「営業職への配置転換」という体のいいエンジニアのリストラ
「営業なんだから、しっかりやってくれよ!」
あるSIerの営業会議、大丈夫と踏んでいた案件失注の報告を担当営業より受けて、怒り心頭に発した営業部長の声は、抑え気味ながらもドスが効いていた。
私は、この案件について、以前より担当営業から話を聞いていた。そして、きっとだめだろうなぁと思っていた。その理由はいろいろある。たとえば、
- 担当者のいうがままに資料や見積もりを出しているだけ。
- 意思決定者に行き着いていない。
- 競合の有無もわからない。
それにも関わらず、「頑張ります!」と言ってしまった手前、引っ込みがつかなくなり、営業部長に無用な期待を持たせてしまっていたようだった。
私は、彼にまずはフォーキャストの確度を下げることと、以下の3つの点を確認するようにアドバイスしていた。
- いつまでに意思決定するつもりなのか
- 意思決定の基準は、価格なのか、内容なのか、何をクリアすれば、採用されるのか
- よりよい提案をさせていだくためにユーザー部門の責任者に合わせてほしいと依頼する
担当営業は、お客様に出向き話を聞いてきた。
- 意思決定の期日については、すんなりと教えてもらえたようだ。しかし、これだけの案件にしては期間が短すぎる。
- 意思決定の基準については、価格も内容も両方という、あいまいな回答。
- ユーザー部門の責任者に合わせてほしいというと、自分にまかされているから、その必要はないと断られた。
その報告を受けて、「これは当て馬ですよ」と伝えた。この会社から購入する意思はない。しかし、手続き上、あるいは本命との駆け引きの材料として使われているだけだろうと合点がいった。
とにかく、その窓口担当の人だけではなく、他の人にそれとなく聞いて御覧なさいと促したところ、予想通りだったとの報告だった。
先に勧めたフォーキャストの確度を下げるとについては、頑張るといってしまった手前、部長に切り出せないまま確認を先行することにしたそうだが、結果はこのとおり。結局は期待を大きる裏切ることになって、怒りが倍加してしまったようだ。
営業の現場にいると、このような状況は日常茶飯事だ。なぜ、おかしいぞ、何か裏にありそうだと、感じないのだろうか。彼なりに言い訳もあるようだ。それは、エンジニアから営業になって間がないからスキルがないというもの。しかし、そんなことは営業職であろうが、エンジニアであろうが、お客様を相手にする仕事である以上、基本として持つべき感性ではないかと思う。
営業部長にしても、なぜこの状況を見抜けなかったのかと思う。あたりまえの確認を怠り、部下の報告を自分の都合のいいように解釈し、あるべき論と精神論を語るだけである。そして、部下を指導し励ましたつもりになっている。部下を叱るのは、お門違いだ。自分の無能を嘆くのが先ではないか。
営業力を強化しなければならないというSIerの経営者は多い。その施策として、エンジニアを配置転換し営業の肩書を与え、「きょうから、あなたは営業だから頑張ってくれ、期待しているよ」と言うことを「営業力強化の施策」だとはばからない人もいるが、ほんとうにそれで営業力が強化できると思っているのだろうか。
営業力というと、多くの人は、「営業職の人の能力」をイメージするだろう。しかし、わが国のSIerの現実を見ると、実際に営業が案件を取ってくるというより、お客様を担当するエンジニアが仕事を取ってきて、その後始末の事務処理を担当するのが、営業である場合も多い。
営業は新規顧客の獲得を期待される場合も多い。これは相当に大変なことで、経験やスキルだけではなく、何を売るか、そして、魅力的な提案なくして、きっかけさえつかめない。それを「営業だから」という理由だけで、期待され、任され、自分もそう思って戦いに挑むが見事に撃沈する。営業を任されはしたものの、なかなか成功体験を得られずモチベーションを下げ、売り上げに直結する既存案件の事務処理に時間を割くようになる。そして、そちらが忙しいからと言い訳し、新規顧客開拓への機会を作ろうとしない。そんな悪循環が生まれている。
このような状況の中で、いくら営業職を鍛え鼓舞しても、ビジネスを拡大することはできないだろう。営業職の人間を増やすだけでは、営業力の強化などできはしない。
「営業の仕事」と「営業職の仕事」を分けるべきだと考えている。「営業の仕事」は、全社を挙げて取り組むべきものである。特に、わが国のSIerは、エンジニアがその役割の多くを担っている。それが、良い悪いという議論ではなく、この現実をうまく活かしてゆく道を探るべきではないのか。
営業の仕事は、精神論や感性だけでこなせるものではない。営業活動はエンジニアリングできるものであり、プロセスとして整理できる。これは、むしろエンジニアの感性に受け入れられやすい。また、お客様の課題を発掘し、案件に結びつけるには、技能と知識が大いに助けになる。それは、営業職だけが必要なものではなくエンジアも含め、会社全体としてその能力を高めてゆくことこそ営業力の強化なのではないかと思う。
会社として、この能力を育てることもせず、営業職という肩書を与え、あとは本人の自助努力に任せるだけでは、営業力の強化などできるわけがない。これでは、まるで、「営業職への配置転換」という体のいいエンジニアのリストラではないか。
挙げ句の果て、「営業という仕事か好きになれない、自分の性に合っていない」との思いを募らせるひとも出てくるだろう。しかし、それは本人の問題ではなく、会社や組織、上司の問題ではないかと思えるようなことも少なくない。組織の力として営業を捉えることをせず、自助努力のみに頼って営業を任せようとする。自分の役割や未来が描けないままに「営業が性に合わない」との思いを募らせる。そんなことになってはいないだろうか。
「営業職の仕事」ではなく「営業という仕事」ととらえ、営業もエンジアも含めた会社としての総合力としての営業力をどのように高めてゆくのか。そんな視点での取り組みを始めてみてはいかがだろう。
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最新版【2015年12月】をリリースいたしました。
今月の目玉は、「オンプレからパブリッククラウドへの移行」について、ドキュメントを追加しています。移行をご検討のユーザー企業・情報システム部門の方は企画書や経営会議の資料として、SIerの方はお客様の提案資料としてご利用頂けると思います。
なお、今月より「テクノロジー編」を「インフラ&プラットフォーム編」と「サービス&アプリケーション編」の2つに分割致しました。(全438ページとなり資料探しに手間がかかるようになったため)
【インフラ&プラットフォーム編】(246ページ)
- ハイブリッド・クラウドについて、各社の取り組みを比較しやすいように資料を作り直しました。P44
- PaaSについての解説をわかりやすく修正しました。p.55-56
- 「パブリッククラウドへの移行の勘所」と「パブリッククラウド移行の企画書・提案書の作り方」の章を新しく追加しました。SIerにとっては顧客提案資料として、また、ユーザー企業の方は経営会議や企画会議の資料としてご利用頂けると思います。p.77-94
【アプリケーション&サービス編】(192ページ)
- 誤字・脱字等を修正しました。内容に大きな変更はありません。
【ビジネス戦略編】(74ページ)
- 「SI事業者の成功要因の変化」を追加致しました。
- 「PEST分析と5フォース分析で見るクラウド化」を追加しました。
- 「事業再構築の逆Cカーブ」と「SIビジネスへの適用」を追加しました。
- 「基幹業務のAWS適用事例」を追加しました。
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目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン