カリフォルニア大学の教授 David J. Teeceらは、不確実性が高まる時代にあっては、「世の中の変化に合わせて、すばやく社内・社外にある能力をうまく統合、再構成できる適応力」が必要であるとし、これをダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capability)と呼びました。
彼らは、ダイナミック・ケイパビリティを実現するには、次の3つの能力が必要であるとしています。
- 従業員が素早く学び、新しい資産を構築する能力
- 「ケイパビリティ(変化に対処できる適応力)」「技術」「顧客からのフィードバック」などの戦略的資産を統合する能力
- 価値が低くなった現在の経営資源の変換や再利用をする能力
不確実性が高まる時代にあっては、変化への「適応力×スピード」を高めなくてはなりません。そのための手段として、デジタルが大きな役割を果たします。ただし、デジタルだけで解決できることではないことも理解しておく必要があります。組織の振る舞いや人の考え方が変わらなければ、手段が迅速・柔軟になっても「適応力×スピード」は、高まりません。
DXとは、このようなデジタルを前提としたダイナミック・ケイパビリティの獲得と言えるでしょう。当然に、組織の文化や体質への変革を意味しています。AIやIoTなどの流行のデジタル・テクノロジーを駆使して新規事業を生みだすことと同義ではありません。なぜなら、デジタル・テクノロジーは、これからも発展し変わり続けるからです。その結果、競争原理は変化し、顧客が求める価値も変わり続けます。この変化に対処するために手段であるデジタル・テクノロジーも変わらなければならないし、新規事業もまた変化に対処するための手段として、生みだし続けなくてはなりません。テクノロジーも新規事業も目的にはなり得ず、手段に過ぎません。
たしかにAIやIoTなど、いまでこそ注目をされていますが、3年先、あるいは5年先には、このようなキーワードは、もはやコモディティとなって、大騒ぎすることはなくなっているでしょう。「DX」という言葉も、やがては当たり前になり、使われなくなるかもしれません。また新たなキーワードが出現し、同様の変化が繰り返されるだけです。
そんな変化を当たり前と受けとめ、俊敏に、そしてダイナミックにビジネス・モデルやビジネス・プロセスを変化させ続けることができる企業の文化や体質へと変わってゆかなくては、企業を存続させることはできません。
DXとは、そんな変化に俊敏に対応できる企業文化を醸成し、これを維持し続けることです。DXを「実現する」とは、このような企業になることであって、手段である流行のデジタルを使うことでもなければ、新規事業を興すことでもないのです。
このチャートは、テクノロジーの "いま"を切り取ったスナップショットです。何年か先には、違うものに描き換えられているでしょう。それでも、"いま"と少し先の"これから"を考える上では、役に立つはずです。そして、こういうキーワードが入れ替わっても動じることなく、自分たちのビジネスにダイナミックに組み入れてゆこうと、ただちに行動を起こすことができる適応力をもつことが、DXの目指すことではないでしょうか。
「DXの実現に貢献します」や「DXパートナーを目指します」といった、言葉が、ITベンダーのホームページに掲げられています。しかし、上記のような意味合いでDXと言う言葉を使っている企業はどれほどあるのでしょうか。「自社製品やサービスを使うこと=DX」と言っている企業もあるように思えます。
なぜなら、DXの冠を掲げたイベントを開催し、はじめこそ「DXとは」の話は出てきますが、結局は自社製品やサービスの紹介に留まっていますし、「この製品を使って御社の業務をDX化しましょう」といった、なんともいかがわしいことを言う営業も少なくないからです。
「自社製品やサービスを使うこと」は手段であって、その先に、いかなる顧客価値を創出するのかを示せていないのです。つまり、手段を使うことが目的化しており、いかなる変革を目指すのかという目的、あるいは、お客様が目指すべき「あるべき姿」が示せていません。
手段の重要性を否定するつもりはありませんし、それを使うことで、デジタルの価値を体感し、デジタル体質とでも言うべき意識を醸成することは、大いにあると思います。ただ、それがDXではないはずです。
そんな、DXの本質を問い続け、お客様と対話し、お客様のビジネス変革の先の「あるべき姿」を一緒に見出してゆくことを、SI事業者やITベンダーには、求められているように思います。
AIで何ができるのかを知ることは、大切なことだと思います。しかし、それらを「知る」目的は「使うこと」ではありません。事業課題の解決や戦略の実践のための「手段の選択肢を増やす」や「現時点で最も有効な手段を見つける」、「判断や選択の視点を多様化する」ためです。
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