「課題の実感」なき新規事業は失敗する
新規事業の開発を担当する専門部署を持つ企業は少なくない。大手企業では、数百人の専属要員を抱えている企業もある。そんな手厚い人的投資をしておきながらも、なかなか成果をあげられない組織もあるようだ。
新規事業を開発することは、企業が事業の新陳代謝をすすめ、変化に適応してゆくためになくてはならない取り組みであることは言うまでもない。しかし、もし「新規事業を開発すること」が目的と化してしまっているとすれば、なかなか成果をあげられないことも当然のことかもしれない。
以前、建設機械大手のコマツが提供する「スマートコンストラクション」について、その事業責任者に話しを聞いたことがある。「スマートコンストラクション」とは、工事の自動化サービスだ。ドローンによる工事現場のデジタル測量、ブルドーザーやパワーショベルなどの建設機械に組み込まれたセンサーやGPS、制御装置を駆使した自動工事をサービスとして提供する。事業規模までは聞けなかったが、その需要を急速に拡大しているらしい。
このサービスは「IoTを駆使した新規事業の成功例」として、メディアに取り上げられることが多いのだが、当事者にとっては、まったくその意識はなかったという。まわりがそう言いはじめたので、ならばそういうことにして、プロモーションに使おうということになったのだという。
IoTを駆使するため、自動化するため、ましてや新規事業を開発するために取り組んだわけではない。工事の需要が増えているにもかかわらず、高齢化によりベテランの作業員を確保できない。厳しい仕事で若者が集まらず慢性的な労働力不足に陥っている。少子高齢化は待ったなしの状況の中にある。どうすれば将来の建設需要に対応できるのだろうか。そんな切実な危機感があった。そして、その解決策を考えたとき、それ以外に方法がなかったという。気がつけば、「IoTを駆使した新規事業」になっていたに過ぎない。
かれらは、構想から1年をかけずしてこのサービスをスタートさせたという。それは、このサービスを実現するための技術の多くが、既に社内に蓄積されていたからだ。それらを新たに組み立て直すことで、この事業を短期間でスタートさせることができた。
20世紀初頭に活躍したオーストリア・ハンガリー帝国生まれの経済学者シュンペーターは、初期の著書『経済発展の理論』の中で、イノベーションについて「新結合(neue Kombination)」という言葉を使っている。これは、クレイトン・クリステンセンによる「一見、関係なさそうな事柄を結びつける思考」というイノベーションの定義とも符合する(Wikipedia参照)。つまり、それまでのモノ・仕組みなどのこれまでに無い新しい組合せを実現し、新たな価値を生み出して社会的に大きな変化を起こすことを指す言葉だ。「スマートコンストラクション」もそんな成果と言えるのかもしれない。
こんな例もある。
「サンフランシスコであまりにもタクシーがつかまらない。この場で乗りたいのに、手をあげてもタクシーは止まってくれない。」
ライドシェア・サービスの代名詞ともなった「Uber」は、そんな創業者の実体験がきっかけだったそうだ。
「タクシーが利用者のニーズに応えてくれないのなら、自分たちでつくってしまおう。」
そうやって2009年3月にこの会社は設立された。
いつでも、どこからでも、誰もが、すぐにスマートフォンでタクシーを呼び出すことができ、しかも既存のタクシーに比べて安い料金で利用できる。そんなUberは世界に拡がっていった。そして7年後の2016年8月現在、世界500都市にサービスを展開し、売上高も1兆円を超えようとしている。
両者に共通するのは、「課題の実感」だ。それを解決しようとしただけである。
自分が感じたことを「それが普通だから仕方がない」とは考えず、「もっといいやり方があるはずだ」と考えたのだろう。そして、それを実現するために「いまできるベストなやり方は何か」を考え抜いた。そのとき「ベストなやり方」の選択肢に制約を設けず、試行錯誤を繰り返しながら作り上げたのではないか。
- 「困った」を解決したい。
- もっと便利に使いたい。
- もっといいやり方があるはずだ。
そんな想いが新しい事業を生みだすきっかけとなった。決して、新規事業をやることが目的だったわけではない。目の前にある課題を解決するには、最新のITを駆使することが一番いいやり方だった。そんな原点を突き詰めていった人たちが、結果として既存の業界秩序を破壊するまでの力を持つ、誰もが注目するような新規事業を生みだしている。
しかし、身近な現実に目を向けると、かならずしもそうではない。
「IoTを使って、うちでも何かできないのか?!」
こんな話しが経営者かふってきて、さてどうしたものかと現場が頭を抱えている。「世間でIoTが話題になっているので、うちも乗り遅れてはいけない」ということなのだろう。「IoTを使うこと」が目的ではないはずだ。目の前の課題を解決したい、もっといいやり方で効率を上げたい。それが目的のはず。その目的に向き合うことなく、手段を使うことを目的に事業を考えるという本末転倒な話しは後を絶たない。
人々に受け入れられるビジネスは、直面する課題やニーズに気付き、真摯に向き合うことからはじまる。その解決策として、ITがもたらす可能性を最大限に活かそうという考え方が、これまでにない革新的な事業を生みだしている。
「新規事業開発」とは、こういう取り組みではないか。ならば、社内やお客様の課題は何かを、先入観を廃して向き合い、徹底的に突き詰めることだろ。そうすれば、自ずと筋道が見えてくる。
「君子本務本立而道生(論語)」
知恵あるものはものごとの根本を追求するものだ。物事の根本が確立すれば、自ずと道は開ける。
新規事業開発とは、そんな根本に立ち返る取り組みかもしれない。
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今回は全資料について、ノートへの解説を追加しています。また、更新履歴が増えすぎたことで、ダウンロードボタンが押しにくいというご指摘をいだき、過去の履歴を別ファイルに集約して、すっきりさせました。
【インフラ&プラットフォーム編】(295ページ)
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【新規】「セキュリティが不安でパブリック・クラウドは使えない」は本当か? p.79
【新規】サーバー利用形態の歴史的変遷 p.160
【新規】SDIの求められる必然性 p.162
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【アプリケーション&サービス編】(256ページ)
人工知能関連のチャートを大幅に追加、解説(文章)付きスライドも増やしています。内容の古いチャートは削除しました。
【新規】「自動化」から「自律化」への進化 p.139
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