音楽と都市の関係:音楽の坩堝ニューヨーク
ニューヨークという都市から、一体どんな音楽を連想するだろうか。これは私の勝手な想像なのだが、一般的にはジャズを連想する音楽ファンが多いのではないかと考えている。
なぜそう考えるようになったのかと言うと、たとえば、ニューヨーク旅行から帰ってきたという人から話を聞くと、ほとんどの人がライブハウスでジャズを聴いてきたという話をするからだ。「いやぁ伊藤さん、本場のライブハウスで聴くジャズは最高でした!」という具合である。それまであまりジャズに関心がなさそうに見えていた人までそう言いだすから、本当に不思議なものだ。
ニューヨークからジャズを連想する音楽ファンが多いのではないかと考えるようになったもう一つの理由は、ニューヨークを舞台にしたテレビCMや映画で、必ずと言っていいほどジャズが小道具に使われるからだ。ニューヨークを紹介するテレビ番組でもそうだ。必ずジャズが使われる。
確かに、ニューヨークには有名なジャズクラブが多い。バードランド、ブルーノート、ヴィレッジ・ヴァンガードと、こんなにいいジャズクラブが集まっている都市は他にはないだろう。だから、ニューヨークからジャズを連想してもしかたがないのかもしれない。ところが、実際のニューヨークは、ジャズ以外のいい音楽がたくさん集まっている都市なのだ。
様々な人種が住み着いてる都市という理由から、ニューヨークを人種の坩堝と表現することが多いが、音楽という視点から見れば、ニューヨークは音楽の坩堝だと言ってもいい。様々な人種が住み着いているぶん、様々な音楽がニューヨークには集まっている。住み着いている人種の数だけ音楽が存在していると言っても、決して過言ではない。
たとえばボサノバ。ボサノバの名盤と呼ばれている1960~70年代に発売されたアルバムの中には、本国ブラジルではなくニューヨークで録音されたものが実は多いのである。アントニオ・カルロス・ジョビンもジョアン・ジルベルトも、音楽活動の中心はブラジルではなくニューヨークだったわけで、そういう意味ではボサノバはニューヨークで発展した音楽だと言ってもいい。
サルサもそうだ。ニューヨーク・サルサと呼ばれていることからもわかる通り、完全にニューヨークで生まれたラテン音楽である。1970年代初頭に爆発的にブームになったラテン音楽で、私も一時エディ・パルミエリやファニア・オールスターズのアルバムを聴きまくっていた時期がある。
ボサノバやサルサ以外にも、ブルース、レゲエ、カントリー、ロック、アジア系音楽と、いろんな人種の音楽を聴くことができるのがニューヨークの特徴だ。結局、ニューヨークという都市は、いろんな音楽のレーベルが集まっている音楽産業の中心であったわけで、一時期はまさに音楽の坩堝と化していたのである。