「DXにはアジャイル開発が必要です。私たちはそのための人材を提供できます。」
あるSI事業者の経営幹部が、自社の事業戦略を語る中で、このような話しをされていました。私はその話を伺いながら、この会社は、「アジャイル開発」で、どのようにしてビジネス・チャンスを生みだそうとしているのか、疑問に思いました。
アジャイル開発の手法を身につけた人材を育て、これまで同様に工数として提供するビジネスを描いているのではないか。もしそうなら、これはあきらかに、アジャイル開発の本質からは逸脱しています。これでは、お客様の求めている期待からは、大きくそれてしまいます。
また、「アジャイル開発は、新しい開発手法」であり、私たちは、これに果敢に取り組んでいると言わんばかりでした。しかし、「アジャイルソフトウェア開発宣言」が世に出たのは、2001年です。もはや20年以上の歴史があります。
このような事実に無頓着なままで、「アジャイル開発」をビジネスに結びつけることは、難しいのではないかと、思ったわけです。
「アジャイルソフトウェア開発宣言」が世に出た2001年当時の日本では、ITは「社内業務の効率を高める手段」として、広く認知されていました。業務課題を可能な限り洗い出し、それを解決するためのプロセスを仕様書にまとめ上げ、これに従ってシステム開発することが当たり前だった時代でした。このような時代に、「アジャイル開発」の考え方を受け入れる必然性は、なかったのかも知れません。
その後、ITが「差別化や競争力を生みだす武器」として、このようなやり方では対処できないと理解されるようになっても、SI事業者は重い腰を上げませんでした。その理由として、次の2つのことが考えられます。
ひとつは、「工数を売る」ことが、収益の基盤であったSI事業者にとって、「ほんとうに使う、あるいは、ビジネスの成果に貢献するプログラムだけを作る」といったアジャイル開発の考え方は、受け入れがたいものでした。これは、「できるだけ作らない」ことを目指すわけですから、「工数を増やす」ことが事業目的になっているSI事業者にとっては、受け入れられるはずがありません。
ふたつ目は、一般的な受託開発では、「仕様書通りにプログラムを完成させ」、QCDを守ってこれを納品することがゴールになります。しかし、アジャイル開発のゴールは、「ビジネスの成果に貢献すること」です。そのためには、「顧客ニーズの変化に柔軟、迅速に対処するために、現場からの変更要求を積極的に受け入れる」ことを前提とします。これもまた、SI事業者してみれば、受け入れがたいことでもあるわけです。
しかし、「アフターデジタル」の世の中になり、ITは「リアルを支援する便利な道具」との位置づけから、「リアルを包括する仕組み」へと変わりました。すなわ、ユーザーやモノといったビジネスの接点がデジタルに置き換わり、私たちはデジタルを介してリアルな体験や価値を手に入れることが当たり前になりました。ビジネスは、ITを前提に組み立てなくてはなりません。ITとビジネスを一体のものと考え、ITを駆使してビジネスとしての価値を作り込むということになります。そのためには、システム内製の能力を持たなければ、生き残ることができないという危機感が、ユーザー企業には拡がりつつあります。
一方で、SI事業者にしてみれば、「工数」が売れなくなるので、これは、お客様が競合になることを意味します。また、お客様のニーズに答えるにも、圧倒的な技術力で支援できる能力もありません。そうなると、お客様は、「できる人材」を自ら採用して、内製チームを作るしかないわけです。
当然、これには限界があります。だから、SI事業者に支援を求めたいのですが、それができるSI事業者は限られます。そこで、お客様の社内で人材を育成する企業も増えてきました。ますます、お客様が競合になる構図が、築かれようとしているのです。
SI事業者にしてみれば、さすがにこれは看過できません。そこで、自らも「アジャイル開発」のスキルを持った人材を育て、お客様のニーズに対応しようとなったのでしょう。
しかし、仮に「アジャイル開発」の手法を身につけた人材を提供できたとして、お客様とビジョンを共有し、「ビジネスの成果に貢献する」、「できるだけ作らない」、「変更を積極的に受け入れる」という思想まで踏み込めているのでしょうか。この前提なくして、「アジャイル開発」は機能しません。
ちなみに、アジャイル開発のプラクティスを生みだすきっかけを作った竹内弘高氏と野中郁次郎氏の論文「The New New Product Development Game」が、リリースされたのは、1986年です。さらにその原点とも言える「トヨタ生産方式」については、その主導的な立場にあった大野耐一氏が、1978年に書籍として紹介しています。ただ、その内容は、戦後の復興期にはじまり、70年という歴史を背負っているのです。そこには、「必要な時に必要なものを高品質で無駄なく作る」ものづくりの思想が織り込まれています。アジャイル開発は、そんな思想の系譜を背負っています。
この思想的原点に向きあわないままに、手法としての「アジャシイル開発」に取り組んでも、お客様のビジネスの成果に貢献することは、難しいでしょう。
アジャイル開発に取り組むとは、思想と手法のセットです。それを実際のビジネスに結びつけたいのなら、「思想と手法」を携えた人材を、お客様の内製チームに参加させ、同じビジョンを共有してビジネスの成果に貢献することが、現実的なやり方のような気がします。
冒頭のSI事業者の経営幹部の「DX戦略」からは、「アジャイル開発のニーズがあるから、その手法を身につけた人材を提供し、工数で稼ごう」ということのようでしたが、これでは、お客様のニーズに応えることは、難しいように思います。
お客様のITへの期待が変わりつつある中で、SI事業者への期待も変わりつつあります。ここに取り上げた「アジャイル開発」は、その象徴的な事例に過ぎません。その背後にある、本質的な変化に目を向けるべきでしょう。冒頭のような「既存の延長」上に、「アジャイル開発」という化粧まわしをまとうのではなく、新しい時代のニーズに目を向けて、会社そのものを作り変える覚悟が求められているような気がします。そこに踏み込んでこそ、SI事業者のDX戦略だと思います。
DX疲れにうんざりしている。Web3の胡散臭さが鼻につく。
このような方もいらっしゃるかもしれませんね。では、伺いたいのですが、次の3つの問いに、あなたならどのように答えますか。
- DXとはこれまでのIT化/コンピューター化/デジタル化と何が違うのでしょうか。
- デジタル化やDXに使われる「デジタル」とは、ビジネスにとって、どのような役割を果たし、いかなる価値を生みだすのでしょうか。
- Web3の金融サービス(DeFi)で取引される金額はおよそ10兆円、国家が通貨として発行していないデジタル通貨は500兆円にも達し、日本のGDPと同じくらいの規模にまで膨らんでいます。なぜ、このような急激な変化が起きているのでしょうか。
言葉の背景にある現実や本質、ビジネスとの関係を理解しないままに、言葉だけで議論しようとするから、うんざりしたり、胡散臭く感じたりするのかもしれせん。
ITに関わり、ビジネスに活かしていこうというのなら、このようなことでは、困ってしまいます。
ITソリューション塾は、ITの最新トレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、その背景や本質、ビジネスとの関係をわかりやすく解説し、どのように実践につなげればいいのかを考えます。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
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- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
- 期間:2023年2月16日(木)〜最終回4月26日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週(原則水曜日) 18:30-20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
- 内容:
- デジタル・トランスフォーメーションの本質と「共創」戦略
- ソフトウェア化するインフラとクラウド・コンピューティング
- DXの基盤となるIoT(モノのインターネット)と5G
- データを価値に変えるAI(人工知能)とデータサイエンス
- おさえておきたい注目のテクノロジー
- 加速するビジネス・スピードに対処する開発と運用
- デジタル・サービス提供の実践
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- 経営のためのセキュリティの基礎と本質
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