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新しいことに興味がありません、これと言って知りたいこともありません

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「基本的に新しいことに一切の興味がありません。特にこれと言って知りたいことがあるわけでもありません。」

ある大手SI事業者での最新ITトレンドの研修に際し、「今日の講義で知りたいことを掲示板に書き込んで下さい」とお願いしたら、こんなコメントを頂きました。

他の受講者からも「Web3とイーサリアムの関係を知りたい」といった自分で調べれば直ぐに分かる質問や、「ITのいまの常識を知りたい」といった漠然とした質問も多く、書けと言われて、体裁のために書いたというような感じで、なんともやるせない想いになりました。

イノベーションの急速な発展により、決まり切ったルーチンの仕事はなくなり、多くの人たちが仕事を失うことになるのは、もはや避けることのできない現実です。そんな現実に危機感を持っていないのでしょうか。余計なお世話かも知れませんが、心配になってしまいます。

私たちの常識は根底から揺らいでいます。いままでの当たり前が、通用しない時代になろうとしています。この現実に気がつき、自ら問いを発し、探求することができなければ、生きづらい世の中になりつつあります。それができる、できないで、社会格差が広がっていくでしょう。DXやイノベーションが、これほどまでに、世間の耳目を集めるのは、そんな時代に対処するための能力を企業が持たなければならないという危機感が背景にあるからです。

ところで、この会社のホームページには、経営者の言葉として、「お客様のDXに貢献します」や「お客様のイノベーションを支援します」といったメッセージが掲げられています。経営者の想いは、十分には、現場には届いていないようです。

ただ、これを個人の資質の問題と捉えるのは早計です。これまでの企業教育のスタイルは、自分たちの事業に都合のいい人材を、低コストで大量に生産することに主眼が置かれてきました。いまの事業を持続させ、効率化させることが重視されてきました。新しいことは、余計なことであり、そんなことに興味を持たずに、いまの仕事のパフォーマンスを挙げることを求められてきたひとたちにとっては、このような発言は、ごく自然なことなのかも知れません。

そんな教育を受けてきた人たちに、常識を逸脱して変革せよ、イノベーションを生みだせ、新規事業を立ち上げろ、と求めても無理な話かもしれません。

私が、日々の講義の中で心がけているのは、「自分たちの常識が、社会の常識とどれほどかけ離れているか」に気付いてもらうことです。

例えば、上記研修は、Zoomを使ってのオンライン講義でしたが、VPN経由でVDIを使っているために不安定になるのでカメラはOFF、しかも、セキュリティ対策(?)のためにメッセージは使用できない設定でした。ITを活かして、お客様の事業価値に貢献しようという会社が、ITの価値を毀損しているのです。

講義の中で、クラウドやゼロトラスト・ネットワークの話をしながら、このようなzoomの使い方は、世間の非常識であることを伝えましたが、「会社のやっていることなので仕方がない」といった他人事のような雰囲気でした。

この会社ばかりではありませんが、他にも、一般使われているファイル交換サービスが使えず、PPAPzip暗号化添付)を未だに使っている。使えるクラウド・サービスが、"極めて"限定されている。個人のPCやスマホを仕事で使えないなどは、よく聞く話しです。

お客様のDXやイノベーションもいいのですが、まずは、世の中で当たり前にできることを、自分たちができるようになることから、取り組む必要があるように思います。

こういう企業に共通する風土として感じるのは、心理的安全性の欠如です。

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「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」

周囲の反応に怯えたり、羞恥心を感じたりすることなく、自分自身が自然な状態でいられる環境があること。

組織内で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態があること。

このチーム内では、メンバーの発言や指摘によって人間関係の悪化を招くことがないという安心感が共有されていること。

組織の全員が、いまの現実に危機感がないわけではありません。現実を何とかしなければと、自助努力を重ねている人もいるはずです。しかし、上記のような心理的安全性がない組織では、「組織の常識」に反するような発言は、なかなかできず、個人の学びが、組織の学びになりません。

結局、暗黙の了解やいつものやり方、体面や組織の調和が優先され、「社会の常識」との乖離を埋めるスピードを遅らせてしまいます。これが累積し、やがては外部からの批判や事故、優秀な人材の流失といった「見えるカタチでの痛み」となって、変革への組織の空気が醸成されます。そうなってやっと経営者が重い腰を上げるとことを繰り返しています。結果として、ますます世間の常識との乖離を拡大しているのです。

このネガティブ・スパイラルをどこかで断ち切らなければなりません。それこそが、経営者の役割なのでしょう。

「基本的に新しいことに一切の興味がありません。特にこれと言って知りたいことがあるわけでもありません。」

このような発言ができる受講者の素直さと正直さは、称賛すべきかも知れません。たぶん、この方と同様の考えの持ち主は、もっと沢山いるのでしょう。ただ、そんなことを言うのは、場にふさわしくないと躊躇された方もいらっしたのでしょう。

こういう多様性を受け入れられる企業というのは、素晴らしいことなのかも知れませんが、企業としての価値を高めていくには、足かせになるでしょう。

このような発言を一個人の問題と捉え手はいけないように思います。会社の組織風土や文化の問題として、真摯に向き合うことが必要かも知れません。

2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1

目次

  • 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
  • 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
  • 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
  • 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
  • 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
  • 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
  • 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
  • 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
  • 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
  • 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
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