PMBOK第7版に見るプリンシプル・ベースと自律の精神
PMBOKは、世界中のプロマネから意見を集めてプロジェクト・マネジメントについての知識を体系化している本だが、その第7版が今年の3月にリリースされた。第6版との最も大きな違いは、「大幅に薄くなったこと」だ。
だから読みやすくなったとか、言いたいわけではない。この違いこそが、まさにいまの時代にふさわしい、大きな変化を反映している。それは、第6版以前のプロセス・ベースから、プリンシプル・ベースへと変わったためだ。
以前は、「こういうことをすべし」と、PMの行うべきプロセスを具体的に、膨大かつ網羅的に示していたが、第7版は、「この原則を抑えておくべし」を示すに留まり、具体的に何をすべきかは、「当事者が自分たちで考えなさい」という内容に変わった。それが「大幅に薄くなった」理由だ。
その背景にあるのは、社会の不確実性が高まり、計画通り物事が進まない現実に対応するためである。原理原則(プリンシプル)を守りつつ、ビジネスの価値、すなわち売上や利益、顧客満足などの事業価値を実現するために、具体的な手順や実装(プロセス)は、現場の当事者に、判断を委ね、変化に柔軟に適応することを求める内容だ。
変化が不測のものであれば、完璧な計画を立てて、その通りものごとをすすめることはできない。だから、ビジネスの価値を高めるという原則を示し、それを達成するためのやり方は、ビジネスの最前線にいて、変化を最も身近に感じる当事者である現場の判断に委ね、変化に柔軟かつ迅速に対応することを求めている。
この考え方を情報システムに適応すれば、アジャイル開発の前提となる思想そのものと言ってもいい。
PMBOKは、情報システムだけの話しではないから、ビジネス全般におけるプロジェクトのあり方についてのプリンシプルでもある。その視点に立てば、ビジネスの最前線は、ことごとくアジャイルな組織に変わるべきであるとの提言であるとも受けとめることができるだろう。
ITベンダーのエンジニア諸氏は、この潮流を重く受け止めるべきだ。なぜならば、仕様書に従ってプリケーションを作ることや、顧客の要望に合わせてインフラの構築や運用をすることではなく、ビジネスの成功のために一番良いやり方を自分たちで考え、答えを出し、それを実行せよと求めている。
それは、ビジネスについて、その価値を理解するための知識や探究心、一番良いやり方を見つけるためのITについての幅広い知識やノウハウを求められることになる。つまり、自律を求められる。
自律とは、「このやり方でやってください」と言われても「ビジネスの価値を高めるには、そのやり方ではなく、こちらのやり方の方が良い」と自信を持って言えることだ。そして、ビジネスに関わる人たちと対等に議論し、ビジネスの視点から最適解を導く能力を持つことだ。
ユーザー企業のITシステム内製化は、急速に拡大している。それは、ビジネスの最前線に、この能力を取り込みたいからだ。
もはや、ビジネスはIT前提でなくてはならない。IT活用の巧拙が、事業の成否を決する。完全な未来を予測して仕様を決め、ITベンダーを選定し、彼らに発注していては、不測の変化に対応するためのスピードは担保できない。事業部門が、自ら主導してITシステムを作る体制を持つことは、生き残り成長を維持するための条件となる。そんなユーザー企業の内製チームの一員として、お客様と一緒になって、ビジネスの成否に関わる内製化支援が、今後のITベンダーに期待されるだろう。
そのための前提は、「自律」であり、ITエンジニアには、その能力と感性が求められている。いや、エンジニアばかりではない。営業もまた同じだ。お客様と対話し、何がしたいかが見えたら、持ち帰らずにその場で答えを出すことだ。詳細はともかく、自分なりの選択肢を、自信を持って語り、お客様と議論して最適解を導くことが、営業の「自律」であろう。御用聞き、伝言の仲介者では、これからの時代は仕事にならない。
不測の変化に対処するには、そんなスピード感が求められる。全てが当初の思惑通りにすすまないのだから、現場がその場で、即決、即断、即実行するしかない。そんな「自律」をいまの時代は、これまで以上に求めているのだと思う。