バックミラーを見ながら運転する残念な人たち
「バックミラーを見ながら運転するように世界を見て、私たちの過去の経験から構築された直感に基づいて意思決定を行ったとすれば、間違えてしまう可能性がかなり高い。(マッキンゼーが予測する未来・ダイヤモンド社・2017)」
人は直感を頼りに意志決定を下す傾向にある。その直感とは、過去の成功体験に裏打ちされたものであり、また自分にとって都合のいいようにものごとを評価する「確証バイアス」にも影響を受ける。特に過去に大きな成功を収めてきた個人や組織にとって、この傾向がより強く現れることは想像に難くない。
ITビジネスの難しさは、ビジネスの根幹たるテクノロジーの進化の加速度が、社会や経済の進化よりも遥かに速いという現実だろう。かつての成功の方程式が、あっと間に陳腐化することを受け入れたくないと、無意識に未来に目をつむっている人たちもいるのではないか。
Googleの研究者であり、未来学者のカーツワイルは、テクノロジーの進化は指数関数的に進化するので、やがては人工知能の能力が人間の能力を遥かに凌ぐまでに高まり、予測できない事態が起こると指摘した。彼は、この時を特異点(シンギュラリティ)と呼び、2045年に訪れると述べている。シンギュラリティが訪れるかどうかは、いろいろと議論のあるところだが、テクノロジーが指数関数的に発展することに疑う余地はない。
例えば、ディープラーニングは、2006年にカナダのトロント大学のジェフリー・ヒントン(Geoffrey Hinton)教授が論文で、その可能性を示したことが始まりだ。そして、6年後の画像認識の国際的なコンペティションで、彼が率いるチームが圧倒的な強さで、これまでの画像認識の精度を飛躍的に超える成績を上げて圧勝した。さらに4年後の2016年、このアルゴリズムを応用したGoogleのAlpha Goが、囲碁の世界チャンピオンを下すことになる。そして、いまディープラーニングやその関連技術は、さらに加速度を高めて適用範囲を拡げている。
こんなテクノロジーの発展を当事者としてではなく、傍観者として眺めているたけでは、ビジネスのチャンスが得られるはずはない。
「まだ、ユーザーにニーズはありませんよ。これからですね。そんな相談をされることはありませんから。」
彼らに相談してもムダだと分かっているから相談されないだけであることをなぜ気づけないのか。これもまた、確証のバイアスと言えるのかもしれない。
あるSI事業者の経営者が、次のようなことを話されていた。
「パブリック・クラウドが注目されても、システム開発は残りますよね。運用だって必要です。なによりも、セキュリティに懸念があるパブリック・クラウドには消極的なお客様も多いのが現実ですから、簡単に仕事が無くなることはありませんよ。」
なんとも残念な話しだ。サーバーレス/FaaSの普及が開発や運用のあり方を根本的に変えてしまうことは、言うまでもない。
クラウドが提供するサービスは、人が経験によって積み上げて来た技能の自動化を推し進め、工数を積み上げなければならなかったシステム開発の工数を激減させ、開発のスピードや変更への即応力を高めている。それは、開発や運用のあり方を根本的に変えてしまうのはいまさら言うまでもない話しだ。
クラウドと相まって、ローコードやノーコードへの関心が高まりつつあるいま、開発や運用のあり方は、さらに大きく変わる。また、クラウドもオンプレも区別することなく、セキュリティを一貫して確保するための考え方であるゼロトラスト・ネットワークは、セキュリティのこれまでの常識を置き換えようとしている。
「バックミラーを見ながら運転する」とは、まさにこのようなことを言うのだろう。
「市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける」
米コロンビア大学ビジネススクール教授、リタ・マグレイスの著「The End of Competitive Advantage(邦訳:競争優位の終焉・日本経済新聞出版社・2014)」にこのように書かれている。その変化のスピードはかつてなく加速している。そのため、企業のもつ競争優位性があっという間に消えてしまい、すぐにまた新たな競争に晒される「ハイパーコンペティション」の時代を迎えているという。
バックミラーだけを見て運転することが、どれほど危険なことなのかは言うまでもない。しかし、そんな運転を続けている企業は少なくはない。それでいて、「私たちもデジタル・トランスフォーメーションの実現に向けて貢献してゆきます」と、その本質を問うことなく流行の言葉を使って、自分たちの先進性をアピールしている。一方で、世の中で当たり前に使えているクラウド・サービスが社内のネットワークでは使えない、未だ旧態依然とした開発手法や品質管理手法にこだわり続けている。言っていることとやっていることが違うことには、関心がないようだ。
このような企業に限って、「デジタル・トランスフォーメーション」などの流行の言葉を大仰に使う傾向にあるように思う。少なくとも、これを実践している企業は、そんなことは当たり前とばかりに、地に着いた言葉で自分たちのやっていることを淡々と語っている。
変化し続ける未来を受け入れ、最適な道筋を見つけようとしているだろうか。
テクノロジーの進化をむしろ脅威と感じ、その可能性について積極的に学ぼうとせず、思考停止に陥っていないだろうか。
テクノロジーの発展と普及が、若者たちの働くことや人との係わり方の常識を大きく変えてしまっていることに気付いているだろうか。
言葉では分かっている、取り組んでいると語るが、それは少し前の景色のことではないのだろうか。そんなバックミラーを見ながら高速道路を運転しているとすれば、事故は避けられず命取りになることを覚悟すべきだろう。
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