アイルランドと言えばU2よりもヴァン・モリソン
高校1年生になるまで、最高のロック・ボーカリストはミック・ジャガーだと固く信じていた。ところが、その私の信念を粉々に打ち砕いてしまった一人の男がいる。ヴァン・モリソンである。当時親しくしていたレコード屋の店員に薦められた、「テュペロ・ハニー」に針を落とした瞬間、一発でノック・アウトされてしまった。
それまで、ヴァン・モリソンというシンガーは、ゼム時代から気にはなっていたものの、どこか遠い存在だった。その理由は、当時はソロ・シンガーよりもバンドの方に興味があったからである。回りの洋楽好きの間では、当時流行っていたシンガー・ソングライターの方に人気が集注していたのだが、私はシンガー・ソングライターには目もくれず、バンドばかり追いかけていたのである。
ところが、ヴァン・モリソンに食いつかなかったのには、もう一つ理由があった。ルックスがちょっと苦手だったのである。当時は間違いなく20代だったと思うのだが、レコードジャケットのヴァン・モリソンは、どう見ても40代にしか見えなかった。ミック・ジャガーのような、かっこ良さがまったく感じられなかったのである。
でも、不思議なものである。「テュペロ・ハニー」を聴いてからは、そんなルックスも気にならなくなった。むしろ、そのロック・シンガーらしくない風貌が、カッコイイと思えるようになっていったのである。
「テュペロ・ハニー」を聴いて驚いたのは、北アイルランドのベルファスト出身の人間が造り出した音楽とは思えないほど、アメリカン・ロックの匂いがぷんぷんしていたことだ。1曲目の「ワイルド・ナイト」の素晴らしさといったらない。アメリカ南部特有のサウンドに乗った、ヴァン・モリソンの魂の叫びともいえる熱い歌声。当時、通学の途中で何度口ずさんだことかわからない。サックスという楽器に興味を持つ、きっかけを与えてくれた曲でもある。
愛する人のために歌ったタイトル曲「テュペロ・ハニー」は、ロック史上に残るバラードである。この曲を聴いて感動できないようでは、ロックを聴く資格なし。U2ももちろん素晴らしいのだが、アイルランド出身のロック・スターといえばやっぱりヴァン・モリソンだ。北と南の違いはあれども。