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イノベーションとは何か:デザイン思考、オープン・イノベーション、DXについても

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「イノベーション」という言葉が、賑やかに語られています。「イノベーションを生みだそう!」、「イノベーションで社会に貢献する。」、「イノベーションが成長の原動力だ!」など、企業のホームページやメディアで盛んに登場しています。しかし、「イノベーションとは何か」を十分に理解して、この言葉を使っているのでしょうか。

イノベーションとは「新結合」によってもたらされる「創造的破壊」である

「イノベーション」を、「新技術を発明すること=技術革新」と理解されている方は、少なくないように思います。そこまで明示的ではないにせよ、なんとなくそんなことじゃないかと考えている人も多いのでは無いかと思います。しかし、本来の意味は次のようになります。

新しい組合せによって、これまでにない価値を創造し、不可逆的な行動変容をもたらすこと

例えば、スマートフォンを考えてみましょう。スマートフォンが広く普及するきっかけとなったのは、2007年のiPhoneの発売です。2008年、Android携帯も発売され、いまでは、スマートフォン無しの生活には戻れないと感じる人も多いはずです。まさに不可逆的な行動変容が起きてしまったわけです。

しかし、スマートフォンのさきがけとなったiPhoneは「新技術」によってできあがっていたわけではありません。それ以前からあった、iPod、携帯電話、PCなどの技術要素をそれ以前にはなかった着想で組み合わせて作られたものであり、決して「新技術」だけでなり立っていたわけではありません。

iPhoneは、上記に示したイノベーションの典型的な事例と言えるでしょう。

技術革新だけならイノベーション(innovation)ではなく発明(invention)です。また、イノベーションのことを、「技術革新」と技術に限定して使われたのは1958年の『経済白書』においてでした。

その当時の日本経済は、まだ発展途上にあり、技術を革新すること、あるいは改良することがきわめて重要視されていた時代であったことを考えれば、経済発展は技術によってもたらされると考えるのが普通であったのかもしれません。しかし、成熟した今日の日本経済においては、技術に限定しすぎた受け止め方が、新たなイノベーションの妨げになっているといえるかもしれません。

innovationの語源を調べると15世紀のラテン語innovatioに行き着きます。inは「中へ」、novaは「新しい」、これらを組み合わせて、自らの内側に新しいものを取り込むという意味になるのだそうです。

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これに上記のような意味を与えられたのは、20世紀前半に活躍した経済学者シュンペーターです。彼は1912年に著した『経済発展の理論』の中で、イノベーションを「新結合(neue Kombination/new Combination)」と呼び、以下の5類型に分類しています。

  • 新しい財貨の生産 プロダクト・イノベーション
  • 新しい生産方法の導入 プロセス・イノベーション
  • 新しい販売先の開拓 マーケティング・イノベーション
  • 新しい仕入先の獲得 サプライチェーン・イノベーション
  • 新しい組織の実現 組織のイノベーション

イノベーションとは、以上の5つに分類される変革を実現するための新しい「結合」であり、それは新しい価値の創造、社会での活用・普及につながり、社会的な新しい価値を生み出すプロセスだと説明しています。

少々おこがましいのですが、いまの時代を考えれば、新しい体験の創造による 「感性のイノベーション」も付け加えるべきかもしれません。例えば、先に紹介したiPhoneのようにユーザー・エクスペリエンス(UX)が、新たな経済的価値を生み出し、世の中の変革を促す時代になりました。それは、技術や機能だけではなく、デザインや利用シーン、それまでにない体験の創造が購買行動に大きな影響を与え、新しいライフスタイルを生み出す現象です。そう考えると感性もまたイノベーションのひとつの類型に入れてもいいように思います。

シュンペーターは、「イノベーションは創造的破壊をもたらす」とも語っています。彼は、新たな効率的な方法が生み出されれば、それと同時に古い非効率的な方法は駆逐されていくと説いています。そして、その典型として、イギリスの産業革命期における「鉄道」によるイノベーションを取り上げ、次のように紹介しています。

「馬車を何台つなげても汽車にはならない」。つまり、「鉄道」がもたらしたイノベーションとは、馬車の馬力をより強力な蒸気機関に置き換え多数の貨車や客車をつなぐという「新結合」がもたらしたものだというのです。

鉄道で使われた技術要素は、ひとつひとつを見てゆけば必ずしも新しいものばかりではありませんでした。例えば、貨車や客車は馬車から受け継がれたものです。また、蒸気機関も鉄道が生まれる40年前には発明されていました。つまり、イノベーションとは新しい要素ではなく、これまでになかった新しい「新結合」がもたらしたものだというのです。

この「新結合」によって、古い駅馬車による交通網は破壊され新しい鉄道網に置き換わってゆきました。それが結果として、産業革命という新しい社会価値の変革を支えるものになったというのです。

「新結合」によって、「創造的破壊」つまり「不可逆的な行動変容」が起こり、もはや鉄道のない社会には戻れないという状況を生みだしたわけです。

イノベーションを生みだすアントレプレナー

そんなイノベーションを生みだす役割を担うのが「アントレプレナー(Entrepreneur)」です。「アントレプレナー」とは、日本では起業家と訳されますが、より広い意味で「市場に変化と成長を起こす人として、新しい発想の創出、普及、適用を促す人、チャンスを積極的に探って、それに向かって冒険的にリスクを取る人」という意味で使われています。

つまり、アントレプレナーが、これまでにない新しい発想で既存の組織や事業などの経営資源を組み替え、新しい組み合わせを実現する取り組みがイノベーションということになります。

つまりイノベーションを起こすとは、アントレブレナーの存在が前提であり、組織を大幅に刷新し、仕事のやり方を大胆に変え「創造的破壊」を生みだすことでなくてはなりません。しかし、我が国に於いては、イノベーションと称し、既存の組織や伝統的な仕事の仕方には手をつけず、「創造的破壊」を避けて「イノベーションのまねごと」で終わらせている企業が多いのが現実ではないでしょう。

DXもまた、既存のビジネス・プロセスやビジネス・モデルの創造的破壊であろうと思います。つまり、「ビジネスのイノベーション」というわけです。そういう視点無くして、DXの実践は、実効性を伴うことはありません。

「デザイン思考」だけではイノベーションは起こせない

「デザイン思考」という言葉を、最近はよく聞くようになりました。それが目指すところや方法論には、なるほどと感心させられます。自分たちの既成概念を断ち切り、「あるがまま」を受け入れることから物事を捉え直すという思考方法は、新たな気付きを生みだす有効な手段となるはずです。しかし、これらを使えばイノベーションが生み出せるわけではありません。

イノベーションを生み出すための原点は、「何としてでも解決したい」、「どうしても実現したい」何かを持っているかどうかです。そのことへの飽くなき好奇心であり、こだわりであると思います。端的に言えば、「好きか嫌いか」であり、このテーマに取り組むことが、「大好きでたまらない」という感情があるかないかです。

そんな感情を持たずに、方法論として、「デザイン思考」を使ったところで、イノベーションは生まれません。

「大好きでたまらない」という思いこみがあるからこそ、「デザイン思考」と言う方法論が、新しい気付きを与え、どう行動すればいいのかの筋道を示してくれます。また、既成概念でガチガチな人たちの常識を覆し、抵抗勢力を打ち崩す原動力でもあります。そんな取り組みの成果が、世のため人のためになったときに、人はそれを「イノベーション」と呼ぶのでしょう。

オープン・イノベーション

ハーバード大学経営大学院の教授だったヘンリー・チェスブロウ(Henry Chesbrough)によって提唱された概念です。組織内部のイノベーションを促進するため、企業の内外で技術やアイデアの流動性を高め、組織内で生みだされたイノベーションを組織外に展開し、それを繰り返すことで大きなイノベーションを生みだすことを意味します。

チェスブロウはオープン・イノベーションに相対する概念として、自前主義や垂直統合型の取り組みを「クローズド・イノベーション」と名付けました。こうした手法は競争環境の激化、イノベーションの不確実性、研究開発費の高騰、株主から求められる短期的成果への要求から困難となり、社外連携を積極活用するオープン・イノベーションが必要になったとしています。

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「イノベーション」という言葉が、一人歩きし、十分な理解や考察がないままに使われています。「DX」や「AI」といった言葉も、同様の状況に置かれているように思います。これでは、その言葉が意図する価値を体現することはできません。

もちろん、以上の解釈は私のオリジナルではありません。それぞれの専門家たちの解説を私が説明しやすいように整理し直しただけのことです。結果として、自分が理解を深めることにもなるし、少しは皆さんのお役に立てるかも知れないと思っています。

2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1

目次

  • 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
  • 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
  • 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
  • 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
  • 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
  • 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
  • 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
  • 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
  • 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
  • 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
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