変革の7ヶ条
「変革が進まないのは、現場に危機感がないからだ、それができる人材がいないからだ」
そう嘆く人たちがいる。そんな話を聞くと、いい加減にして欲しいと思う。変革がうまく進まないことを、まるで自分たちの運命であるかのごとく受け入れ、思考停止に陥っているだけではないか。
思考停止は楽である。何も考えず、いままでのルーチンワークを続ければいいだけのことだからだ。忙しいかも知れないが、新しいことを学ぶ必要はない。過去の財産だけで生きてゆける。まわりからの軋轢を感じることもない。むしろ、「大変ですねぇ」、「お忙しそうですねぇ」と自尊心を持ち上げてもらえるような言葉をかけられ、自分の存在感が実感できる。何よりも、「忙しい」を正当化できる。つまり思考停止であることを正当化できてしまう。
こんな状況を何とかしたいと思うのであれば、経営者やマネージメントが先陣を切って行動を起こすべきだろう。しかし、彼ら自身が冒頭の言葉をつかい、思考停止に陥っていることも少なくない。
そんな簡単なことではないとお叱りを受けそうだが、果たしてそうだろうか。次の7つのようなことであれば、十分にできそうな気がする。
第1条・業績評価基準を事業戦略/事業目標と一致させる
売上と利益に固定せず事業戦略/事業目標の達成基準と評価を連動させる
「営業を対象にクラウドを売るための実践スキルを育成する研修をして欲しい」とのご相談を、あるSI事業者の経営幹部から頂いたことがある。クラウド・ビジネスの実践者たちを集めれば、面白いプログラムをできそうな気がしたが、結果としてお断りすることにした。その理由は、営業の業績評価の基準は変えられないという話しを聞いたからだ。
その会社の営業の業績評価基準は売上と利益である。これまでは、それを物販と工数で満たしてきた。しかし、クラウドの普及や内製化の拡大の中で、同様のビジネスは先行きが厳しいとの見通しを持たれていた。そこで、AWSやAzureなどのクラウド・サービスをベースに、開発や運用の工数で売上を維持したいと言うことだった。しかし、この考え方には無理がある。
営業がクラウドを売るためのスキル身につけて、その能力を発揮しても、彼の業績は評価されることはない。むしろ、努力しても短期的には売上や利益が目減りする。それは当たり前の話しで、サブスクリプションのクラウド・サービスは売上金額も利益も少なく、運用も相当範囲自動化され、開発もクラウド・ネイティブの流れを考えれば、工数のボリュームは大幅に減少する。このような状況に対処する施策を持たないままに、いままで通りのやり方で売上や利益を増やせるわけがない。つまり、営業は新しいスキルを身につけて、それを駆使して頑張れば頑張るほど、自分の業績を上げにくくなると言うことだ。
それはそのまま人事考課の評価を下げ、給与やボーナスにも影響が出るだろう。このようなダブル・スタンダードをそのままに「クラウドを売るための実践スキル育成研修」をしても、現場を混乱させ、モチベーションを下げるだけではないかと考えたからだ。ヘタをすれば、世の中の当たり前に目覚めた優秀な営業はそれができる会社に行ってしまうかも知れない。
営業に限った話しではない。事業戦略や事業施策とそのKPIが、業績評価基準と一致していない、あるいは、一致させて動けるような組織体制を持たないままでは、例え変革のお題目は唱えても現場は動かないだろう。
事業戦略や事業施策と業績評価基準を一致させることが、まずは取り組むべき第一歩であるように思う。
第2条・事実を正直に伝えて議論する
忖度無用、自分たちの現実を真摯に土俵に上げて議論する
経営者と現場との信頼関係がなければ、現場は会社の課題を自分の課題として受けとめることはない。そんな信頼関係を担保するのが「透明性」だ。もちろん人事のことやコンプライアンスに関わることを公にせよという話しではない。しかし、隠す必要のないことまで隠し、その隠し事を知っていること、つまり現場との情報の格差で自分の立場を担保するのはそろそろやめにしたほうがいい。
例えば、ある大手SI事業者の社長は、入れ替わりで若手を3日間完全に社長に同行させる。もちろん経営会議やお客様との接待にも、人事のことやプライベートでない限りにおいては、完全に同行させている。
「見せてはいけないことなどほとんどない。むしろこうやってオープンにすることで、経営や会社のことをちゃんと理解してもらえるようになる」
社長はそんな話をされていた。
こんな信頼関係を土台に、経営者と現場が自分たちの将来について議論することが、変革の機運を醸成させる土台になる。
第3条・時代にそぐわない手続きやルールを廃止する
暗号化してメールに添付し平文でパスワードを送る など
あるSI事業者では、打ち合わせに伺う度に持ち込むパソコンについて、そのメーカーや機種、シリアル番号を受付で「パソコン持ち込み申請書」に記入しなければならない。ITの仕事をしているのだから打ち合わせでパソコンを持ち込むのは当然ではないかと思う。しかも、打ち合わせ場所は応接室か会議室であり、データセンターの中ではない。一方で、スマートフォンやタブレットは申請する必要はない。なんと時代遅れな話しだろう。じゃあ、そうやって記入した「パソコン持ち込み申請書」はどのように使われるのだろうか。たぶん使われることなく、時間が経てばシュレッダー行きとなるのだろう。
「暗号化してメールに添付し平文でパスワードを送る」がセキュリティ対策になるといまだに思っている人がいる。そもそもセキュアにする必要のないチラシや未記入の書式までこのやり方で送ってくる会社もある。なんとも面倒な話しだ。
何が本質かを考えることなく、ただ過去の形式だけが継続され、だれもその意味を問うことがない。思考停止の典型的な実態だ。
これを改めることが変革だというつもりはないが、まずはこんな身近なことから見直し、変わってゆく、変えてゆくことを、社内外に空気として拡げて行くことは意味があるのではないかと思う。
第4条・スタンダードとなっているツールを使う
時代の思想や文化を、ツールを通して浸透させる
新しいことに取り組んでいるあるいは変革を進めている企業の多くは、世の中のデファクトとなっているツールを積極的に使っている。例えば、Slack、GitHub、JIRA、Box、Redmine、Atllasian、Confluenceなどなど。なぜそれを使うかだが、もちろん便利であり、使い勝手がいいからと言うこともあるが、そこに新しい世の中の常識が思想として埋め込まれているからだ。こういうツールを使いこなすことで、時代の先端を自然と組織の文化に組み入れることができる。また、そういうツールがないところには、優秀なエンジニアは集まらない。集まらないだけではなく、世の中の常識を知っている優秀な人材が逃げ出してしまう。変革の文化を醸成する意味でも、この取り組みには大いに意味がある。
第5条・仕事の生産性を落とさない環境を提供する
最新のPCやMacを使う、VDIは使わない など
開発者にスペックの低いPCをあてがい、開発環境はインターネットと隔離する。セキュリティを担保するために仮想デスクトップで開発をさせようとする。それがどれほどエンジニアのモチベーションを下げているか、理解しているだろうか。
「そんなことを言っても、セキュリティ"がぁ"」と叫ぶ人たちに申し上げたいのだが、パスワードやIDが容易に搾取される時代になり、VPNやファイヤーウォールを使うことが脆弱性を高めている。VDIはこのような脆弱性が高い環境で使用することになるので、VDIだからセキュアであるという理屈は成り立たない。
ゼロトラスト・ネットワークが注目されるのは、この現実に対処しようという背景がある。そんな世の中の新しい常識を前提に、最新のPCやMacをエンジニアの選択で使わせている企業も増えている。そもそも、セキュリティ対策とは、「現場の生産性や使い勝手を高めるため」の対策であり、ITの価値を最大限に享受できるように、技術や運用の面で対策を行うことだ。けっして、生産性を落とすような「禁止事項」や「制限」を加えて情報資産を守ることではない。そんな本質も理解しないままに、「対策」と称する形式が優先され、現場を残念な状況に追い込んでしまう。第3条と同じだが、やはり本質を突き詰め、現場のモチベーションを高めることに、もっと気を使うべきだろう。
第6条・服装を"オープン"にする
職場の空気が変わる、変革を身体で感じられる
トラディショナルなSIerがドレスコードを変更して、TシャツやジーンズをOKにした。最初は戸惑っていた人たちもいたが、次第にそれが拡がっていった結果、現場のコミュニケーションは活発になり、雰囲気が明るくなったという。これがそのまま変革につながることにはならないが、会社が変わろうとしている意気込みは伝わってゆく。なによりも、変革は現場のやる気とコミュニケーションに支えられている。それを醸成する効果は大いに期待できる。
第7条・Intrapersonal Diversity(個人内多様性) を高める
ローテーション、社外のコミュニティや勉強会、対外的の奨励など
「社外講演」は稟議が必要だ。外部の勉強会や研修に参加するにも申請や許可がいる。外のことなど考える必要はない、社内に専念しろと言うことなのだろう。
職場と自宅の往復だけで、同僚やお客様以外に会話する相手がいない。職場以外の世界に関心が薄いので、世の中の変化に鈍感になってしまう。その結果、内部の論理が幅をきかせるようになり、大切なことが見えなくなってしまう。
世の中の常識を知らなければ、自分の常識がどれほど、世の中からずれているかに気づくことはないだろう。むしろ、自分の常識に従い、いつも通りにやったほうがリスクもなく、無難である。なによりも、分かっていることなので楽にできるから、自分はそれなりにスキルがあると勘違いしてしまう。いまの状況でいいと思ってしまうので、新しいことを学ぼうという意欲など生まれない。
このような状況を放置していては、変革はすすまない。
変革やイノベーションにはダイバーシティが必要だという。それは、異才を集めることだけではうまくいかない。そこにいるひとりひとりがIntrapersonal Diversity(個人内多様性)を高めなければ、異才の考えることを受け入れることも、自分の考えに関連付けて、新しい発想を創り出すこともできない。
そんなIntrapersonal Diversityを高めるひとつの方法は、社内外の交流を活発にすることだ。もちろんは、自発性を大切にしなければならないのは前提ではあるが、タブーや制度の抑圧の中で、思っていてもできなかった人たちが少なからずいる。そんな彼らの背中を押して一歩を踏み出せるような施策を行うことはできるはずだ。例えば、冒頭のようなルールをなくす、社外での発言や講演を奨励する、社外の勉強会や研修の費用を援助する、外部活動の懇親会費用を会社が負担するなど、いくらでもありそうな気がする。
まあ、こんなことを申し上げても「なかなか簡単なことではない」という人たちはいる。そういう会社はいつまで経っても変革なんてできないだろう。「なかなか簡単なことではない」と言う考えを変革することだ。