「3年で10億円」の「新規事業ごっこ」
「3年後に10億円の新規事業を立ち上げて欲しい」
もし経営トップがこんなことを言っているとしたら、これはかなりヤバイ。
新規事業開発は、大変な取り組みだ。自分たちの経験やスキルの乏しい分野へ踏み込まなければならず、これまでの経験で培ったが勘が働かない。そういう仕事に「3年後に10億円」と言われても、できる見通しなど立つわけがない。経営トップの意気込みはわかるが、そんな意気込みだけを伝えられ、「後はおまえたちに任せるからよろしく!」と言われれば、さあどうしたものかと頭を抱えてしまうだろう。無責任な話しだ。
似たような話ではあるが、「デジタル・トランスフォーメーション事業を立ち上げて欲しい」や「サービス・ビジネスでの売上を拡大して欲しい」の類も同類である。漠然とした言葉だけで、何をすればいいか、いかなる課題を解決すればいいのか、何も示されることなく、現場に丸投げするのでは、現場は混乱し、前に進むことができなくなってしまう。また、業績評価基準もこれまで同様に売上と利益のままで、事業内容に連動した配慮がなされていない。人事考課も直属の上司の裁量に依存し、何をすれば自分は評価されるのか、給与やボーナスが増えるのか分からない。これでは、現場のモチベーションは上がらない。
このような根拠曖昧な「3年後に10億円」の類が制約事項になり、例えいいアイデアが生まれても「これで3年後に10億円は無理だろう」と排除されてゆく。これでは、いいアイデアなど生まれるはずがない。
「いまの事業を置き換えてしまうつもりで、考えて欲しい」や「業界の常識を覆してくれ!」というような言葉であれば、夢もあるし失敗しても、次につながる何かが残る可能性はある。しかし、「3年後に10億円」は、あまりにも生々しくリアリティがありすぎるので、どうしても発想が縮こまってしまう。そもそも、「3年後に10億円」は、提供する側の価値であり、お客さまの価値ではない。これでは、モチベーションも限定されるだろう。
例え「3年後に10億円」であっても、それに見合う予算的、人材的な手当を約束してくれるのであれば、まだチャンスもあるだろうし、意欲もわく。しかし、現実には、その約束もなく、経営トップの意気込みだけで新規事業プロジェクトが立ち上る。実行責任者には「お前は優秀だから」と"ありがたい"お言葉が与えられるだけで、この取り組みについての業績評価基準は示されず、結局は自助努力を求められることも多い。実行責任者が「本業」との掛け持ちであれば、自分の業績評価に直結する本業を優先させることは当然のことだ。むしろ、新規事業の責任を上乗せされて、それが重荷になり本業に支障をきたすかも知れない。
自社の命運を任される大変な仕事であるからこそ、任される人には強い意志が必要だ。これは、「やらされ仕事」ではとてもできるものではなく、本人が自らの責任と引き替えにやりたいと望む仕事でなくてはならない。経営トップも任せるならば自らの責任も覚悟し、信頼し、スポンサードを約束して任す必要があるだろう。
新規事業プロジェクトを進めてゆく上で大切なことは、KPIの設定だ。根拠のない「3年で10億円」ではなく、まずは現実的な目標値を設定すること。特に新規事業は、それが数字になるかどうかさえ曖昧なところからはじめなくてはならないから、本当によろこんで使ってくれるお客様を獲得することからはじめなくてはならない。理論上あるいは想像上のお客様ではなく生身のお客様を見つけ、そんなお客様からの評価を確実に積み上げながら、早い段階で少しでもいいので売上や利益を出すことを目指すべきだろう。
機能が不十分であったとしても、特定のお客様であれば、十分に貢献できる。そのお客様に使ってみたいと思っていだける「最低限で最高」を実装して実績を作る。そうやって実績を積み上げながら、機能の充実と完成度の向上を図り、顧客の裾野を拡大してゆく。
そうやって、数字が積み上がりビジネスの加速度と巡航速度がつかめてくれば、「いつまでに10億円を達成する」というKPIを設定してもいいだろう。
また、経営者の言う「これはうまくいきそうじゃないか」という発言は当てにしない方がいい。こういう言葉を使うときは、過去に似たような成功事例を知っている場合であり、新規性がない場合がほとんどだ。
確かに、以前であれば、そんな二番煎じでもチャンスはあったが、いまでは次の2つの理由で難しくなっている。ひとつは、成功の賞味期限が短くなっていることだ。先行企業の成功に学び、改良を加えて商品やサービスを開発しても、既に旬が終わっていることが多い。もうひとつは、顧客のニーズが細分化していることだ。新しい事業を成功させるには、細分化した顧客のニーズに個別最適化した商品やサービスを提供することが欠かせない。ここで勝負の鍵を握るのは、顧客の行動データでありそこから得られたノウハウだ。この点については、先行企業が圧倒的に有利な状況にある。
既にどこかで聞きかじりした狭い知見で、「これはうまくいきそうじゃないか」という意見を述べているとしたら、これはうまくいかないと言っているにも等しい。
「これは凄い」や「こんな話しは聞いたことがない」などの面白さや驚きこそ、新規性にふさわしい。そんな過去の成功体験や自分の経験則を超えたところに投資する度量をもたなくてはならない。
もちろん、失敗も多い。だから、まずは短期にカタチにして、実際に試してみる。そしてうまくいきそうならさらに投資をすればいい。ダメならば、改善点を探すのもいいが、さっさとやめて、新しいことに取り組めばいい。そんな試行錯誤を高速で繰り返しながら、成功の一手を探しつつけることが大切だ。
改めて、自分たちの取り組みを見直して見てはどうだろう。凄いことや面白いことをやっているだろうか、「3年で10億円」の類のくだらないKPIを設定していないだろうか。そうなっていたら、「新規事業ごっこ」に終わってしまう可能性は高い。
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー