DXの理解を阻む3つの曖昧
「DX」が、これまでも喧伝してきた「ITの戦略的活用」や「ビジネスのデジタル化」と何が違うのでしょうか。新しい化粧まわしを掲げただけではありませんか。
「DXとは、デジタル前提の社会に適応し、事業を維持し、業績を改善するために、仕事の仕組みや働き方、企業の文化や風土を変革すること」
経済産業省のDXレポート(2018)では、DXを次のように定義しています。
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」
他にも、様々な説明がされていますが、概ね共通しているのは、次の3点です。
- デジタル・テクノロジーの進展により産業構造や競争原理が変化し、これに対処できなければ、事業継続や企業存続が難しくなる。
- だから、デジタル・テクノロジーの進展を前提に、競争環境 、ビジネス・モデル、組織や体制の再定義を行い、企業の文化や体質を変革しなければならない。
- すなわち、DXとは、デジタルがもたらした社会やビジネス環境の変化に対応して、ビジネス・プロセスやビジネス・モデルを変革することである。
このような理解が、十分に浸透しないのは、DXを理解する上で重要な、次の3つの違いを曖昧なままにしているからではないでしょうか。
1 「デジタルを使う」と「デジタルを前提とする」との違い
デジタル・テクノロジーの進展により、人々の価値観や人間関係のあり方は大きく変わりました。また、情報の伝達やコミュニケーションは一瞬に行われ、顧客の期待やニーズはめまぐるしく変わります。これに対処し、産業構造や競争原理を変え続けなければ、事業継続や企業存続が難しくなりました。このような「デジタルを前提」とした社会で、私たちはビジネスを営まなくてはなりません。
もちろん、この状況に対処するには、「デジタルを使う」ことは、有効な手段ですが、それが目的ではありません。
「デジタルが前提」の社会では、変化に俊敏に対応できる圧倒的なビジネス・スピードが、企業存続の条件となります。そのためには、現場に権限を委譲し、自律したチームによる即決・即断・即行ができなくてはなりません。そのためには、徹底してビジネス・プロセスを見える化し、進捗や情報をオープンに共有できなくてはならないでしょう。どこにいても、どのような状況にあっても、お互いの信頼と心理的安全性に支えられたコミュニケーションができる人の考え方や組織の振る舞いができるようにならなくてはなりません。そのために、デジタルを使うのです。
「デジタルを使う」ことはあくまで手段であり、目的ではありません。「デジタルを前提」にした考え方や振る舞いができる企業の文化や風土へと変えてゆくことが目的です。
2 「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」との違い
「デジタル化」という日本語に対応する2つの英単語がある。ひとつは、「デジタイゼーション(digitization)」です。デジタル技術を利用してビジネス・プロセスを変換し、効率化やコストの削減、あるいは付加価値を向上させる場合に使われます。
もうひとつは、「デジタライゼーション(digitalization)」です。デジタル技術を利用してビジネス・モデルを変革し、新たな利益や価値を生みだす機会を生みだす場合に使われます。
これら2つのデジタル化を、どちらが優れているかとか、どちらが先進的かなどで、比較すべきではありません。どちらも、必要な「デジタル化」です。しかし、目指すべきゴールが違います。
問題は、これらを区別することなく、あるいは、両者を曖昧なままに、「デジタル化」にとりくんできたことでしょう。前者は、既存の改善であり、企業活動の効率を高め、持続的な成長を支えます。一方後者は、既存の破壊であり、新たな顧客価値や破壊的競争力を創出します。
DXが我が国で注目されるのは、「デジタイゼーション」に偏りがちだったこれまでのデジタル化から、「デジタライゼーション」とのバランス、あるいは、重心のシフトを模索する動きであると捉えることができるかも知れません。
ただ、「デジタライゼーション」=DXではありません。「デジタルを前提」にした企業の文化や風土へと変革してゆくことができなければ、「デジタライゼーション」は進みませんし、そもそも、そんなことに取り組むことの意義も見いだせないでしょう。
3 「プロフィットを追求する」と「パーパスを追求する」との違い
ドラッカーの有名な言葉の一つに「事業の目的は顧客の創造である」という言葉があります。これは、社会的存在としての企業が、商品やサービスの提供というカタチを通して、顧客のニーズを満たし、顧客を創り出していくことです。つまり、自らのパーパス(Purpose)すなわち存在意義を追求し、これを事業というカタチを通して実現することと言い換えることができるでしょう。
コロナ禍によって、私たちは、改めてこの問いを突きつけられているのではないでしょうか。そういう時代にあっても、揺るがない企業の存在意義は何か。そんなパーパスを貫くことができるかどうかが、企業が存続を左右します。
企業がプロフィット(利益)を求めることは、当然です。しかし、コロナ禍によって、これまでうまくいっていたからと同じやり方で、利益を求めても、直ぐに通用しなくなってしまいました。だからこそ、企業は自らのパーパスを問い続け、それを社会に提供する方法を時代に合わせて変化させつづけるしかありません。利益とは、パーパスを貫らぬきつつ、やり方をダイナミックに変化させ続けることで、結果としてもたらされるものになったのです。
DXは、このパーパスと切り離して考えることはできません。つまり、自分たちのパーパス/存在意義を貫くために、圧倒的なスピードを獲得し、ビジネス・プロセスやビジネス・モデルをダイナミックに変化させ続けることができる企業へと変革することが、DXなのだと思います。
- 「デジタルを使う」と「デジタルを前提とする」
- 「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」
- 「プロフィットを追求する」と「パーパスを追求する」
DXに取り組むには、これら3つの違いを意識し、自分たちの解を求め続けることが必要です。そうすれば、DXは、ただのバズワードではなくなり、これからのビジネスのあり方を示す、道標になるのではないかと思います。
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー