あなたは「検索エンジン」に留まってはいないか
あるITベンダーの営業とお客様に同行したことがあります。頑張ってはいるようだが、なかなか成果をあげられない営業をコーチングして欲しいとの相談を請けたからです。
同行すると、彼は、お客様の質問に、直ちに答えていました。そのために、彼は、いつも分厚いバインダーを持ち歩き、そこにあらゆるパンフレットや説明資料を、整理して差し込み、お客様の話しに応じて、すかさず関係しそうな資料を取り出し説明していたのです。よくもこれだけ丁寧に準備したものだと感心しましたし、その手際の良さは、なかなかのものでした。
そんな、マメな営業なのに、なぜか業績が上がりません。同行して、その理由がわかりました。それは、お客様にとって「検索エンジン」に過ぎないからでした。
お客様としては、話をするだけで、その言葉を自動で解釈し、関係しそうな情報を直ぐに提供してくれる便利な存在です。Googleよりも、インテリジェントで使い易い検索エンジンです。
しかし、彼の提供する回答は、「準備された答え」の範囲でしかありません。実際に、現場で、彼とお客様との対話を聞いていると、そのやり取りが、ずれていることがわかりました。
「事業規模が拡大し、海外への展開も始まりました。そのため、経理や財務、あるいは業績の把握に手間取り、何とかしなければと、考えています。」
「ならば、このERPパッケージを使うといいかもしれません。このパッケージには、次のような機能があり、・・・・」
確かに、ERPパッケージは、このような課題を解決する有効な手段になるでしょう。しかし、それ以前の話しとして、何が、課題の本質なのかを、彼は問おうとしないのです。
人手が足りないのかも知れません。あるいは、業績の拡大にともない小規模なときのどんぶり勘定的管理基準が、うまく機能しなくなったのかもしれません。海外拠点の税務や会計のルールが、そのまま日本では通用せず、その変換に手間取っているのかも知れません。これらが課題の本質であれば、ERPパッケージ以前の話しであり、まずは、その課題の解決に取り組むべきでしょう。
さらに、推し進めて考えれば、彼らは、将来に向けて、どのような事業戦略を描き、これからどうしようとしているかによっても、解決策は変わってきます。そのような、ことに関心を持たず、質問もせず、用意してきた資料を説明するだけでした。
確かに、お客様にしてみれば、参考になる資料が手に入るという点で、役に立つ営業ですが、それ以上のものではありません。当然、お客様は、他の「検索エンジン」も利用して、結論を出すための材料を集め、判断を下すことになります。
一般に課題というのは、多様な背景を抱えています。それを踏まえて、解決すべき優先順位をあきらかにし、ツールだけではなく、組織や体制、ルールや働き方なども考慮して、最善の解決策を導き出さなくてはなりません。
彼の答えは、用意してきたERPパッケージしかありません。仮に、ERPパッケージを使うことが、有効な解決策になるにしても、他にもパッケージの選択肢はあります。そのなかで、上記のような諸事情を踏まえた結果として、やはり自分の提案するパッケージが良いという理屈であれば、意味があるかも知れません。しかし、彼は、このパッケージには、どんな機能があり、他社よりはこんな点が優れているということしか話しません。しかし、それがこのお客様にとって、なぜ必要かは、ひと言も語られることはありませんでした。
お客様は、自分の課題の本質がどこにあるかを整理できていませんでした。どのように優先順位を付ければ良いかも迷っていました。つまり、自分にとって、何が必要なのかを理解できないままに、一方的に製品の説明をされて、困惑していることが、お客様の表情から読み取れました。そんなことにもお構いなしに、ただただ、自分の伝えたいことだけを伝えているのです。
それが営業の仕事だと思っていたのかもしれません。「インテリジェントな検索エンジン付きの可動式パンフレットラック」でしかないことに、気付いていなかったのでしょう。
だれも、検索エンジンを相手に「何が自分の課題なのか、何を解決すべきかを教えて欲しい」とは相談しません。それと同じで、彼は、お客様に相談されませんでした。つまり、お客様の「よき相談相手」としての信頼を得られなかったのです。これでは、案件を生みだすことはできません。
営業という仕事の本質は、お客様の「是非とも手に入れたいとの気持ちを引き出すこと」です。製品やサービスの機能や性能の素晴らしさを伝えることではありません。「なるほど、これならば自分の課題を解決できる」との納得と、ぜひやりましょうとの決心を引き出すことです。お客様は、そんな助けを求めているのです。
ならば、お客様の状況に関心を持ち、共感し、お客様の課題を一緒になって、とことん突き詰め、その本質に迫り、納得できる解決策はこれだと、お客様に気付かせることが大切なのです。一方的に「これが一番良いやり方だ」と押しつけることではなく、相手がどうしても、こうやりたいという気持ちを引き出すことです。彼には、そんな営業という仕事の本質が、まだ理解できていなかったのかもしれません。
私たちはいま、「正解のない時代」に生きています。予め用意された唯一無二の正解など、ないのです。お客様もまた何が正解かは分かりません。それ以前に、自分たちの課題の本質に気付くことも、難しいのです。そんなお客様に次のようなことをお願いしたら、きっと困ってしまうでしょう。
「課題を教えてください。何がやりたいかを明確にしてください。それさえ分かれば、最適なソリューションを提案します。」
まずは、お客様に寄り添い、一緒になって課題を探り、いまの最善の解決策を見つけ出すことから、はじめなくてはなりません。そこに一般論はなく、全て個別であり、予め用意された正解はありません。
だからこそ、営業という役職が必要なのです。言葉の背後にある背景や本質を深く理解し、自分で考え、お客様と議論し、最善の解決策を導く役割です。
こんな話をすると、「それは営業の仕事ではない」と、思われる方もいらっしゃるでしょう。申し訳ありませんが、それについては、「ご自由に」と申し上げるしかありません。ただ、数値目標を達成することが営業の役割であるとすれば、これからは、ますます、このような感性に支えられたスキルや知識が必要になると、私は考えています。
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