「納品のない受託開発」という働き方
「エンジニアとしての努力が、そのまま自社のビジネスに直結する仕組み」
ソニックガーデンの社長である倉貫義人さんは、自著『「納品」をなくせばうまくいく』の中で、「納品のない受託開発」について、このように説明されていました。これこそが、本書で伝えられたかった根っこの部分だろうと悟りました。
当たり前のことです。しかし、それが当たり前ではなくなっている人月積算型の受託開発ビジネスへの痛烈な批判とも受け取ることができます。
ソフトウエアの業界は、これまで、人を大切にしてこなかったと思います。自分達が何を作っているのかが分からないままに、言われたとおり作ればいいと言う考え方です。人を工数としか見ていません。そんなことでは、仕事にプライドも持てないし、頑張ろうという意欲もわきません。だから、3K(きつい、帰れない、給料が安い)な職場だと言われるのです。そんなところにエンジニアのやりがいや自発性など生まれるはずもありません。
「高みを目指ざそうとするエンジニアにとっては、最高の舞台」
こんな言葉も書かれていました。
しかし、優秀で効率の良いエンジニアは評価されず、新人でスキルが未熟で生産性の低いエンジニアは工数を稼げますから評価されます。そんな不条理が人月積算型のビジネスには内在しているのです。
成長を望むことは、人としての当たり前の欲求です。その努力が報われないとすれば、それは幸せな働き方とは言えません。
「顧客と、働く社員の両方を幸せにする仕組みが会社だ」
こんな言葉もありました。
顧客の価値は、適正な金額で、高品質で、短期間で、変更や追加にも容易に対応でき、ビジネスの現場で本当に使われるシステムを望んでいます。しかし、人月積算型の受託開発は、できるだけ工数をかけそれに見合う金額で、リスクを排除するためにじっくり時間をかけ、本当に使われるかどうかではなく要件定義書で決めたものだけをつくり、変更や追加は全て作り終わって改めて要件定義してから、を目指しています。
このような関係のままでは、顧客は幸せになることなどできるはずはなく、それは同時に、働く人にとっても幸せなことではないはずです。
「納品のない受託開発」とは、そんな不条理へのアンチテーゼなのでしょう。つまり、エンジニアとして幸せな働き方をするためには、どうすれば良いかを突き詰めてゆくと、顧客の幸せを追求することへと行き着き、それが「納品のない受託開発」というかたちになった、ということなのでしょう。
本書でも書かれていますが、その手法や仕組みをまねしたところで、実現できるものではありません。エンジニアひとりひとりが、顧客の幸せは何か理解でき、どのように考え、どのように行動するかを自分で判断できなければ、実現できるものではなのでしょう。
つまり、「納品のない受託開発」は、ビジネス・モデルというよりも、働き方なのです。ビジネス・モデルは、このような働き方を実現するための手段ではないのでしょうか。
本書でも、このやり方が、受託開発の唯一のあり方ではないと書かれています。いや、むしろ、とても制約もあり、これを適用できるケースは限られているとも語られています。また、「大きな会社にするつもりはない」とも書かれています。もし、ビジネス・モデルが先であれば、この言葉は、普通のビジネス感覚とは逸脱しています。「働き方」が先であると申し上げた所以です。
- 「エンジニアとしての努力が、そのまま自社のビジネスに直結する仕組み」
- 「顧客と、働く社員の両方を幸せにする仕組みが会社だ」
- 「高みを目指ざそうとするエンジニアにとっては、最高の舞台」
この言葉は、ITビジネスが、立ち戻らなければならない基本なのかもしれません。もちろん「納品のない受託開発」だけが、それを実現するその唯一の手段はありませんが、あらためてこの基本に立ち返り、今のビジネスのあるべき姿をしっかり見据えてみることも必要なことかもしれません。
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