「顧客のDXの実現に貢献します」など恥ずかしくて言えないと感じることがDXに取り組むはじめの一歩
purpose beyond profit (企業の存在意義は利益を超える)
IIRC(International Integrated Reporting Council/国際統合報告評議会)の2018年の報告書のタイトルだ。
IIRCは、企業などの価値を長期的に高め、持続的投資を可能にする新たな会計(情報開示)基準の確立に取り組む非営利国際団体で、業績などの財務情報だけでなく、社会貢献や環境対策などの非財務情報をも一つにまとめた統合報告(integrated reporting)という情報開示のルールづくりやその普及に取り組んでいる。
不確実性が高まる時代にあって、企業は利益を追求するだけでは生き残れない時代となった。ピーター・ドラッカーが語ったように「社会的な目的を実現し、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たす」ことで、自らの存在意義を追求し続けなければ、事業の継続や企業の存続が難しくなった。だからこそ、経営者はpurpose beyond profitを問い続ける必要がある。
デジタル・トランスフォーメーション(DX)もまた、purpose beyond profitと切り離して考えることはできない。
不確実性が高まる時代にあっては"purpose"は、企業が存在するよりどころであり、これを貫くためにビジネス・モデルやビジネス・プロセス、組織の振る舞いをダイナミックに変化させ続けなくてはならない。
カリフォルニア大学の教授 David J. Teeceらは、不確実性が高まる時代にあっては、「世の中の変化に合わせて、すばやく社内・社外にある能力をうまく統合、再構成できる適応力」が必要であるとし、これをダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capability)と呼んだ。
彼らは、ダイナミック・ケイパビリティを実現するには、次の3つの能力が必要であるとしている。
- 従業員が素早く学び、新しい資産を構築する能力
- 「ケイパビリティ(変化に対処できる適応力)」「技術」「顧客からのフィードバック」などの戦略的資産を統合する能力
- 価値が低くなった現在の経営資源の変換や再利用をする能力
例えば、トヨタが「トヨタウェイ」を掲げ、自らを自動車メーカーからモビリティ・カンパニーへ変革しようとしているように、Amazonが、「地球上で最もお客様を大切にする企業である」を掲げ、様々な領域に事業を拡大し続けているように、"purpose"を軸に社会や顧客のニーズに合わせて、自らの事業のカタチを変え続けている。
不確実性が高まる時代にあっては、この適応力を加速させなくてはならない。そのための手段として、デジタルが大きな役割を果たす。ただし、デジタルだけで解決できることではないことも理解しておく必要がある。組織の振る舞いや人の考え方が変わらなければ、手段が高速になってもビジネスそのもののスピードを上げることはできない。むしろ、主語を「組織や人」に置き換え、その振る舞いや意識を変革するための手段としてデジタルを駆使し、それらを当たり前に使いこなすことでビジネス・スピードを手に入れる企業文化や体質へと変わってゆくことだと捉えてはどうだろう。
DXとは、このような組織の文化や体質への変革であって、AIやIoTなどの流行のテクノロジーを駆使して新規事業を生みだすことと同義ではない。なぜなら、デジタル・テクノロジーは、これからも発展し、着目されるテクノロジーの重心も変わり続けるだろう。その結果、競争原理は変化し、顧客が求める価値も変わり続ける。この変化に対処するために手段であるデジタル・テクノロジーも変わらなければならないし、新規事業もまた変化に対処するための手段として、生みだし続けなくてはならない。テクノロジーも新規事業も目的にはなり得ず、手段に過ぎないことを認識しておくべきだ。
たしかにAIやIoTなど、いまでこそ注目をされているが、3年先、あるいは5年先には、このようなキーワードは、もはやコモディティとなって、大騒ぎすることはなくなっているはずだ。また新たなキーワードが出現し、同様の変化が繰り返される。それを当たり前と受けとめ、俊敏に、そしてダイナミックにビジネス・モデルやビジネス・プロセスを変化させ続けることができる企業文化や体質へと変わってゆかなくては、企業は存続できないだろう。
そう考えれば、DXとは変化に俊敏に対応できる企業文化を醸成し、これを維持し続けることでもある。DXを「実現する」とは、このような企業になることであって、手段である流行のデジタルを使うことや、新規事業を興すことと同義ではない。
このチャートは、テクノロジーの "いま"を切り取ったスナップショットだ。何年か先には、違うものに描き換えられているだろう。それでも、"いま"と少し先の"これから"を考える上では、役に立つはずだ。そして、こういうキーワードが入れ替わっても動じることなく、自分たちのビジネスにダイナミックに組み入れてゆこうと、ただちに行動を起こすことができる適応力をもつことが、いわばDXの目指すべきところだろう。
DXにおいてpurposeが大切になる、もうひとつの視点は、デジタルの発展が、「モノが主役のビジネス」から「サービスが主役のビジネス」へと「ビジネス構造の転換」を強いることに対処するためだ。
サービスの価値の源泉はデータである。ウェブやモバイル、IoTなど、ビジネスの現場や顧客接点は、デジタルでつながり、膨大なデータを生みだしている。そのデータを駆使することで、高速に事実を見える化し、ビジネスの現場や顧客との関係を高速に改善して、高速な変化に対応して最適化し続ける。あるいは、現実世界ではなしえないサービスの連携、すなわちエコシステムをデジタルで実現し、新しい価値を創出する。つまり、データを駆使したサービスが顧客価値を実現し、モノはそのサービスを実現するデバイスとして、主役の座を明け渡そうとしている。
先にも紹介したように、トヨタが製造業からモビリティサービスや生活サービスを提供する事業者へと自分たちの位置づけを変えようとしているのは、まさにこのようなビジネスの環境の変化があるからだ。
もはやITはビジネスと一体化し、それらを分けて考えるべきではない。必然的に、ITやITに関わるノウハウやスキルなどの人的リソースは、ビジネスをドライブする事業会社に組み込まれる。必要とあれば外部から調達すればいい鉛筆や算盤としてのITから、身体の一部であるIT、すなわちビジネスのサイボーグ化が進みつつある。サイボーグ化した自分の身体を外部に委ねようという発想はない。この変化が、ITシステム内製化の需要を高めている。
データをよりどころに、ビジネスをダイナミックに変化させ続けることが、企業存続の前提になるとすれば、purposeを第一に考える必要がある。purposeを軸に、ビジネス・モデルをダイナミックにアップデートし続けることで、結果として、profitがもたらされると考えるべきだろう。
言葉を変えれば、自分たちが、いかなる「社会的な目的を実現し、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たす」ことを目指すかを問い続け、デジタル・テクノロジーを前提としたビジネス・モデルを顧客や社会のニーズの変化に合わせて、ダイナミックに変化させ続けることができなくては、profitを生みだすことができないということだ。
DXとpurposeの関係をこのように捉えてみてはいかがだろうか。DXを手段の変革と捉えるのではなく、purposeを問い続け、そのpurposeを実現するために俊敏に変化できる企業文化への変革と捉えてみてはどうだろう。
デジタルは、目的ではない。セールストークとして、DXを掲げるべきではない。顧客の変革に貢献するとはどういうことかを自ら問い、変革した顧客のあるべき姿を提言し、それをきっかけに対話して、purposeを見出すことから始めるべきだろう。
それもできないのに「顧客のDXの実現に貢献します」など、恥ずかしくて言えないと感じることが、DXに取り組むことのはじめの一歩かもしれない。