「営業力」は「大好き力」
「今日のメインは、スズキのポワレにキノコのソースです。本当においしんですよ!」
センスのいい小さなフレンチ・ビストロで、二十代の女性店員が、今日のメニューを紹介してくれた。こんなに美味しい食べ物は他にはありませんと言わんばかりだ。楽しそうにニコニコしながら、そして力強く説明してくれる。食材のこと、ワインのこと、シェフのこと、どれについても自信を持って語ってくれる。ここで働けて本当に良かったという彼女の気持ちまでもが伝わってくる。
食事をする前から「本当にこの店を選んで良かった」と思った。そして、料理が待ち遠しくてたまらない。そして、期待通りの美味しい食事とワインに舌鼓を打ち、一緒に行った相手とも、とても心地よく会話を楽しむことができた。
店を出るときには「ありがとう」の気持ちで一杯だった。そして、また来よう、誰かに紹介しようと決心していた。
営業という仕事にも通じるものがある。
「中途採用で即戦力になりそうな人材を採用しています。実績も面接も申し分ないのですが、なかなか成果をあげてくれません。製品やサービスについてはしっかりと教えていますし、もっと勉強したいというのなら社外の研修にも出させています。これだけやっても数字を出せないのはなぜでしょうか。」
ある企業の営業責任者からこんな相談を頂いた。だから、もっと実践的で数字に結びつけられるような顧客応対スキルを教えてやって欲しいという。
いろいろと事例を挙げながら、「こんな時にはこうしなくちゃいけないのに、それができないんですよ。それっておかしくありませんか?」と彼は分からない、納得できないと熱く語ってくれる。
「営業という仕事が大好きなんですね。」
それが、彼をこの立場に持ち上げさせた原動力なのだろう。そして、私は、次のように続けた。
「採用された方々は、担当するお客様のことが大好きなのでしょうか。担当部門にプロダクトを売ってきた経験はあるようですが、お客様の経営者や業務の責任者に仕事の仕組みを変えましょうと提案するわけですから、お客様以上にお客様について考え、お客様の「あるべき姿」を示さなくてはなりません。それはプロダクトやサービスの知識だけでは難しいと思います。お客様のことが大好きにならなければ、できないことです。」
「もちろん、自分たちのプロダクトやサービスも売らなければなりません。そのためには知識も必要だし、説明し説得するスキルも必要です。しかし、それ以前に自分たちの会社のことや自社製品のことを大好きでしょうか?会社や製品の思想、未来に向けたビジョンに感動しているでしょうか。そんな仕事に携わっている自分に誇りを持っているでしょうか。うちとお付き合い頂ければ、絶対に幸せになれますと迷うことなく語ることができるでしょうか。そんなマインド・セットがなければ、知識やスキルは活かせません。」
営業という仕事にとって、スキルや知識が大切であることは言うまでもない。しかし、営業の第一の役割は、お客様を振り向かせ、付き合ってもいい、つき合いたいと思わせることだ。知識を伝えるだけならば、Webでできるし、AIの方が、相手の聞きたいことにうまく合わせて説明してくれる。
営業であれば、お客様のためを思うこと、つまり、お客様の成功のために何ができるかを徹底して考え抜くこと。そして、その夢を語り、感動させ、自分たちに任せて欲しいとはっきりと伝えることだ。そうやって、相手に好かれることができれば、相手も真剣にあなたの知識を求める。
好かれるための見え透いたうわべだけの努力では直ぐに見透かされてしまう。相手の経営や事業の成果をどのように生みだせばいいのか、そのために自分は何をすべきかを考え、その想いや考えを伝えることだ。それが、相手の期待と反していてもだ。その先のお客様の「あるべき姿」を実現するために、それが本当に正しいと信じるならば伝えるべきだ。そして、相手と意見をぶつけ合う。また、自分の利害と反することであってもだ。例えその時はビジネスにならなくても、次の機会は必ずやって来る。その時には真っ先に声をかけてもらえる存在になることこそ、営業という仕事の真骨頂ではないか。
お客様が大好きであり、自分たちの会社や製品が大好きであれば、それをもっと知りたいと思うだろう。そういう自発性こそが、数字を生みだす知識やスキルを磨いてゆく原動力となる。
では、どのようにすれば、このようなマインド・セットを持つことができるようになるのだろう。それには、上司や先輩、あるいはチーム・メンバーとの徹底した対話が大いに助けになる。
自分の想いを打ち明け、共にどのようにしてゆくかを自分たちで考え、議論できる場がいつでも身近にあることだ。そういう場があれば、指示されて行動するのではなく、自ら気付いて自律的に行動できるようになる。
そのために上司や先輩は、次のことができなくてはなりません。
- 教えるのではなく気付かせる
- 指示するのではなく考えさせる
- 話すのではなく訊く
部下にとって上司は、いつでも相談できるセーフティ・ネットであり、自分に気付きを与えてくれる成長の触媒でなくてはならない。そういう関係が、営業のマインド・セットを育ててくれる。
数字をあげられないのは知識やスキルから足りないから?本当にそうだろうか。
- お客様が大好きですか?
- 会社や製品が大好きですか?
- もしそうでないとすれば、それはどうしてですか?
自分に問いかけてみてはどうだろう。部下の想いを考えてみてはどうだろう。
ビストロの笑顔の彼女には、確固としたマインド・セットがあった。だからこそ惹き付けられ、彼女もお店も大好きになった。
そんな彼女から私たちが学べることは沢山ありそうだ。
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