オルタナティブ・ブログ > ITソリューション塾 >

最新ITトレンドとビジネス戦略をわかりやすくお伝えします!

「リスキル/リスキリング」に感じる違和感の正体

»

「リスキル」という言葉を目にする機会が増えてきた。この言葉は、「企業が従業員に対して新しいスキル、技術を身に付けさせることで、新たな価値、サービスの創出や生産性の向上、ひいては従業員の市場価値の向上につなげること」と一般的に定義づけられている。

study_benkyou_old_man.png

この言葉が、使われるようになったのは、デジタル技術の発展によって、データ活用の重要性が認知されるようになったことや、自動化や自律化の適用範囲の拡大、コミュニケーションや働き方の多様化といった、ビジネス環境の変化があり、これに適応できなければ、生き残ることは難しいとの危機感が、背景にあるのだろう。

ただ、私は、この喧騒に少々違和感を感じている。確かに、デジタル技術の発展が、ビジネスの様相を大きく変えつつあることは事実であり、それを正しく理解し、対処することの重要性を否定するものではない。

しかし、デジタルは手段である。むしろ、ビジネスそのものへの理解や考察を深め、自分たちの事業の課題や顧客のニーズの変化、業務手順のムダや非効率に、どのように対処すればいいのかを見出す能力や感性を磨くことに、もっと注力すべきではないかと思っている。

「リスキル」と「デジタル」を結びつけて考えるようになった背景には、経営者や人材育成に関わる人たちのデジタルに対する無知、あるいは、漠然とした不安や恐怖が、あるように思う。また、それを煽るメディアの影響も無視できない。

確かにデジタルが前提の社会になり、ビジネス環境に大きな影響を与えていることはその通りではあるが、歴史をふり返れば、変化のなかった時代はなく、何も特別な話しではない。蒸気機関が電力へ、肉体労働が自動機械へと置き換わったように、対面がオンラインへ、知的力仕事がAIへと置き換わろうとしているだけのことで、私たちは、そんな当たり前の歴史の途上にいるだけのことだ。

私たちが、もっと関心を持つべきは、このような手段のことではなく、ビジネスの本質であろう。あるいは、働くことへの価値観の変化ではないか。

つまり、デジタルも含む、様々な社会環境の変化が、ビジネスに置ける価値の重心を変化させ、あるいは、働くことの意義や意味を変化させていると言うことだ。

ビジネスについて言えば、その主役がモノかせサービスへと変わりつつある。モノであれば、その機能や仕様、品質といった特性が、事業の成果に大きな影響を及ばしてきたが、サービスとなると、圧倒的なスピードやUI/UXなどの感性、あるいは物語性が事業の成否を左右する。このような変化は、ものづくりにも影響を与えつつあり、デザイン重視の家電メーカーが提供する製品が、性能や機能はそこそこであっても、高い値段で売れていることにも象徴される。

このようなビジネス環境の変化を的確に捉え、これにどう向きあうべきかを考える能力は、デジタル技術についての知識がなければできない話しではない。

もちろん、デジタルについての知識を併せ持つことに意味がないとは思わない。しかし、そこに偏りすぎたリスキリングは如何なものかと申し上げているわけだ。むしろ、弊害となることの方が心配である。

昨今どこの企業もDXだ、デジタル化だと大騒ぎである。そして、その多くが、「デジタル技術を使うこと」を目的に、どうすればいいのかと頭を抱えている。その全てが「リスキリング」と「デジタル」を結びつけ過ぎた結果だというつもりはないが、デジタルという手段の目的化を助長しているひとつの理由にはなるだろう。

ビジネスを理解、考察し、事業の課題を読み解き、アイデアを絞る。""を付けるかどうかはともかく、そんなビジネスの本質に迫る「スキリング」に、もっと注力すべきではないかと思っている。

「だから、デザイン思考だ」と言う人もいるかも知れないがそれは違う。確かに、デザイン思考は、有効な方法論であることを否定しない。しかし、前例を重んじ新規性をためらう保守的な企業文化や、失敗を許さない企業文化では、うまくいかないだろう。

デザイン思考は、米シリコンバレーを中心に普及してきた。この地域の企業は、失敗を許容し、リスクを取りながらテクノロジーを駆使して試行錯誤で問題を解決することが当たり前と考える企業文化を育ててきた。「新事業開発室」や「新規事業開発プロジェクト」など作らなくても、新しいことに積極的に挑戦しようとする企業文化が根付いている。だからこそ、デザイン思考が成果をあげてきたのだ。

デジタル技術やデザイン思考を貶めるつもりなどない。しかし、ビジネスの本質に迫るのではなく、方法論を魔法の杖のごとくあがめるのはいかがなのか。

それぞれについての知識を増やし、スキルを磨くことは、大切なことだが、もっとビジネスへの関心や理解を深めることだ。さらに、それを事業の価値に結びつけるには、企業の文化や風土もまた、それを活かせるものに変える必要があるだろう。

リスキリングで大騒ぎをする前に、その方法論ではなく、本質を見据えるべきではないか。私の違和感は、そんなところにあるのかも知れない。

【参考】「デジタル・リテラシー教育」でDXを停滞させてはいけない

ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー

【11月度のコンテンツを更新しました】
======
・デジタルトランスフォーメーションの本質と「共創」戦略(DXの基本) *タイトルを変更しました。
・最新のITトレンドとこれからのビジネス戦略(総集編) *総集編とITベンダー向けの最新トレンド・パッケージ資料を集約しました。
======
ビジネス戦略編・DX
*資料全体を再編しました。
【新規】イノベーションとデジタル p.19
【改訂】デジタル化とDXの違い p.28
【新規】DXの目的 p.40
【新規】「文化や風土を変える」とは具体的に何を変えるのか p.43
【改訂】DXの公式 p.44
【新規】「デジタルを前提に既存事業を再定義する」とは? p.45
【新規】共創とデジタル産業 p.172
【新規】事業構造の転換 p.173
【新規】SI事業者/ITベンダーのDX戦略と求められる人材 p.174
【新規】求められる戦略の転換p.188
【新規】「作らない技術」は、事業部門や経営者が意志決定者 p.189
【新規】DXは何を目指すのか p.190
【新規】テクノロジーを実装する3つのステップ p.194
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
【新規】IoTがもたらす2つのパラダイム・シフト p.27
【新規】デジタルツイン:サービス間連携による新規価値の創出 p.29
【新規】モノのサービス化:収益モデルの転換 p.49
サービス&アプリケーション・先進技術編/AIとデータ
【新規】「弱いAI」と「強いAI」 p.10
【新規】人工知能の分類 まとめ p.16
【新規】人工知能の一義的定義はない p.16
【新規】AIにできること p.20
【新規】人工知能の進化 p.21
【改訂】自動化と自律化の領域 p.46
【新規】機械学習とは p.105
【新規】ニューラル・ネットワークとは p.106
クラウド・コンピューティング 編
【新規】クラウドを使う理由 p.28
【改訂】誤解3 コストは下がらない p.41
【新規】クラウド利用の3原則 p.42
【新規】サーバーレスと仮想マシン p.149
ITインフラとプラットフォーム 編
【改訂】物理システム・仮想化・コンテナの比較 p.73
【新規】コンテナの動作原理 p.74
【新規】コンテナのネットワーク接続 p.75
【新規】コンテナとハイブリッド・クラウド/マルチ・クラウド p.79
開発と運用 編
【新規】ITの変化とビジネス対応 p.13
【新規】ローコード/ノーコードによる役割の変化 p.114
下記につきましては、変更はありません。
 サービス&アプリケーション・基本編
 クラウド・コンピューティング編
 ビジネス戦略編・その他
Comment(0)