若い頃はなぁ」と過去の体験をそのままに、教訓も経験も伝えられないとすれば、彼らには自慢話にしか聞こえません。それでは、育成はできません。
「本質おいては一致し、行動においては自由に、全てにおいては信頼を」
ドラッカーの著『経営者に贈る5つの質問』の一節です。まさに、本質を部下と語り合い一致する。後は信頼して、まかせておけばいいのです。そして、困ったことや助けを必要とするときが来たらすぐに行動するセーフティネットを提供する。そんな、係わり方こそが、新人を育てる心得ではないかと思っています。
自分で考えて行動できない若者が多くなったのではなく、このような現実を素直に受け入れられない大人達が多くなったことの方が、むしろ問題なのではと考えてしまいます。
また、これからの日本は、少子高齢化が加速し「若者が減る」社会になります。かつては、会社が若者を選別する時代でした。ところが、若者がすくなくなれば、若者が会社を選別する時代になるわけです。
先に紹介した「努力保証社会」の崩壊は、社会環境の問題ではなく、社会環境の変化に対応できない企業あるいは大人達の問題なのだということでしょう。
「働き方改革」の本質はこんなところにあるのではないでしょうか。単に物理的な就労時間を短縮することではなく、自らが働きたい、役に立ちたいを引き出し、充実した仕事の時間を提供することです。充実した時間は、例え物理的な時間が長かったとしても短く感じられるでしょう。そんな心の就労時間を短縮することこそ、「働き方改革」が目指すべきことではないでしょうか。それは同時に、成長の喜びを実感させ、生産性や品質を高めてゆき、若者を惹き付けます。
これは、若者やベテランが世代を超えて共有できる価値観です。新人の採用や育成についても、そんな「働き方改革」と一体に考えてみては如何でしょうか。
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー