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飛脚にGPSを持たせる企業のなんと多いことか

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「稼働率も上がって、人手不足で困っているくらいです。」

そんな言葉を幾度となく耳にしてきました。当然のことですが、ITの需要がなくなることはありませんし、むしろ需要は拡大しています。だから稼働率も上がり、人手不足になるのは当然のことです。しかし、見方を変えれば、人数、すなわち「労働力」に依存したビジネスの限界が見えていることを示しています。

稼働率は上がっても利益率は上がらない。売上を伸ばすにも、人手が足りないので伸ばせない。残業をさせるにも、働き方改革で稼働時間を増やせない。いまは「何とかなっている」としても、工数ビジネスに伸び代がないことは明らかです。表に見える現象にとらわれて、本質的な変化を見誤らないようにしたいものです。

ビジネスの価値を「労働力」に頼ってきた日本のSI事業者と、「知識力」に価値を見出し、急速な成長を遂げてきたBig Techなどのデジタルネイティブたちとの違いを改めて垣間見ることができます。「知識力」に頼る彼らは、稼働率は変わらなくても、あるいは稼働率を下げても、何倍にもパフォーマンスを高め、高い利益率を維持しています。求めるビジネス価値の違いが、この格差を生みだしています。工数の需要に応えるビジネスではなく、事業や社会の価値を創出するビジネスにこそ、大きな伸び代があることを、この現実は教えてくれています。

ビジネスの主役が「モノ」から「サービス」へと変わったいま、そのサービスを実装するソフトウェアを、顧客や現場のフィードバックに直ちに応じてアップデートし続けなければ、顧客を維持できません。だから、アジャイル開発やDevOpsが必要となっています。また、構築や運用の負担から解放され、ビジネスを差別化するアプリケーション・ロジックにリソースを集中させたいから、PaaSやサーバーレス/FaaS、コンテナ、マイクロサービス・アーキテクチャーなどの需要が拡大しています。付加価値を生みださないインフラの構築や運用にリソースを割きたくないと考えるのは自然なことです。このように、ユーザー企業のITニーズは、一昔前とは、大きく変わっています。

しかし、このニーズの変化に、SI事業者は応えられないでいます。だから、自分たちで「できる人材」を採用し、内製化するしかないとユーザー企業は考えているのです。そんなユーザー企業の内製化の動きを「脅威」と捉えているとすれば、なんとも残念な話しです。

SI事業者が、「できる人材」をユーザー企業に提供できないのだから、内製化するしかありません。もし、SI事業者が、この変化に対応してビジネスのきっかけを見出したければ、圧倒的な技術力で、ユーザーの内製を支援することでしょう。そんな視点や戦略を持たずして、ユーザー企業の内製化を「脅威」と捉えているとすれば、甚だしい時代錯誤です。

ならば、アジャイル開発の研修を受講させ、スキルを身につけさせて、内製化の支援要員として労働力を提供すればいいと考える企業もあります。しかし、お客様が求めているのは、そのような「労働力」ではありません。「事業の成功」とは何かについてビジョンを共有し、「事業の成功」のために、チームの一員として、最善を尽くすというマインドセットと圧倒的な技術力がそなえた「パートナー力」、あるいは「教師力」です。そういう人でなければ一緒にやってもらおうとは思わないでしょう。

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電子メールやSNSが登場し、飛脚の需要がなくなりそうなので、飛脚にGPSを持たせて、いまどこにいるのかが分かるようにしよう。そんな話とどこか似ているようにおもいます。求めている価値が変わってしまったのに、未だ従来のやり方の延長線上にビジネスの可能性を見出そうとしても、ユーザーには、受け入れてはもらえません。

このような状況に変化を促すいい傾向もあります。それは、「労働力」に頼る企業から、優秀な人材がどんどんと流出していることです。彼らは、新しいテクノロジーの常識を持ち、それを活かすスキルを磨いてきた人たちです。もちろん会社の仕事とは違うので、独学で、あるいはコミュニティで、自発的に「知識力」を鍛えてきたのでしょう。

そういう人たちが、新しい時代を興そうとするベンチャーやITを武器に事業の差別化を図ろうとする事業会社に転職しています。あるいは、自ら起業する人たちもいます。外資系のIT企業に転職し、いまの世界の当たり前を日本に広めようとしています。日本が変わる原動力になろうとしている人たちが増えてきています。

優秀な人材は、転職することを厭わないし、「転職するやつは社会人としての常識に欠けている」といった価値観も、もはや過去のものとなりました。産業構造の転換を促す自浄作用が働き始めたようです。

なぜ「優秀な人材」は流出するのか。それは、そのほうが「楽しいから」です。新しい技術を楽しみ、社会もそれを求めている。楽しみながら社会にも貢献できるから、そんな機会を求めて流出するのです。そして、新しいテクノロジーを楽しむ人たちが、つながってゆきます。

見方を変えれば、新しいテクノロジー人材のコミュニティが生まれ、それが、「メタ企業」ともいうべき、バーチャルな企業体を形成しているようにも見えます。そんなメタ企業には、時代を先取りした「企業」も参加していますが、彼らはメタ企業の「部門」であって、そんな部門間の異動を繰り返すようなことが起こっています。1つの会社という閉鎖的な文化に留まるのではなく、オープンな「メタ企業」の中で人材が流動し、優秀な人材に機会を与え、育ててゆく。そんな「メタ企業」が、IT業界の新しいカタチになっています。

飛脚にGPSを持たせることではなく、電子メールやSNSを前提に、これまでのビジネスを作り変える。そんな考え方をしなくてはいけないように思っています。

2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1

目次

  • 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
  • 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
  • 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
  • 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
  • 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
  • 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
  • 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
  • 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
  • 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
  • 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
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